表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/101

レッドドラゴン

 聖龍連峰のふもと、深い森の中に咆哮が響き渡る。


 頭胴長4メートル程もある、熊に似た赤い魔獣が荷馬車へ突進しようとするのを、フリーダの『雷撃』が迎え撃つ。通常の3倍の魔力を乗せた『雷撃』により抵抗(レジスト)むなしくその場で硬直する魔獣。


 すかさずその足元へモニカの土魔法『泥沼』が作用し、魔獣の半身が泥に埋まる。動きを阻害された魔獣の横を銀の旋風が駆け抜け、魔獣の首がぽとりと地面に落ちた。


 キーラは刀身150センチのエルフ銀(マイスリル)製両手剣を右手の義手で器用に血振りし、音も無く背中の鞘へと納める。目にも止まらぬ高速の斬撃。これこそが“銀剣”キーラ本来の戦闘スタイルであった。


 3人の見事な連携にレジオナがふにゃふにゃと称賛を送る。


「やるね~、灼熱魔熊(バーニングベアー)を秒殺とはさっすがチームレジオナだけの事はあるにゃ~」

「おめーはなんもしてねーだろうが! なんでチーム名がチームレジオナなんだよ!」


 突っ込むキーラをよそに、フリーダが満面の笑みで倒した魔獣を内部拡張収納袋(マジックバッグ)へ放り込む。


「ボロい! 秒で灼熱魔熊(バーニングベアー)討伐ボロ儲け過ぎる! 今日だけでもう魔獣素材が金貨300枚分は集まったんだけど!」


 灼熱魔熊は討伐ランクAクラスの魔獣であり、上級冒険者10人以上での討伐が推奨されていた。体から高熱を発し、炎のブレスも吐く恐るべき魔獣である。その皮や爪、内臓は様々な武器防具そして薬品に利用できるため素材としての価値も高い。


 レジオナたち一行は森に入ってからすでに5体の魔獣を倒している。いずれも討伐ランクはA以上であり、並の上級冒険者パーティでは森を抜ける事すら危ういだろう。


 馬車がようやく1台通れる程度の、獣道よりは多少マシといった道の先を見ながら、キーラがレジオナに問いかける。


「なあ、なんでナナシをおめーのポケット入れたままなんだ? ナナシを先頭に立てりゃ、そもそも魔獣なんざそうそう寄ってこねえと思うんだけどよ」


 レジオナはやれやれといった風情で首をふると、ふにゃふにゃとキーラに答えた。


「キーラちんはわかってないにゃ~。この配達は毎月あるんだからさ~、毎回きちんと魔獣倒すのも間引きとして重要なお仕事なんよ。道中の村に泊ったのも、ちゃんと毎月使う契約になってんの~」

「ああ、そういう事か。しかし今回はウチらがいたからいいけどよ、来月からはどうすんだ? 特級冒険者も上級冒険者も激減しちまっただろ。あたいの見立てじゃ、この仕事にゃ特級3人と上級10人くらいいねえと死人が出るぜ」

「え~、元特級1人と特級1人と上級1人でこなせてるじゃん~」

「ばっか、あたいはもはや特級の枠を完全に飛び越えてっからな! 今ならオークジェネラルも瞬殺だぜ! それにエルフの上級冒険者って詐欺みたいなもんだろ。むしろなんで特級じゃねーのか不思議だよな」


 キーラの疑問にホクホク顔のフリーダが答える。


「年間討伐数とか全然足りてないからじゃない? そこまで熱心に冒険者やってないし」

「そういや、冒険者ギルドでもたまにしか見かけなかったな」

「まあ、こんなにボロい依頼なら毎月受けてもいいけど。そのへんどうなのレジオナ?」

「ま~、来月も人手が集まらなかったら声かけるかもにゃ~」


 ふにゃふにゃとそう答え馬車を進めるレジオナ。森を抜ければいよいよ龍の住まう山、聖龍連峰である。


     ◆◆◆◆◆


 木々がまばらになってきた頃、レジオナがポケットからナナシを取り出し、一行は聖龍連峰を登ってゆく。山には馬車が通れる程度に道が作られており、所々に休憩の出来る広場も設けられていた。


 森を抜けてからは魔獣の襲撃も無く、やがて中腹の少し大きめの広場に到達すると、レジオナが馬車を止めた。


「ここが荷物の受け渡し場所なんよ~。だいたい予定通りに着いたから、今日中には受け取りに来ると思うけど~」


 レジオナの言葉に、ふとナナシが問う。


「そういえば、依頼主って誰なの? こんな場所に住んでるってただ者じゃない気もするけど」

「あれ~? そ~いえばナナシたんには言ってなかったっけ。この山に住んでる黒龍ことラ・ノワール先生への届けものなんよ~」

「黒龍! って(ドラゴン)だよね? へえ、この世界の(ドラゴン)って人間に友好的なんだね」


 ナナシの言葉に、微妙な空気が広がった。キーラが頭を掻きながら苦笑いで言う。


「友好的ってこたあねーな。はっきり言って人間なんか眼中にねえって言うか……まあ積極的に敵対してねえだけで御の字ってとこだな。ホントたまーに気まぐれで人間にちょっかい出す事もあるけど、天災みたいなもんだしよ」


 モニカがその説明に補足を入れる。


「龍種は基本的に縄張りからあんまり出てこないから、人間が近づかない限りはそこまで脅威は無いわ。ただ、若い個体は好奇心からか人里を襲う事もあるわね。子供が蟻の巣に水を注いで右往左往するのを面白がってるみたいなものかしら。100歳ぐらいの若い個体相手なら、大都市の全兵力で対抗すれば何とか撃退する事も出来ると思うけど、まあ普通は戦って勝てる相手じゃないわね」


 説明を聞いたナナシは辺りを見回し心配そうに聞く。


「えっ、じゃあこんなとこまで来て大丈夫なの? この辺って龍の縄張りなんでしょ」


 その言葉にレジオナがふにゃふにゃと笑って答える。


「あはは~、ここは大丈夫だよん。毎月配達してるんだからさ~。依頼主のノワ先生(てんてー)は聖龍連峰でも結構顔なんだよね~。上から数えて7番目くらいかにゃ~」

「それってかなり偉いよね! じゃああそこの赤い龍は部下とか?」


 そう言って空を指差すナナシ。そこには遥か山頂より飛来する赤龍(レッドドラゴン)の姿があった。


「ん~? おかしいにゃ~、ノワ先生(てんてー)が代理をよこすとかありえないんよ~。いやな予感がしてきたぜえ~」


 レジオナの不穏な言葉に身構える一行。あからさまに敵対行動をとるわけにもいかないが、逃げ場のない状況でもしも襲い掛かって来られたら応戦するしかない。


 赤龍は緊張するナナシたちの上空を一度旋廻すると、50メートル程離れた場所で滞空した。前傾姿勢でホバリングするそのサイズは頭胴長30メートル、全長60メートル、翼開長は実に70メートルに達する。


 赤龍はナナシたちを睥睨すると、よく響く西方共通語で誰何(すいか)した。


「お前たち何者だ? 我ら龍種の縄張りに踏み入るとは恐れを知らんな。少し躾けてやろうか」

「ちょ~っとまった~!」


 レジオナが馬車から飛び降り、赤龍に向かって声を張る。


「カーグル! あんたさ~、この荷物がギュークルゴォ・ガーラグ・ギィ・シューグオ宛てだって知ってて絡んできてんの~? 傷でもついたら大変だかんね~!」

「我が名を知っているとは……お前、レジオナとかいうスライムだな。以前から目障り……」

「スライムっていうな~~~~~~ッ!!」


 レジオナの怒号が響き渡る。普段のふにゃふにゃした態度からは想像もつかない怒気であった。しかし髪の毛を逆立たせ、全身に怒りのオーラをまとわせる演出を忘れていないあたり、意外と冷静なのかもしれない。


「なるほどスライム! 単細胞? 多細胞? 群体? なるほど興味深い!」

「へぇー、タダ者じゃねえとは思ってたけど、スライムたあビックリだぜ」

「スライム……凄いわねその擬態。エルフの目を欺くなんて相当よ」


  激高するレジオナの後ろでモニカたちが思い思いの感想を口にする。散々修羅場をくぐり抜けて来た仲間たちに魔物だからという忌避感は全く感じられない。

 そもそも身長4メートルの恐るべきオークが仲間なのだ。今更仲間のひとりがスライムだったからと言ってどうという事も無いのだろう。


 とはいえ、正体をばらされた本人はそうもいかない様である。レジオナは赤龍を睨み付け、ふにゃふにゃと抗議した。


「ほらぁ~も~! 私たちのいめ~じがデキる謎の女からヤバいスライムになっちゃったじゃん~! ど~してくれんの~! も~絶対ゆるさないんだから~!」


 レジオナの抗議にふんと鼻を鳴らし、赤龍が答える。


「スライム風情が吠えるな。そもそも以前から我が物顔でうろついているのが目障りだったのだ。人間どものくだらん貢物も、まとめて塵ひとつ残さず燃やし尽くしてくれる」


 そして赤龍は、周囲の魔素を巻き込みながら大きく息を吸い込む。


「ヤバッ! ブレス来るわよ、備えて!」


 フリーダはそう叫ぶと同時に風の精霊を使役し、周囲に『風の守り(ウインドウォール)』を展開する。


 モニカも『高速演算』と回転式短杖(リボルビングワンド)を使い『防御壁(プロテクション)』を複数展開してゆく。そして魔晶石を使い切った回転式短杖のシリンダーを交換しつつ『並列思考』によって自身の魔力を使いさらに『防御壁』を重ねる。


 数秒の吸気の後、赤龍の口から灼熱の息吹(バーニングブレス)が放たれた。


 直線状に迸る火柱は、単なる炎ではない。魔素をエネルギー変換した攻撃魔法であり、通常の炎ではダメージを受けない風の精霊を瞬時に吹き飛ばし『風の守り』を無効化する。


 そのまま『防御壁』に直撃した灼熱の息吹は、圧倒的な破壊力で次々と『防御壁』を突破してゆく。モニカとフリーダは必死で新たな『防御壁』を展開し続け、ついに残り2枚でなんとか灼熱の息吹を相殺する事に成功した。


 破壊された『防御壁』の総数は実に13枚。一瞬でも判断が遅れていたらナナシ以外は消し炭になっていたであろう。


 ブレスを防がれた赤龍は忌々しげに唸る。


「小癪な真似を……今度は容赦せん!」


 そしてさらに強力なブレスを吐こうと大量の魔素を吸い込み始めた。


「ナナシたん! 息吸って! おんもいっきり!」


 赤龍の言葉とほぼ同時にレジオナが叫ぶ。ナナシは即座に反応し、あらん限りの勢いで息を吸い始める。


 息を吸うという行為は本来ならば肺のサイズを超える事はできない。しかしナナシはその絶対筋力で軽々と物理的制約を超え、恐るべき勢いで空気を肺へと圧縮してゆく。


 圧縮された空気は高熱を発し、ナナシの胸は真っ赤に燃え上がる。高熱により蒸発する肉体には次々と新たな肉体が「補填」されてゆき、その結果ナナシの胸部は強力な熱交換器として作用する事となった。


 『高速演算』に『思考加速』『並列思考』を同時発動して、盛大に鼻血を垂らしながら無詠唱による超高速展開で『防御壁』を構築していたモニカは、ナナシの様子を見て思わず声を上げる。


「まさか龍の息吹(ドラゴンブレス)にブレス合戦仕掛ける気!? 録画っ! 録画よっ!」


 もはや自分の身の安全など顧みず、詠唱も中断し録画しやすい位置へと駈け出すモニカ。


 どうせこのまま防御壁を重ねた所で、相手は何発でも灼熱の息吹(バーニングブレス)を放てるのだ。最終的には魔力が尽きて終わりだろう。ならばこの場面を録画する事こそ最優先である。


 モニカの言葉を聞いて、キーラもニヤリと笑う。


「面白れぇ! ガツンとかましてやれナナシ! おめーならやれる!」


 フリーダも『防御壁』の展開をやめて渋い顔でつぶやく。


「えぇ……あんたたちマジなの? まあナナシならやれそうだけどさぁ……転移魔法のアンカー作っとくべきだったわ。今度こそ生きて帰ったらアンカー設置しようっと」


 レジオナは滞空する赤龍に向かって両拳を交互に突き出しながらナナシを鼓舞する。


「ナナシたん! 遠慮しないでいいかんね~! 宇宙にブッ飛ばす勢いでやっちゃって~!」


 そして、ついに赤龍の吸気が止まる。次の瞬間、赤龍とナナシのブレスが同時に放たれた。


 赤龍のブレスは青白く光る焦熱の息吹(ヘルファイア)。対するナナシの息吹は白銀に輝く超低温の冷気である。


 原理的にはエアコンの超強力版といった所であるが、ナナシの絶対筋力による圧縮により生まれたその気体は、ナナシが無意識に吸い込んでいた魔素と相まって極寒の息吹(アークティックブレス)と呼ぶにふさわしい威力を発揮する。


 両者のブレスが轟音と共に空中でぶつかり合う。一瞬の拮抗の後、炎と冷気は一進一退の攻防を始めた。


 赤龍はその状況に驚きを隠せない。全長60メートルの(ドラゴン)の肺活量に身長4メートルのオークが対抗しているだけでも驚愕であるが、そのブレスの威力まで相殺しているなど到底信じられるものではない。


 今まで龍種以外に対しては絶対強者として接してきた赤龍に動揺が生まれ、焦りから息を強めてしまう。結果、一瞬ナナシのブレスをもう一歩まで押し込むものの、そこで息が上がってしまった。


 弱まる焦熱の息吹(ヘルファイア)に勝機を感じたナナシは渾身の力を振り絞り最後の極寒の息吹(アークティックブレス)を吐ききる。ナナシのブレスは焦熱の息吹を吹き散らし赤龍に直撃、その巨大な全身を瞬時に凍り付かせた。


 実際には魔力で飛んでいる龍種ではあるが、翼の触媒としての働きは大きい。さらに全身を凍り付かされてはさすがの龍とて墜落は免れない。地響きを立てて全長60メートルの巨体が落下する。


 その時、すでに全裸待機していたキーラが『巨大化』を発動し走り出す。その体は一瞬にして身長32メートルに達した。


「ナナシ! 絶対上見んじゃねーぞ!」


 キーラの言葉につい頭を上げてしまったナナシは、遥か頭上のキーラの目と目がバッチリ合ってしまう。

 次の瞬間、ナナシの頭上をキーラの巨大な足が(また)いでゆく。慌てて頭を下げるものの、ナナシの網膜にはしっかりとキーラの女性自身が焼き付いていた。


「てめーナナシ! 後で覚えてやがれええええぇ!」


 叫びながら地響きと共に赤龍へと駆け寄るキーラ。全身の魔力を込めたその右手は、可視化されたエネルギーの塊となって銀色の光を放っている。


 赤龍が全身を発熱させ氷の呪縛を解き放ち、ふらふらと立ち上がった。しかし時すでに遅し、キーラの引き絞った右手がうなりを上げる。


「歯ァ食いしばれええええ!」


 キーラの銀拳が赤龍の魔法防御を砕き、物理防御をすり抜け、龍種の本体であるエネルギー体の頭を捉える。


 走り込んだ質量400トンの慣性と『巨大化』により倍率を超えて激増した筋力のエネルギーを乗せた拳は、赤龍のエネルギー体の頭部を、肉体の外へと弾き出すほどの威力で打ち抜いた。


 体外に飛び出した赤龍のエネルギー体は大きく2、3回左右に揺れると、再び肉体へと収まる。しかし赤龍はそのまま白目をむくと、口から泡を吹きながら轟音を立てて仰向けに倒れ込んだ。


 赤龍が完全に動かなくなったのを確認したキーラは両手を突き上げ吠える。


「おっしゃあああああああああ!」


 同時にチームレジオナの面々からも歓声が上がる。龍種を昏倒させるなど、有史以来どれほどの人間が成しえただろうか。まさに偉業であり、奇跡と言っても過言ではない。


 そして、その功績を讃えるかのように天から金色の光が降り注ぎ、神々よりチームレジオナのメンバーに『龍種を倒せし者(ドラゴンスレイヤー)』の称号が与えられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ