剣狼
ロジーナ姫と護衛騎士カレン、侍女長アヤメ、そして“剣狼”羽生獣兵衛美強は昼食をとったあと、魔破の里の修練場でオークキャプテン戦の録画を見返していた。
「いかがでしょうかお師匠様……」
簡素なテーブルに置かれた魔導放送受像機へと映し出される映像を見ながら、消え入りそうな声でたずねるカレンに、美強は顎を掻きながら答える。
「雑だな、雑。技の入りも組み立ても雑すぎて話にならん」
バッサリと切り捨てる美強に「あうう……」と縮こまるカレン。
「まず最初に使うべきはスピンの方だろ。少々かわされても片目ぐらいは奪えたはずだし、反撃を食らう事も無かった。振り向きざまに死角の方からシューティングスターとやらを叩き込めば勝てていた勝負だな」
美強の解説にふむふむとうなずくロジーナ姫。この手の話は大好物である。
「しかしとっさの事じゃし、後から言うのは簡単じゃろ」
「そこで最適な技を出せるのが一流ってもんなのさ、お嬢。だから組み立てが雑だって話だ」
「なるほどのう」
「それと技の雑さってのは、今から実演するからよく見てな」
美強はそう言ってカレンを立たせると、5メートルほど離れて対峙した。そしてカレンから借り受けた両手剣を下段に構え技の解説を始める。
「シューティングスターって技は術理としては面白いが、如何せん構えを見られると技の軌道が読まれやすいのが欠点だな。そこでこう、構えを体で隠す」
そう言いつつ美強は半身に構え腕を引き肩をぐっと前へ入れる。カレンの視点からは両手剣が完全に見えなくなった。
ちなみにカレンは録画用魔道具をはめ込んだ兜を被り、さらに側面から録画用魔道具を背負った蜘蛛たちが万全の態勢で記録を取っている。ロジーナ姫は剣豪の実演に両目をキラキラと輝かせて大興奮であった。
理屈としては全く正しい美強の指導に、カレンは大胆にも反論する。
「しかしそれではせっかくの構えが隠れてしまうではありませんか。その構えこそがシューティングスターの真骨頂だというのに」
普通ならば阿呆か馬鹿かと罵られそうな屁理屈に、しかし美強はにっこり笑って優しく諭す。
「いいかカレン。構えってのは見物人に魅せりゃいいんであって、今から殺す相手に見せたって何の得にもなりゃあしない。死んだ相手があの世であの構えは凄かったなぁんて、ふれて回ると思うか?」
「なるほど、そう言われてみれば確かに」
「こう構えりゃ相手には見えねえが、配信とやらで横から見る分にゃあ見栄えもいいだろうよ」
「さすがはお師匠様! このカレン目から鱗が落ちる思いです!」
カレンを手玉に取る美強に、さすが“剣狼”羽生獣兵衛と感心するロジーナ姫。
美強はさらに数歩下がると、今度は正面を向いて構える。
「それから馬鹿正直に最初からシューティングスターで入らずに、こういう使い方もある」
下段から逆袈裟に切り上げると見えた瞬間、カレンの目前を袈裟切りで振り下ろされた両手剣が通過し、地面に食い込む。一拍を置いてカレンの全身に鳥肌が立ち、冷や汗が噴き出した。
全く剣筋を認識できなかったロジーナ姫が、美強に技の解説を急かす。
「なんじゃ今のは! 下段から切り上げたと思ったら剣が消えよった!」
美強が最初の位置へと戻り、今度はゆっくりと同じ剣の動きを再現する。下段からの逆袈裟の軌道は、刀身が美強の横を通過する前に片方の指で止められていた。
「ここでシューティングスターの構えになるわけだ。相手も観客も、実際には逆袈裟に切り上げたように錯覚する。もし牽制に引っかからなくても、まあシューティングスターの構えを取った時点で五分って感じだな」
そして今度は手首を返し、上段からシューティングスターを放つ。剣の軌道の大胆な変更に対し、腕の位置の変更はほんの10センチ少々しかない。先の実演では、カレンの目をもってしても、切り替えに気づいた時には剣が眼前を通過していたほどである。
「これだと構えからそのまま打つか軌道を変えるか、相手に選択を迫れる。まあたいていの相手は牽制に引っかかってるから、上段か中段で振り抜くのがお勧めだな」
その解説を聞きながら、ロジーナ姫は木刀を持ち出して「こうか? こうじゃな!」と楽しそうに再現を試みている。その可愛らしさに表情を蕩けさせていたカレンだったが、美強のじっとりとした視線にハッと我に返ると、今の技に対しての感想を返す。
「さすがですお師匠様。雑魚に使うにはもったいない技ですが、強敵用に『真・シューティングスター』として採用したいと思います!」
「おまっ、なんで上から目線なんだよ! ホントお嬢の部下じゃなかったら10回くらい死んでるからな。まあいい、こいつは結構使えそうな感じだからうちの羽生心影流にも取り入れてみるか」
「ほほう、ロジーナ浪漫流の有用さに気付いていただけましたか」
「言っとくけど技を改良したのは俺だからな!?」
すっかりカレンの手玉に取られている美強。お似合いの師弟である。
そこへトコトコと、木刀を片手に持ったままのロジーナ姫が近寄って来た。
「美強殿、技の名前はどうするのじゃ? 九頭竜風に変えるんじゃろ?」
「そうさなあ、まァ直訳で『流れ星』にするか」
美強の言葉に慌てて待ったをかけるロジーナ姫。あまりにも原典に忠実すぎるのは考えものである。たとえここが異世界であったとしても。
「いや、いやいやいや、その名前はやめておいた方がいいのう。もそっとこう手心というか、ちょっとひねった名前にするのがイイと思うんじゃが」
「お嬢……何言ってんのかわかんねえよ。とにかくこの名前は気に入らないんだな? じゃあ良さそうな名前を考えてくれよ」
「ううむ……ならば『流星剣』でどうじゃ。ちょっと硬い感じも風格が出て良かろ」
「ほう、『流星剣』ねえ……いいね、いいよ。さすがお嬢、中々渋い名前つけるじゃねえか」
「フハハハハ、そうじゃろそうじゃろ! 命名に関してはちょっと自信があるからの!」
「やっぱ命名ってえのは心が躍るねえ。そんじゃ、元々の『シューティングスター』を『流星剣』にして、『真・シューティングスター』を『流星剣・乱れ』でどうだ?」
「おおっ! さすがは美強殿! この硬い響きからのほどける感じが絶妙じゃの!」
「だろ! わかってくれるかお嬢!」
そう言ってキャッキャと盛り上がるふたり。その後もひとしきり技の名前で盛り上がった後、美強が思い出したようにロジーナ姫に尋ねる。
「そういえばお嬢、カレンをしごくのはいいけど魔破の里にはどのくらい居るんだ?」
「ふむ、大体1週間くらいは滞在する予定じゃ。アヤメも色々とやることがあるからのう」
ロジーナ姫の言葉に、アヤメを見やる美強。
「アヤメ、もしかして蜘蛛神様にお参りするのか?」
アヤメは軽く会釈し、答える。
「龍河洞に籠り、眷属としての位階を上げようかと思っています」
聖龍連峰の中腹にある龍河洞は、聖龍連峰を走る霊脈と呼ばれる魔素の流れの上にある洞窟を利用して建立された社である。
一種の魔素溜まりとなっているこの洞窟は、聖龍連峰に住まう龍種との盟約により魔破衆の立ち入りが許可されており、精霊や神祖との交感が可能な場所として利用されていた。
美強はアヤメを値踏みするように見つめると、にやりと笑って言う。
「お前さんも里を出てからしばらく経つからなァ。もうそろそろ蜘蛛神様のお眼鏡にもかなうだろうよ」
そしてカレンを振り返ると美強は満面の笑みで告げる。
「さあて、こっちは不肖の弟子にみっちり稽古をつけてやるとするか。晩飯までにはまだまだ時間があるからな!」
その体から発せられる、とても初老の女性のものとは思えぬ覇気にも、カレンは全く臆することなく答える。
「はいっ! よろしくお願いしますお師匠様!」
◆◆◆◆◆
そして翌日、ナナシとレジオナが魔破の里に到着する事となる。




