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オークに転生! フィジカル全振りは失敗ですか? 【健全版】  作者: kazgok
【第二部 激闘編】第一章 魔破衆
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イーダスハイム

 イーダスハイム侯爵領の西端、聖龍連峰と大森林に挟まれ、西には魔王領との緩衝地帯である大平原を見据える城塞都市ゴーザシルト。イーダスハイムの首都である。


 その中心にある城の練兵場で護衛騎士カレンが鍛錬している様子を、ロジーナ姫と侍女長アヤメ、そして水色の髪を短く切りそろえた若い女性が見守っていた。


 練兵場には貴族の視察用に簡易な屋根とテーブル、椅子が設えられている。武骨なテーブルの上にはスパイダーシルク製の布に細かな刺繍が施された純白のテーブルクロスが広げられ、香り高い紅茶とクッキーが並べられていた。


 クッキーをつまみながら、水色の髪の女性がふにゃふにゃと口を開く。


「しかしま~、カレンちんもよ~やるね~。お姫ちんのおもしろ修行につきあってさ~」


 視線の先では護衛騎士カレンが全身に蜘蛛の糸を絡ませたまま、その張力に抗いながら剣の型を繰り返していた。糸の先では人の頭ほどの大きさの蜘蛛が十数匹、けなげに足を踏ん張りカレンを拘束している。


「ブルスラ先生もノリノリだったじゃろ! 『重力は~? 重力も300倍くらいにしてみよ~』って笑っとったじゃろうが!」


 ロジーナ姫が水色の髪の女性に突っ込む。この女性は月刊スラスラコミックで『Gファイ! ドライフィーア』を連載しているレジオナで、ペンネームをブルースライムという。読者や関係各所からは親しみを込めブルスラ先生と呼ばれていた。


 ちなみに魔王城(仮)でゴーレムをいじっていた黒髪のレジオナは、主に玩具担当のレジオナである。遊戯(ゲーム)賭博(ギャンブル)は、また別のレジオナが担当していた。


「あっ、カレンちんが絡まれそう~。フヒヒ、おもしろくなってきやがったぜえ~」


 ブルスラ先生がニヤニヤと笑いながら、面白修行を続けるカレンに近づく騎士の一団を見やる。いずれもまだ20代とおぼしき5人の騎士であった。


 はた目にはどう見ても面白修行であるが、実際にはオークウォリアーなら身動きひとつできない拘束に抗っての鍛錬は、生半可な筋トレをはるかに超える効果がある。すでに30分ほど動き続けているカレンは息も上がり、着込んだ鎧の隙間から汗が滴り落ちていた。


 そんなカレンに近づいてきた5人の騎士たちは、あろうことか剣を抜いてけなげな蜘蛛たちを追い払う。蜘蛛たちは驚いて糸を切り離し、アヤメの影へと逃げ込んだ。


 これにはロジーナ姫とブルスラ先生もひやりとしてアヤメの方を見る。テーブルの後ろで控えていたアヤメは笑顔のままだが、目は全く笑っていない。


「こわ! アヤメちんの目がこわい~!」

「アヤメ、我慢するのじゃ! カレンがキュッとシメてくれるじゃろうからな! な!」


 怯える視察組をよそに、騎士たちは薄笑いを浮かべながらカレンに声をかける。


「これはこれはシュヴェールト(きょう)、訓練に精が出ますなあ」


 カレンは無言のまま目を閉じ、両腕を広げる。拳大の蜘蛛が2匹カレンの体を素早く走りまわり、絡んだ蜘蛛の糸を回収してゆく。


 その様子に騎士たちの中で最も体の大きいひとりが声を荒げる。


「こちらの挨拶に返事も無しとは無礼であろう!」


 蜘蛛たちが糸を回収し体から離れるのを待って、カレンはスッと目を開けため息をつく。


「女が身だしなみを整える間も我慢できぬとは、(けい)ら少々紳士としての振舞いを勉強した方が良いのではないか?」


 カレンの言葉に気色ばむ騎士たち。しかし機先を制しカレンが言葉を続ける。


「それよりも、だ。使い魔に乱暴を働くは、その主に敵対するも同然。王女殿下の侍女長に敵対するとは、すなわち王家への叛意(はんい)ありと見てよろしいのか?」


 威勢の良かった騎士たちも、カレンの淡々とした言葉の内容を理解すると揃って顔を青ざめさせる。ひとり声を荒げた騎士だけが怒りのまま何事かを言おうとした時、騎士たちの後ろから怒鳴り声が響いた。


「何をしとるか貴様らァ!」


 足早に駆け寄って来たのはジルバラント王国軍西方面隊司令官クラウス・フォン・シュタイナー中将である。

 齢50にして最前線で剣を振るう事もあるこの武人は、カレンに近づくと躊躇なく跪き頭を垂れた。


「我が軍の若輩者が大変失礼を致しました。本人たちには厳重に注意致しますので、この老体に免じて何卒ご容赦願いまする」


 思いもかけぬ司令官の行動に、騎士たちは驚き声を上げる。


「なっ、何も司令官殿がそこまで」

「たかが蜘蛛数匹のことで……」


 まだ事の重大さが身に染みていない騎士たちをクラウスが一喝した。


「黙らんか小童(こわっぱ)どもがァ! 今すぐわし自ら叩っ斬ってくれようか!」


 中将の怒声に若い騎士たちは縮み上がる。その様子を見てカレンは中将に優しく声をかけた。


(おもて)をお上げくださいシュタイナー卿。御身の謝罪を受け入れたいのは山々なれど、そこな騎士たちの処遇は私の一存では決められませぬ。王女殿下のご沙汰(さた)を仰ぎましょう」

(しか)り」


 カレンとクラウスは揃ってロジーナ姫の方を見やる。するとロジーナ姫は両腕を使って頭の上で大きく丸を作り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら「(ゆる)(ゆる)す」と叫んでいた。


 そのあざといまでの可愛さに表情を蕩けさせながら、カレンが言う。


「どうやら王女殿下は縛り首をご所望の様子」


 不穏な曲解にクラウスは一瞬ギョッとした表情になるも、すぐに苦笑いをしながら答える。


「いやはやシュヴェールト卿も人が悪い。この老体の耳には赦すと聞こえておりますれば」

「ふふっ、ちょっとしたロジーナ浪漫流ジョークでございます」

「飛竜の(あぎと)の前に立つより肝が冷えましたぞ」


 笑いながらクラウスが立ち上がると、カレンがスッと手を差し出す。ふたりは固く握手を交わすと互いの力量を推し量る。強そうな相手を見ると無意識に力比べをしてしまうのは武闘派の(さが)ゆえか。


 5秒ほどの握手の後、にこやかに微笑みながら手を放すふたり。クラウスは片手を胸に当て軽く頭を下げる。


「王女殿下の寛大なるご処置に感謝致します。しかしシュヴェールト卿もこのままでは気が晴れますまい。ここはひとつこの若輩どもに稽古をつけては頂けませぬかな?」


 クラウスの申し出にカレンも片手を胸に当て答える。


「まだまだ修行中の身なれど、中将閣下のご要望とあれば是非も無し。(つつし)んで承りましょう」


 そしてふたりは顔を見合わせ、悪い笑顔を交わすのであった。


     ◆◆◆◆◆


 大柄な若い騎士が、カレンの闇カラテ技『アイアンマウンテン』を受けて20メートルほど吹き飛ばされる。その様子を見てロジーナ姫とブルスラ先生は手を叩いて大喜びだ。


「おお! 今のは中々見事な飛びっぷりじゃな!」

「あはは~! 3人巻き込んだよ~。カレンちんナイスショットだにゃ~!」


 テーブルの向かいには、イーダスハイム候ヴォルフガング・フォン・ザイフリート辺境伯28歳が、端正な顔を若干引きつらせながら同席していた。


「さすがは王女殿下の護衛騎士シュヴェールト卿。ジルバラント国内でも屈指の強さと聞いておりましたがこれほどとは」


 ザイフリート侯爵の言葉に、ロジーナ姫は腕を組んでうなずきながら答える。


「うむうむ、わらわ自慢の騎士ゆえな。ところでヴォルフガング殿、わらわを嫁に取る決心はついたかの? 今ならば一騎当千の護衛騎士と万能侍女長がもれなく付いてくるのじゃ、これほどの優良物件はそうそう転がっておらぬぞ」

「王女殿下、そのお話どこまで本気なのでしょうか。そも陛下のご了承は……」


「父上はわらわの選んだ相手に否やはあるまい。むしろ無難な相手と喜ぶ事じゃろうて」

「しかしイーダスハイムはいざ魔族の侵攻が始まれば最前線となる地。とても無難とは程遠いとも思いますが」


「いや……わらわがこの地へ嫁ぐ気になったのは、その魔族の侵攻を見据えての事なのじゃ。そなたも先日の『反物質(アンチマター)召喚爆破(エクスプロージョン)』騒ぎの件は耳にしておるじゃろ」

「……噂では犯人は大森林のエルフだと……」


「エルフとは明確な同盟を結んでおるわけでは無いからの。魔族に寝返るとまでは思わぬが、不安要素がひとつ増えたのは頭の痛い所じゃ。それと混沌浸食の件もな」

「その事ですが、確かにあの夜何かが起きた事は確実なようですが、本当に混沌浸食だったのでしょうか」


 ロジーナ姫はブルスラ先生をちらりと見た。この謎多い人物は時々とんでもない情報を提供してくれる。今までの経験からその情報の信憑(しんぴょう)性は非常に高いとロジーナ姫は確信していた。


「わらわもある筋から得た情報なんじゃが、特級冒険者が当事者として生き残っておるらしいからの。王都の方にはもう報告が上がっとるじゃろ」

「それが事実だった場合、王国が滅びかねない状況だったという事ですね」

「わらわを襲ったオークの軍団も恐るべき強さじゃった。これらに匹敵する戦力が魔王軍に存在する場合、魔族の侵攻に今のイーダスハイムの戦力では太刀打ちできんじゃろ」


 ザイフリート侯爵はテーブルの上で組んだ手に視線を落とし、言葉を絞り出す。


「魔族の侵攻を押しとどめて来た我が軍を侮られるなと申し上げたい所ですが、シュヴェールト卿を配下に持たれる王女殿下がそう仰られるなら、実際戦力不足なのでしょうね」

「わらわの手持ちの駒でも、『反物質(アンチマター)召喚爆破(エクスプロージョン)』だの混沌浸食だのをどうにか出来るわけでは無いしのう」


「そういえば、それらを未然に防いだ者が存在するんですよね。いったい何者なのです?」

「そやつには心当たりがある……というか、恐らくわらわを助けてくれたあやつじゃろ」

「それはまさか『姫様うきうき半生放送』に出ていた……」

「そう、“剛腕爆裂”ナナシ・オーカイザーじゃ」


「オークではありませんか!」

「オークじゃのう」

「なぜオークが人間を助けるのです!?」

「理由は明確にあるんじゃが、おいそれと話せる内容ではなくての。わらわを(めと)れば寝物語に聞かせてやっても良いぞ」


「わかりました。王女殿下を我が伴侶としてお迎えいたしましょう」

「現金な奴じゃの! じゃがそういうの嫌いではないぞ!」


「王女殿下は戦力増強を念頭に置いておられるご様子。当然そのオークも頭数に入っておられるのでしょう。ジルバラントは比較的亜人に寛容な国柄とはいえ、王都でオークを抱えるのはさすがに無理があります。となれば戦場となるこの辺境に据えるのが最も合理的かと」


「察しが良くて助かるのう。顔がいい上に頭まで良いとは。これで体も凄かったら完璧すぎるじゃろ」

「それは寝物語をお聞かせいただく時に確かめてみては」

「言うではないか。わらわを処女と侮るなよ? 男のツボは知り尽くしておるからの!」


 ロジーナ姫の暴走にアヤメの咳払いが待ったをかける。ザイフリート侯爵とロジーナ姫は顔を見合わせ苦笑いを交わした。


 ロジーナ姫は居住まいを正すと、ザイフリート侯爵に王女の顔で告げる。


「これにて口約束ではあるが婚約成立じゃ。わらわはこれよりイーダスハイムの戦力増強に全力を尽くす。まずはカレンとアヤメの戦闘力底上げに魔破(マッハ)の里へ向かうゆえ、王都からわらわの行方について問い合わせが来たらよしなに頼むぞヴォルフガング殿」

「初っ端から前途多難で素晴らしい。全力でお支え致しますとも王女殿下」


 こうしてロジーナ姫のイーダスハイム強化計画が密かに始まりを告げた。

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