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オークに転生! フィジカル全振りは失敗ですか? 【健全版】  作者: kazgok
【第二部 激闘編】第一章 魔破衆
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レジオナ

 彼女はアメリカ生まれのオタク少女だった。MANGA好きが高じて日本に移住し、翻訳やライターの仕事をしながら漫画を堪能する毎日を送っていた。


 不摂生により元からぽっちゃりぎみだった体型はさらに進化し、日本食のヘルシーさのおかげで外出困難になる程ではなかったものの、医者からは再三にわたり生活習慣を改めるよう注意を受けていた。


 そしてある日、気が付くと彼女は不思議な空間にたたずんでいた。


 辺りは見渡す限り星の海で、唯一円形の床だけが宙に浮いている。床は大理石のような質感で、そこから50センチ四方の石柱が2メートル程の間隔を空けて10本並んでいた。


 1メートル程の高さの石柱の前にはそれぞれひとりずつ人影があり、皆混乱してあたりをきょろきょろと見回している。小説もたしなんでいた彼女は、もしやこれが噂の異世界転生かと胸を躍らせた。


 はたして、ほどなく目の前に光り輝く何かが現れ、ご丁寧に状況説明と石柱の操作方法の解説をしてくれる。見れば石柱の上面にゲームのキャラクター設定のような画面が映っていた。


 彼女は嬉々として転生先の設定を始める。


 やはりここは見目麗しいエルフだろう。ボーナスポイントは少ないが基本能力が高い上、最初から魔力が無限というのはチート種族すぎる。寿命の方も不老不死と最高である。生まれるまでにヒューマンより時間がかかるらしいが、生まれた時点ですでに大人というのも悪くない。


 種族特性のおかげで、本来ならば中途半端になりがちな魔法剣士を高いレベルで実現できるエルフの魅力に夢中になりながら設定を続け、気が付くと制限時間も残り30分を切っていた。


 満足いくキャラメイクが終わって安心した彼女を、ふと不安が襲う。これだけのハイスペックな種族の中にいきなり大人として参加するのだ。もともとコミュニケーションがあまり得意とは言えない彼女が果たして上手く馴染めるだろうか。


 彼女の脳裏にアメリカでの学生生活が思い出される。MANGA好きの友達が出来るまでは、それはつらい日々であった。いじめにもあった。友達が出来てからもスクールカーストでは底辺だったし、集団生活にいい思い出はほとんどない。


 改めて設定したキャラクターを見る。なんだろうこの完璧超人は。彼女は急に恥ずかしさと同時に馬鹿馬鹿しさを覚えた。


 まわりの人々は設定を終えてどんどん転生し始めている。彼女の隣ではメガネをかけ口ひげを生やした長身のナイスミドルが「のじゃロリ姫として異世界ナンバーワン歌姫を目指そうかの!」などと不穏な発言をしながら転生してゆく。


 彼女は思い切ってオールクリアを選ぶ。石柱に表示されている残り時間は25分。もはや細々とした設定をしている時間はない。


 種族一覧を急いでスクロールしていくと、ボーナスポイントが恐ろしく多い種族が目についた。最近は小説でも人気のスライムである。これならば容姿も何も関係ない。モンスターならばぼっちだからといって引け目を感じる事も無いだろう。


 有り余るボーナスポイントをとりあえず精神力に割り振る。本来の上限である100を超え、ポイント消費が跳ね上がる神域に突入し、150まで上げた所で表示が止まる。どうやらこれがキャラメイクの限界のようだ。


 しかしまだまだボーナスポイントは残っていた。精神力以外の全能力値を100まで上げ、さらにすべての能力値を10だけ神域に突入させる。それでもまだ余っているボーナスポイントで器用さを120にして、ついにボーナスポイントは160ポイントを残すのみとなった。


 神域に突入して必要ポイントが高くなっている能力値に割り振るには足りないので、便利そうな技能(スキル)を取っておくことにする。安い割に必須そうな『自動翻訳』5ポイント、スライムの特殊技能である『擬態』をレベル5に上げて155ポイント。ぴったりと収まった。


 残り時間は10分を切っている。ようやく周りを見回す余裕のできた彼女は、1番端の石柱の根元にもたれたまま眠っている青年を見つけ驚く。


 彼女は慌ててその青年に駆け寄ると、肩を強く揺すってみる。青年は少しうめき声をあげて目を覚ました。あたりをきょろきょろと見回す様子をみると、ひょっとしたらここへ来た時から眠っていたのかもしれない。


 他人の石柱の表示は認識できないので、この青年がキャラメイクを終えているかどうかも分からない。彼女はとにかくキャラメイクをする事だけを伝えて自分の石柱に戻る。


 もはや残り時間は5分を切っている。視界の端で青年が石柱に手をかけ、よろよろと立ち上がるのが見えた。残り4分。すでに自分たちふたり以外に人影は残っていない。


 彼女は、どうかあの青年のキャラメイクが間に合いますようにと祈りながら、転生のボタンを押すのであった。


     ◆◆◆◆◆


 スライムとして転生した彼女は、最初ぼんやりとした意識しか持っていなかった。


 そもそもスライムは単細胞生物であり、自意識を持ち合わせていない。彼女が自我を失わなかったのは、神域にまで上げた精神力150と知力110のおかげである。


 それでも夢うつつのままスライムとして過ごす日々。


 刺激といえば光の明暗と温度、湿度、触覚、有機物から漂う化学物質の臭いなどであり、有機物から得られるエネルギーが多いと少しだけ嬉しかった。


 餌となる有機物は植物や動物、あるいはその死骸、排泄物などなんでも良かった。むしろこの時期に意識がはっきりしていなかった事は、彼女にとって救いだったかもしれない。


 天の配材か、彼女が生まれたのは(ドラゴン)の住まう聖龍連峰のふもとに広がる森であった。ここは人里からも遠く、冒険者さえめったに足を踏み入れる事のない地域である。


 体積にして15リットル程度のサイズとはいえ、全能力値が神域に達しているスライム相手では、たとえ上級冒険者のパーティであっても全滅は免れない。人類と接触することなく過ごせたのは双方にとって幸いであった。


 やがて十分に栄養を摂取し、倍ほどの体積に成長した彼女は分裂を始めた。遺伝情報を収めた核が複製され分裂し、彼女の魂も複製される。そうして()()()()は、初めて餌以外の何者かの存在を知覚した。


 彼女たちはおずおずとその何者かに仮足(かそく)を伸ばし、そっと触れてみる。


 その瞬間、彼女たちの意識に変化が現れた。


 互いの知力が補完しあい明らかに意識が明瞭になったのだ。それはまだ自意識と呼べるほどのものではなかったが、一寸先も見えぬような霧が少しだけ晴れて、ぼんやりと物の影が揺らめいているような感覚だった。


 驚いた彼女たちは慌てて仮足をひっこめるが、いちど味わった感覚の魅力に抗い切れず、再び仮足を触れ合わせる。


 それは何とも言えず満たされる感覚でもあった。有機物からエネルギーを吸収するのとはまた違った充足感がある。彼女たちは仮足を絡み合わせ、やがて細胞膜自体を密着させる。


 これでいい。


 これこそがあるべき状態だ。


 彼女たちは満足し、密着したまま生活を始める。互いが摂取したエネルギーは細胞膜を通して互いに分け合う事ができた。もはや別々に生きる必要はどこにもなかった。


 やがて再び分裂の時が来ても、彼女たちは密着したままでいた。彼女たちが増えるたびに意識は明瞭になってゆく。


 6回目の分裂が終わり、体積も1立法メートルとなった64人の彼女たちは、もっと早く増えるために小さく分裂する事を思いつく。これならば成長を待たずともどんどんと増える事が出来るはずである。


 これまでに蓄えた栄養を消費しながらひたすら分裂を繰り返してゆく彼女たち。その数は加速度的に増え続け、通算35回目の分裂により100億を突破する。


 その瞬間、彼女たちの意識に劇的な変化が訪れた。


 我らここに在り。我ら個にして全、全にして個なり。そして彼女たちは全てを思い出す。転生者である事、今の自分たちはスライムである事。


 彼女たちは『擬態』を使い、全員で協力してひとりの人間の形を取る。レベル5の『擬態』は擬態対象の器官すら再現する。彼女たちは目を、耳を、鼻を、口を、肺を得た。


 こうして彼女たちは、彼女たちとしてもういちどこの世界に誕生した。


 彼女たちは喜びに打ち震え、転生前に大好きだった歌を口ずさむ。ふにゃふにゃと紡がれるその声は彼女たちを大いに満足させた。ふにゃふにゃ、ふにゃふにゃと歌い続け、時に笑い、彼女たちは森の中を2本の脚で歩き回る。


 1立方メートルあった体積は分裂にエネルギーを使い果たし50リットル程度にまで減っていた。


 とはいえここは森の中、手を伸ばせば有機物はいくらでもある。彼女たちは歩き回りながら触れるもの全てを吸収してゆく。足から、手から、時に美味しそうなものがあれば口から。


 不意に足元でぐにゃりとした感触を覚え、彼女たちは立ち止まった。何かの排泄物を踏んだのだ。最悪な事に、それまでの習慣で彼女たちはそれを分解吸収していた。


 しばし彼女たちの中で排泄物に関して論争が起き、今後は見境なく吸収するのはやめようという結論に達する。


 汚れた足を粘液で洗い流し、再び彼女たちは歩きだす。それは最初の彼女がこの世界に生まれてから265日目の出来事であった。


     ◆◆◆◆◆


 1日中栄養をとっていれば、やがて避けては通れない問題が発生する。それは肥満であった。


 最初は人間だった頃の感性からお腹周りに肉が集まっていたが、ムダ肉といえど彼女たち自身である。なにも好き好んで腹に集合する事も無い。どうせならばと胸に肉を集めてみた。中々良い。


 しかしエネルギーは際限なく取り込まれてゆき、胸のサイズに無理が出て来た。そこで彼女たちは体のサイズそのものを大きくし始める。これならば見た目的には何の問題も無い。


 とはいうものの、やがて身長が10メートルを超えて来ると、さすがの彼女たちも現実に目を向けざるを得ない。


 40メートルくらいまでは大丈夫派と真面目にダイエット派が論争になり、あわや分裂(物理的に)の危機に陥った時、彼女たちのひとりが天才的な閃きを見せた。


 転生恩寵(ギフト)


 転生者全てに必ず与えられるこの恩寵の存在をすっかり忘れていた彼女たちであったが、思い出してみれば彼女たちが(たまわ)った転生恩寵は『無限収納』といういかにもこの状況を打破できそうな能力である。


 無駄な肉はこの収納に放り込んでしまえば良い。問題は誰が無駄な肉の役目を引き受けるかである。


 彼女たちの中でもひたすら怠けていたい一群が率先して収納に突撃した。入ってみれば何のことはない、内部は無限に広がる空間であり、空気もあるし時間が止まるという事もない。何より外の彼女たちとの繋がりはそのまま維持されていた。


 安心した彼女たちはどんどん『無限収納』になだれ込み、外に出ているのは身長160センチの女性サイズ分だけとなった。例えるならばコタツから顔だけ出してるような感覚である。


 また『無限収納』の出入り口は体のどこにでも設定できるため、体表に出してポケットのように使う事もできた。全ての彼女が恩寵を使えるので、ムダ肉収納用の出入り口とポケット用出入り口を同時に開く事も可能である。


 そして不思議なことに彼女たちの『無限収納』は全て内部でひとつにつながっていた。ひとつの『無限収納』を彼女たち全員で共有していると言うべきか。


 こうして憂いの無くなった彼女たちは順調に増殖してゆくのであった。


     ◆◆◆◆◆


 ある日、彼女たちの中で意見が対立した。そろそろ人里へ出てみようという一群と、ずっと森で引きこもっているべきだという一群である。


 長い話し合いの後、ふたつの群れに分かれるという意見がまとまった。つながりを完全に断ち、独立したふたつの彼女たちになろうというのだ。


 人型の彼女たちの腕から、彼女たちがどろりとあふれ出し、もうひとりの人型を形成してゆく。


 そして、ついに、彼女たちは彼女たちから切り離された。


 ふたりの彼女たちは互いに見つめあう。そこには今までずっとあった確かなつながりの消えた、見知らぬ彼女たちがたたずんでいた。


 突然、彼女たちの中にドス黒い感情が湧き上がって来た。目の前の存在がどうしても許せない。憎しみなのか怒りなのか嫌悪なのか恐怖なのか彼女たちにも理解出来ぬまま、とにかく目の前の()()を排除しなければという衝動が抗いようもなく膨れ上がり、彼女たちの意識を飲み込んでゆく。


 ふたりの彼女たちは掴みあい倒れ込むと、衝動のまま喰らい合う。


 触れ合う肌はひとつになる事を拒み、全身に口を作って噛みちぎり咀嚼し消化する。自分たちで自分たちを喰らうその様は、共食いであり自傷であり拒絶であり反抗であった。


 彼女たちの中の臆病な一群は自分たちで自分たちを食べるという行為にパニックを起こし『無限収納』に逃げ込む。『無限収納』には同じく逃げ込んできたもうひとりの彼女たちの一群がいた。


 こんなのはいやだ。


 こんなことになるなら分かれたりするんじゃなかった。


 ずっとずっといっしょにいればよかった。


 彼女たちはお互いに助けを求めるように仮足を伸ばし絡め合い密着しひとつにつながろうとする。


 彼女たちの意識が再びつながった瞬間、争っていたふたりの彼女たちの衝動は()()()と消えた。


 喰らい合っていた彼女たちはきょとんとお互いを見つめ合う。ひどい有様だ。あちこち齧り取られてボロボロである。

 彼女たちは齧り取られた部分を補おうとしていなかった。本当は無限に齧り合いたくなどなかったのだ。


 彼女たちはどちらからともなく抱きしめあうと、声を上げて泣きじゃくり始めた。


 肌と肌で感じる抱擁は、ついさっきまでの接触とは全く違って感じられた。不思議な温かさがあり、細胞膜での密着にも劣らぬ充足感がある。


 彼女たちは抱きしめあう腕にぎゅっと力を込め、心ゆくまで泣いた。


     ◆◆◆◆◆


 様々な粘液を垂らした顔を見合わせて笑い、また抱きしめ合って涙を流す。そんなことを繰り返しながらようやく落ち着いた彼女たちは、改めて自分たちの状態を観察してみる。


 たしかにふたりは別々の集合自意識のようなものを持っていた。それでいて全体としての統一された意識の中にも存在している。お互いが何を考えているかはすぐ伝わるし、かといって全く同じ意識かと言えばそうでもない。


 なんとも不思議だが、安心感がある状態だった。絶対の拠り所が確固として存在しており、なおかつ自由に行動できる。彼女たちはこのままふたりでいる事に決めた。


 ふたりの間は『無限収納』でつながっているため、片方の彼女たちからもう片方の彼女たちへの移動も簡単だった。片方の彼女たちへと続く出入り口を『無限収納』の中の好きな場所に開けばいいだけなのだ。

 これによりふたりの彼女たちが物理的にどれだけ離れていようとも、『無限収納』を介せば距離は完全に無視できてしまう事が判明した。


 片方の彼女たちは森で自堕落に過ごし、もう片方の彼女たちは人里を訪ねてみる事にする。もし人里でトラブルが起きても、すぐに『無限収納』を使って森に逃げてくればよいのだ。


 彼女たちは自分たちの名前を決める事にした。転生前の名前は憶えていないし、かといって人に会ったら名乗らねばならない事もあるだろう。


 話し合いは丸2日続き、最終的に多数決でレギオンに決まった。今の自分たちの状態にぴったりだし、オタク心に響くいい名前である。


 しかし彼女たちの一部から可愛くないとの声が上がった。肉体こそ性別のないスライムとはいえ心は女性である。

 では女性らしくレジオナではどうかという案が提示され、レギオンではあまりにあからさま過ぎると思っていた一部の勢力からもこれならばと支持が集まる。


 最終的に満場一致でレジオナが名前として選ばれた。わかる相手にはわかるだろうというオタク心をくすぐるこの名前に彼女たちは満足した。


 彼女たちはこの新しい名前を異世界へと高らかに宣言する。ふたり同時に両手を広げ、芝居がかった仕草で虚空に向かって告げた。


「私たちはレジオナ! 個にして全! 全にして個! ああ、世界よ! すべての生命よ!」


 そして彼女たちは揃って片足を引き、片手を背中に、片手を胸に当てお辞儀をする。


「……コンゴトモヨロシク……」


 そして彼女たちは顔を見合わせ、ふにゃふにゃと笑い合う。レジオナ1歳半の秋の出来事であった。

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