死霊たちの夜
星が瞬き始めた夜空の下、川べりを千体のスケルトンウォリアーが行軍していた。
人型と魔獣型が混在するその軍団の先頭を、豪華な法衣をまとった上半身だけの骸骨が滑るように浮遊する。死霊王バイロン・ベイリーである。
真紅の法衣が翻るその周りでは、草や虫、小動物たちが生命を吸われ死んでゆく。軍団が通ってきた後には黒々とした死の道が続いていた。
その軍団の後を、音も無く追う赤毛の狼が1頭。
死霊王バイロンは時たまそちらを振返り、忌々しげに眼窩の奥の炎を揺らめかせた。大森林の中から追跡されているのは気付いていたが、森を抜けてからは姿を隠しもせず堂々と後を追ってくる。
死霊王バイロンは狼に向かって『雷撃』を放つ。しかしその『雷撃』は赤い毛並を放電で明るく彩るものの、そのまま地面へと流れ痛痒を与えない。高度な抵抗か、あるいは雷耐性を持っているのだろう。
「何者の使い魔か知らんが、これだけ強力な使い魔を従えながらただ追跡しているだけとは。王都あたりで迎撃態勢を整えておるのか?」
死霊王バイロンは考えを巡らせるも、答えは出ない。ブリュッケシュタットに勇者でもいるなら少々厄介だが、特級冒険者程度ならばいい死霊兵の素材でしかない。
「まずはひと当て様子を見てみるか」
そうつぶやくと、死霊王バイロンは追ってくる狼を無視して行軍を続ける。あと3時間もすればブリュッケシュタットに到着するだろう。
その時、川の方から風切り音と共に何か巨大なものが軍団の中央へと飛来した。
その巨大なオークはスケルトンウォリアーを数体踏み潰しながら着地すると、手に持った凶悪な鉄の棒をひと薙ぎする。トゲに覆われた長さ3メートルの鋼鉄がスケルトンウォリアーを10体粉々に粉砕し、その表面を濡らす聖水によって憑代を失った魂を次々に浄化してゆく。
さらに踏み込みながら、振り切ったその鉄の棒を逆側にもうひと薙ぎ。それだけで合計20体のスケルトンウォリアーが粉砕、浄化されてしまう。
「何事だ!?」
突然の事態に死霊王は上空へと浮遊し相手を見極めようとする。軍団の中心では4メートルの巨体を持つオークと、人間の女らしき冒険者が3人、手当り次第にスケルトンウォリアーを破壊していた。
ほんの一瞬で50体以上のスケルトンウォリアーが粉砕、浄化されている。実に損耗率5パーセント。こんな短時間に失っていい数ではない。
「ふざけるなあああ!」
死霊王バイロン・ベイリーは激昂して叫びながら、突如乱入してきた不埒者どもに向けて『爆炎』を叩き込んだ。
◆◆◆◆◆
「おらあああああ!」
キーラは雄叫びを上げながら、左手1本でトゲバットをフルスイングした。狙うは肋骨に守られた体幹部分である。
美しいフォームから繰り出されたトゲバットは、スケルトンウォリアーの肋骨、胸骨、脊椎をジャストミートして粉々に砕いた。そして飛び散る聖水が、呪縛された魂を浄化してゆく。
スケルトンウォリアーは多少のダメージや骨の欠損ならば、他のスケルトンと部品を共有して補うことができる。また少々頭蓋骨を叩き割った所で、頭が割れたスケルトンウォリアーになるだけであった。
しかし体幹部分が欠損してしまうと、手足だけでは体を構成することができない。2体分の体幹部品を共有して1体のスケルトンとなるか、魂がふたつ残っているならば2頭4臂のツーヘッドスケルトンになる事もある。
すなわち、スケルトンウォリアーを行動不能にするには、体幹部品を粉砕するのが最も効果的であった。さらに憑代を失った魂は、少量の聖水でも容易に浄化される。聖水付きトゲバットは、まさに理想的な対スケルトン武器と言えよう。
星明りの下、暗闇を見通せるナナシとフリーダ、メガネの視覚補正で暗視可能なモニカ、そして身体強化により星の光程度でも周りがはっきりと見えるキーラは次々とスケルトンウォリアーを破壊してゆく。
暗闇の中、突如上空から巨大な火の玉がナナシたちを襲う。しかしその火の玉はあらかじめ展開されていたモニカの『防御壁』と相殺し散逸する。
さらに2発、3発と『爆炎』が降り注ぐも、モニカの回転式短杖を使った『防御壁』の連続展開によって相殺されてゆく。知識の女神の加護『高速演算』による魔法詠唱の速度は死霊王にも負けていない。
聖水をケチったフリーダは最初に攻撃魔法『崩壊』を使用するも、周囲の魔素が死霊王によって汚染されており思うように魔力が集まらない。『崩壊』は威力に比例して魔力も多く使うため、周囲の魔素が使えないとなるとコストが高すぎる。
フリーダは泣く泣く自前のトゲバットを内部拡張収納袋から取り出すと(エルフの国技は野球であり、自前のバットを持っているのはエルフにとって常識である)スケルトンウォリアーの胸部を無駄のないスイングで粉砕し、水の精霊に命じて聖水を1滴ずつ露出した魂へ撃ち込んでゆく。
「なかなか器用じゃねーか! あたいの聖水が切れたら魂の処理はたのまあ!」
キーラが聖水を振り切ったトゲバットへ豪快に聖水を注ぐ。いちど濡らせば5体程度は浄化できるが、この分だと後1回注いで終わりだろう。
普通の戦いならばスケルトンウォリアーを15体も倒せば十分だが、今回の相手は千体のスケルトンウォリアーである。まだまだ先は長い。
地面にこぼれて行く聖水を、血走った目で精霊に命じ空中で集めるフリーダ。その後ろではモニカがナナシのバットに2リットル分の聖水を丸々振りかけていた。ひと振り10体と思えば安いものともいえるが、全100体でナナシの方も浄化は打ち止めである。
浄化しきれなかった魂は他のスケルトンウォリアーへと憑依し、ツーヘッド、さらにはスリーヘッドスケルトンに変化してゆく。その分戦闘力も跳ね上がり、通常の冒険者ならば圧倒的不利になるところだが、ナナシたちの前では焼け石に水であった。
魔法戦では防御に徹し、とにかくスケルトンウォリアーを破壊してゆく相手に対し、焦れた死霊王バイロンは肉弾戦を選択する。
命あるものならば、近づくだけで生命エネルギーを吸われ死に至る死霊王の『生命力奪取』と、直接接触による『死の抱擁』は、通常武器では傷すらつかぬ死霊王の性質と相まって接近戦において恐るべき強さを発揮するのだ。
モニカの展開する『防御壁』を『解呪』で無効化しながら死霊王が襲いかかる。とっさに割り込んだキーラのフルスイングが死霊王の顔面をとらえるも、クリーンヒットした聖水付きのトゲバットは、死霊王の頭部を1ミリたりとも揺らせない。
「今、何かしたか?」
死霊王の地獄から響くような声がキーラの背筋を凍らせる。相対してるだけで体から力が抜けていくようだ。
スッと伸ばされる死霊王の手に、反射的に身を引こうとしたキーラだったが、死霊王からの『硬直』の呪文への抵抗に失敗してしまう。
死霊王の手に腕を掴まれた瞬間、キーラの体から生命エネルギーがごっそりと抜き取られる。キーラはその場にくずおれると、激しく嘔吐した。
死霊相手ならと事前に秋の女神の祝福『生命力強化』を賜っていたおかげで、辛うじてほんのわずかだが抵抗する事が出来た。祝福が無ければ今のキーラといえど即死だったろう。
「ほう、我が『死の抱擁』に耐えるとは特級冒険者の域をはるかに超えているな。貴様らいったい何者だ?」
軽く驚きつつも、とどめを刺そうとキーラに手を伸ばす死霊王に、モニカの『雷撃』が直撃する。しかしその魔法は完全に抵抗されてしまい全くダメージを与えられない。
同時にナナシのバットが死霊王の体に叩き込まれる。しかし聖水付きの巨大なトゲバットですら、死霊王の体を止める事が出来ない。
ナナシはとっさにキーラに覆いかぶさり、死霊王の手からキーラを守る。
「愚かな」
死霊王の手がナナシに触れた。『死の抱擁』により、ほとんど無抵抗のままナナシの生命エネルギーが死霊王に吸い取られてゆく。しかしいつまでたってもナナシの生命エネルギーは尽きない。
死霊王の虚ろな眼窩の奥で、炎が驚愕に揺れる。
「馬鹿な……すでに人間千人分は吸い取ったはずだ。なぜ死なない? なぜまだ生命エネルギーが尽きぬのだ!?」
うずくまっていたナナシの手が死霊王の腕をつかむ。霊体の影であるはずの死霊王の腕は、ナナシの手にガッチリと掴まれ、振りほどく事が出来ない。
死霊王はあり得ない事態に混乱する。こうしている間にも、掴まれた腕からでさえ生命エネルギーを吸い取っているのだ。
なのにこの巨大なオークは死ぬ気配すらない。あり得ぬ。こんなことはあり得ぬ。
ナナシに気を取られていた死霊王の側頭部に、フリーダの拳が叩き込まれた。3メートルのトゲバットですら微動だにしなかった死霊王が、エルフのパンチ1発で頭をのけぞらせてしまう。
「つまりこういう事よ」
フリーダがドヤ顔で死霊王を見る。
エネルギー生命体であるエルフは、霊体を直接殴る事が可能なのだ。
今の接触で、エルフのバカ高い魔法抵抗力をもってしても生命エネルギーを半分持っていかれたが、フリーダにとって今の1撃はその価値があった。常識人ぶっていても、所詮は舐められたら殺す世界の住人である。
そして、エルフに可能という事は、原初のオークにもそれが可能だという事。
「小娘が図に乗りおって!」
フリーダに向けて攻撃魔法を放とうとする死霊王に、フリーダは半笑いで忠告する。
「ちゃんと前を見てた方がいいわよ?」
振り向いた死霊王の眼前には、ナナシの巨大な拳が迫っていた。
腕を掴まれていてはもはや避ける事もかなわない。とっさに『防御壁』を展開できたのはさすが死霊王と言うべきだろうが、ナナシの絶対筋力の前には全く無意味だった。
次の瞬間、死霊王の霊体はナナシの拳によって爆散した。




