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宿場町を越えて

 ブリュッケシュタットはダーヌビウス川にかかる橋の周りに広がる、宿場町と穀倉地帯の合わさった大規模な都市である。近年の街道整備と魔法による土壌・河川管理により発展し、王都とイーダスハイムをつなぐ街道の中でも都市としては最大規模を誇っていた。


 最近のオークによる襲撃の影響で、街道を往来する隊商や旅人は激減しており、ナナシたち一行はここまで誰とも行き会わずにすんでいた。とはいえ、さすがにナナシを引き連れて都市に入る事は不可能である。


 女たちの間からは『姫様うきうき半生放送』で紹介されていた事をふまえ、連れて入っても大丈夫なのではという意見も出た。しかし無用のトラブルを避けるため、ナナシは一行と別れて町を迂回する事になった。


 討伐隊以前から囚われていた女の中にはブリュッケシュタット在住の少女がおり、ここで別れる事になる。その少女はオークへの恐怖から最後までナナシに近寄る事はなかったが、レジオナに抱擁され別れを惜しんだ後、ナナシの方を見て少しだけ手を振ってくれた。ナナシは少女を怖がらせないよう、それとわかる程度に少しだけうなずいて別れの挨拶にする。


 川を渡る関係上、荷馬車はすべて町を通るしかない。ナナシと共に迂回するのはキーラ、モニカ、レジオナ、そしてしれっと町へ行こうとして「おめーはこっちに決まってんだろ! 監視はどうした!」とキーラに捕まった若干涙目のフリーダ、いつも隙あらばお菓子を作ってくれる討伐隊兵站係だった料理神の司祭であるちょっと小太りマドレーヌ嬢の5人となった。エルヴィーラはいつの間にか姿を消している。


 この辺りの川幅は約400メートル程である。先に川を渡る事にしたナナシたちは、モニカとレジオナ、マドレーヌがナナシに抱えられて川を飛び越え、フリーダは空を飛ぶ。


 ひとり対岸に残ったキーラは準備運動に余念がない。自力で400メートルを飛び越えようというつもりなのだ。失敗して川に落ちても大丈夫なように当然のごとく全裸である。服を着たまま泳ぐのは危険だからであって、決してキーラが裸族であるという訳ではない。


 オークジェネラルとの戦いの後、再起不能になるかと覚悟していたキーラだったが、レジオナの怪しい、もとい特別性の湿布により劇的な回復を見た。以前よりはるかに体が軽い上、あの戦いでの過剰なまでの強化による知覚向上が、今では自然と身についている感じなのだ。


 実際、エルヴィーラの抜き打ちはオークジェネラルよりも早かった。しかしキーラの動体視力はその軌道をはっきりと捉える事が出来ていた。以前のキーラなら抜いた事すら気づかなかっただろう。


 レジオナの怪しい湿布に全く不安が無いわけでもないが、キーラは基本的に仲間と認めた相手はわりと無条件に信頼する性質である。前より数段強くなれたのならば感謝しかない。


 軽くその場で2、3回跳躍し感触を確かめたキーラは、対岸を睨み魔力による身体強化を始める。体中に力が漲ってくるのが感じられ、心拍数が上がってゆく。


 キーラは脱力を心掛けつつ、ぬるりと助走を開始した。ほんの3歩でスピードに乗ると、そのまま川岸まで加速し跳躍する。

 踏切時の速度は実に時速200キロメートルに達していた。強化魔法がかかっている事を考慮しても、もはや特級冒険者どころか人類の限界を超えている。


 しかし悲しいかな300メートル時点で川面に接触してしまい、その後は水切りをする小石のごとく水面を跳ねながら進んで行き、対岸寸前で水中に沈んでしまう。

 あわててナナシが川からすくい上げると、キーラはその腕の中で盛大に咳込み、よだれと鼻水を垂らしながら「ヴええええぇ」と奇妙な鳴き声を上げ、ぐったりとナナシの腕にもたれ込んだ。


「ちょっ、これ、これ!」


 キーラの生乳(なまちち)の感触にナナシが慌ててモニカとレジオナにキーラを差し出そうとするも、ふたりはニヤニヤとその様子を見守るだけで手を貸そうともしない。モニカに至っては『知識の座』に録画までしている始末である。


 見かねたフリーダが毛布をもってナナシに駆け寄った。


「あんたたちいい性格してるわね~。このデカいオークの方が可哀想に思えてくるんだけど」


 その言葉にモニカとレジオナは顔を見合わせ答える。


「だってねえ」

「ね~。ナナシたんはもっとこうおっぱいくらいじゃ動じない立派な童貞、じゃなかった皇帝になってほしいんだにょ~。私たちの族長として!」


 フリーダが同情の目でナナシを見ながら腕の中のキーラに毛布をかぶせようとしていると、マドレーヌが横から毛布を奪い地面にふわりと広げた。


「ほらほら、皇帝をからかってないでさっさと今夜の野営地決めるよ。童貞、キーラをここに転がしな」


 どう考えても童貞と皇帝を言い間違えているマドレーヌの言葉に素直に従うナナシ。お菓子という絶大な権力を持つマドレーヌの群れにおける序列はナナシより高い。


 ナナシがそっとキーラを毛布に横たえると、マドレーヌはコロコロとキーラを転がし簀巻きにして、お姫様抱っこの要領で再びナナシに渡す。身長197センチのキーラを軽々と横抱きにするあたり、マドレーヌの身体能力もただ者ではない。料理は体力である。


     ◆◆◆◆◆


 ダーヌビウス川の手前で大森林は途切れており、渡った王都側には穀倉地帯が大きく広がっていた。


 正式な取り決めがある訳ではないが、大森林はエルフの領域とされており、森を切り開く事は禁忌とされている。そのため開墾は主に王都側の流域へと広がる事になったのだ。


 宿場町として賑わうブリュッケシュタットでわざわざ野宿をするのは、基本的に訳ありの者ばかりなので、住民には歓迎されない。ナナシたちは町の近くを避けて、まだ開墾が及んでいない森の方へと、ナナシの機動力を生かして進んで行く。


 広い肩と頭の上に3人の女を乗せたナナシは体をなるべく上下させないように走る。横を飛ぶフリーダから見ればまるでふざけた修行のようだ。腕に抱えられた簀巻きのキーラなどはすやすやと寝息を立てている始末である。


 一行が王都側の森の近くで適当に野営地を決めると、マドレーヌが土魔法でかまどを形成しながらナナシに指示を出す。


「荷物が無いんだから、今夜の飯は自分たちで獲ってきな。大物だと捌く時間が必要だから早めに帰って来るんだよ」


 現在の時刻は午後3時を過ぎたあたり。初夏にあたる今の季節は日没までまだ5時間はある。ナナシは頭の上に乗ったままのレジオナと共にふたりで森へと入って行く。


 森の中で獲物の足跡を求めて30分ほど歩きまわり、4メートルのオークが罠を仕掛けるでもなく歩いて獲物を探すとか無理なんじゃないだろうかとナナシが気付き始めた頃、ふいに後ろから声がかかった。


「ここなら邪魔も入るまい。うるさい取り巻きがいないうちに貴様を駆除してやろう」


 ナナシが驚いて振り向くと、木陰から抜刀しつつエルヴィーラが現れる。ナナシの鋭敏な知覚をもってしても全く気配を感じなかった。

 赤外線やエネルギーの流れが見えるのは世界樹から生まれるエルフも同じ。ゆえにその隠密能力はナナシの感覚すら容易く欺いて見せたのだ。


「ナナシたん、あいつとんでもなく強いよ~、ゆだんしないでね~」


 レジオナはナナシの耳元でふにゃふにゃと囁きながら素早く翻訳魔道具を外し、肩からぴょんと飛び降りると木陰へ消える。


 対峙するエルヴィーラとナナシの距離は10メートルもない。ナナシはすでに自分がエルヴィーラの必殺の間合いにいる事を肌で感じ、とっさに両腕を上げてガードの態勢を取る。


 次の瞬間、エルヴィーラの口から圧縮言語による『雷撃』の呪文が紡がれ、ナナシの体に電撃が迸った。

 魔力を過剰供給された『雷撃』は通常の10倍の熱量を発しナナシを襲う。ナナシの内臓は2発3発と続けざまに放たれる『雷撃』により焼かれ、血液は沸騰し皮膚は炭化してゆく。


 電流により神経伝達が阻害され筋肉は痙攣し魔法から逃れる事も出来ない。計10発、通常の魔法ならば100発分に相当する『雷撃』が終わる頃には、ナナシの4メートルの巨体は直立したまま完全に黒焦げになっていた。

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