死の影
今週の『姫様うきうき半生放送』はロジーナ姫のイーダスハイム領訪問により、第3王女ティアナ姫が代役として司会進行を務めていた。今年10歳になるティアナ姫のちょっと噛みがちな進行に視聴者の心もほっこりと癒される。
1時間の番組は録画が多めな事を除けばいつも通りの内容であった。『護衛騎士カレンのロジーナ浪漫流講座』は、新技『大切断』が発表されており、カレンの「さて、皆さんはいつも武器に魔力を流して攻撃力をアップさせていると思いますが」という導入に、キーラが「いつもじゃねーし皆さんでもねーよ!」とツッコミを入れつつ、その場で練習を開始する。
そして、エンディング直前にその映像がスタジオに届けられた。ティアナ姫が「えっと今、黒龍配達便で来週の告知映像が届きました」と慌てた様子で紹介する。
画面が切り替わると、怯えるロジーナ姫のアップから始まり、迫りくるオークの群れ、逃げ惑う商人たちのカットが次々と映し出されてゆく。
そして危機感を煽るナレーションが入った後、轟音と共に巨大なオークが、皆様お馴染みの片膝をつき拳を地面に打ち付けたポーズで上空から舞い降りた。ちなみにテイク30でようやくロジーナ姫のOKが出た渾身のポーズである。
そしてカットが切り替わり、ロジーナ姫と巨大なオークが並んで「剛腕! 爆裂! オオオォォカイザーアァ!」とポーズを決めると、背後で合成映像の爆発が起こり、「襲い来るオークの軍団! ロジーナ姫の危機に謎のオークが立ち上がる! 敵か味方か、次週、剛腕爆裂オーカイザーお楽しみに!」というナレーションで映像が終わり、そのままエンディングが始まった。
ナナシはポカーンと口を開けてその映像を見ていた。確かに30回くらい飛び降りポーズを取らされた。そのせいでオークの拠点に現れた時もついうっかりそのポーズを取ってしまったほどである。
しかしまさか剛腕爆裂オーカイザーのシーンまで使われているとは。そもそも異世界においてこんな放送がある事自体ナナシは想像すらしていなかった。
「なんだおめー、ノリノリじゃねえか」
その声にナナシが振り向くと、キーラが満面の笑みでナナシを見ていた。
「見てえなあ、生の剛腕爆裂オーカイザー」
寝所からもわらわらと女たちが集まり始めている。話で聞いただけでは半信半疑だったが、番組のおかげでナナシが姫の要請で救助に来た事が完全に証明されたのだ。
女たちに囲まれて、膝を抱えたままもにょもにょと言い訳を始めるナナシ。
「いや、あれはなんていうかその場の勢いでやっただけであって、決めポーズというわけでは……」
「いいからさっさとやれよ! 生剛腕爆裂ポーズよォ!」
キーラのケリがナナシの背中にクリーンヒットする。
その様子を見てレジオナがモニカと目線を交わし言う。
「キーラちんってホンっと~怖いもの知らずというか、すごいよねえ~」
「まあ、オークキングにも最後まで抵抗して、結局足首折られたまま治癒させられてたから。バカはバカなりに筋が通ってるんじゃないのアレでも」
「あっ、ナナシたんが根負けした~」
しぶしぶ立ち上がりへにょへにょと剛腕爆裂ポーズを取るナナシに、再びキーラのローキックが炸裂する。
「もっとこうだろ! 剛腕! 爆裂!」
そう言いながら、キレのある剛腕爆裂ポーズを取ってみせるキーラ。本当に生の剛腕爆裂ポーズが見たかっただけのようだ。
十数回も剛腕爆裂ポーズを取らされたナナシの呼び名がすっかりオーカイザーで定着してしまったのは仕方のない事であった。
◆◆◆◆◆
血のように赤い夕暮れの空を背景に黒々と浮かび上がる大森林の影。その大森林を滑るように漂う、豪華な法衣をまとった上半身のみの骸骨が1体。その後ろには、人型から魔獣のものまで、数百体のスケルトンウォリアーが付き従う。
死霊王バイロン・ベイリーは、深紅の布地に金糸の刺繍が施された法衣を翻しながら、オークの拠点である神殿跡へ向かっていた。予定ではオーク遠征隊による隊商への襲撃も終わり、上手くいけば特級冒険者の死体も追加されているはずである。
「生まれて20年にも満たぬ小僧が魔王だと? いくら魔王種とはいえそんな小童に我が従う道理があろうか!」
死霊王バイロンは憤慨する。魔王が魔族の勢力を取り込み、大陸の西端を魔王領として統一しようと動いている事は聞き及んでいたが、死霊王たる己には少なくとも何らかの事前交渉があるものと思っていた。魔王軍に重鎮として招かれるなら協力もやぶさかでなしとさえ思っていたのだ。
しかし実際には、ある日突然バイロンが拠点としていた死の沼へと魔王軍が侵攻し、バイロンは抵抗むなしく追い立てられたのだ。
「我が力を侮りおって。ならば目にもの見せてくれようぞ。西方諸国をあまねく我が死霊都市と化し、魔王領なぞ捻り潰してくれる!」
死体さえあれば無限に兵士を作り出せる死霊王の能力は、戦火が広がれば広がるほど有効に作用する。まずはジルバラントの王都クリンゲルを蹂躙し、その住民15万人をすべて死霊兵とする。
それだけの死霊兵がいれば、あとは鼠算式に死霊兵は増えていくだろう。ひと月とかからずジルバラント王国全土が死霊に覆われ、2千万の死霊兵による国家が誕生するのだ。
イーダスハイムを残しておくのは魔王軍に対する防波堤として時間を稼いでもらうためである。時間が立てば立つほど死霊の軍勢は盤石になってゆくのだから。
「放逐されたオークどもも蛮族なりに使い勝手がよい。オークキングなどは死んだら死んだで良い死霊兵の素材になるであろう。王都の戦力を大きく削いだ今こそ好機。オークどもと合流次第、進撃を開始するとしよう」
昏い笑い声を発しながら、死霊王は大森林を進んでゆく。その後を数百体のスケルトンウォリアーたちが声もなく追随してゆくのであった。
やがて、月明かりが照らす神殿跡に到着した死霊王バイロンは、人気のなさに警戒心を抱く。
雨では拭いきれなかった血や戦いの跡を見るに、オークどもは討伐隊に殲滅されたのだろうか。オークどもが不甲斐ないのか人間どもが強かったのか。
ともあれ、どうやら死体だけは大量に埋まっている様子である。ならば死霊兵の素材には事欠くまい。
死霊王バイロンは土魔法を使い埋葬された死体をことごとく掘り出すと、死霊兵たちに命じて神殿跡に死体を綺麗に並べさせる。混沌の中に秩序あり、何事も整然とやるべき所は整然とやらねばならぬ。
「オークキングの上半身が無いな……冒険者どもは特級の者が何人かいるようだが……めぼしい装備も残っておらぬか」
死霊王であるバイロンには物理的な攻撃が一切無効である。本体のように見える骸骨や法衣も霊体の影であり実体ではない。そして元々は高位の魔術師であったバイロンには高い魔法抵抗力があるため、魔力をまとった武器での攻撃や魔法による攻撃もほとんどダメージを与えない。
オークキングは人間にとってみれば災害レベルの怪物だが、バイロンにとっては多少頑丈なだけの定命の者であり、もし協力関係になければこの拠点のオークごと死霊兵にする事は容易かった。
「人間風情にオークキングは手に余ると思っていたが、勇者でも動いたのかも知れんな」
死体はご丁寧にも浄化されており魂は残っていない。死霊化しないための処置であろう。しかし死霊王バイロンにとっては全く問題なかった。魂ならばいくらでもストックがある。
「オークどもと人間合わせて死体が150少々といった所か。比較的損傷が少ない死体もわざわざ首を落としてあるとはな。いちいち繋げてゾンビにするより、まとめてスケルトンウォリアーにしてしまうか」
そう言って死霊王は『魂の牢獄』を開放し、今までに殺して呪縛してきた魂を死体へ憑依させる。死霊王の詠唱に伴い巨大な魔法陣が神殿跡に広がり、横たわる死体の肉が泡立ち溶け崩れ、残った骨が組み合わさりスケルトンウォリアーへと変成してゆく。
こうして、死霊王バイロンの軍勢に新たな死霊兵が加わった。
「では行くとしよう、人間どもの都へ」
眠りも休息も必要ない不死の軍団はすぐに進軍を再開し、夜の大森林を黙々と動き始めるのであった。




