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追跡者

 大森林に雨が降っている。


 その大森林の奥深く、世界樹を中心として広がるエルフの里は人口1758人。この里のエルフは樹上に木造の家を建てて暮らしていた。


 純粋なエルフは基本的に生殖活動で増える事はなく、年に2~3人が世界樹に()る。木の洞に発生することもあれば、枝に生った果実の中に発生する事もあった。

 世界樹に生ったエルフの実は5年ほどで成熟し、実が落ちると中から成人したエルフが現れる。この時点で基本的な知能は備わっており、そして全てのエルフが女性として生まれ、また不老不死であった。


 樹上生活を営むエルフの里にも、地上に建てられた施設はいくつか存在していた。鍛冶場や公衆浴場、集会所などである。その集会所に十数名のエルフが集まり、先日世界樹より発生した異形のオークについて話し合いが行われていた。


 円卓の一角に座るのは長老ケルサーレ。その隣には戦闘隊長エルヴィーラ。そして左右をエルフの里の重鎮が占めてゆき、長老とエルヴィーラの向かいにはひとりの若いエルフが座っていた。


 この里のエルフ共通の美しい金髪を背中まで伸ばし、エルフ銀(マイスリル)を編みこんだ黒い上下に魔法陣を刻印した皮の胸当て、エルフ銀で装甲が施された籠手とブーツを身に着けたこのエルフは、名をフリーダという。今年で198歳である。


 フリーダは雨音を聞きながら、額にまいたバンダナを指でもてあそんでいた。以前王都へと出かけた際に、スパイダーシルク製品の目玉が飛び出るような値段を見て悔しい思いをし、大森林の蜘蛛系魔獣を狩りまくって自作した一品である。とはいえ残念ながらスパイダーシルクの手触りには程遠い。


 そんなフリーダの様子にエルヴィーラが声を荒げる。


「話を聞いているのかフリーダ! 我らは早急にあのオークの足取りを追わねばならん。仮にも我らが母なる世界樹より産まれた以上、我らにはアレに対する責任があるのだ!」

「そんなにデカい声出さなくても聞こえてるって。あんな化け物倒せるわけないんだし、どうせ追跡して何してくれちゃうのか確認して報告するだけでしょ。路銀さえ準備してくれたらすぐ出発するわよ」


 答えながらフリーダは内心腹が立って仕方がない。特にこのエルヴィーラというエルフは、エルフの嫌な所を煮詰めたようなエルフである。人とはエルフであり、エルフ以外は喋る動物くらいの感覚なのだ。


 そもそも、あのオークにいきなり攻撃をした事もフリーダは気に入らなかった。いくら見た目が怪物然としていようが、同じ樹から生まれた姉弟ではないか。オークとして生まれた相手にはオーク語で話しかけるべきだったし、最初から武器を構えて囲むべきではなかった。


 まあ、姉妹だからといって仲がいいとは限らないのはご覧の通りである。2千歳近く年が離れていれば姉妹もクソもないかとフリーダは自嘲した。


「路銀なら用意してある。これだけあれば十分だろう」


 エルヴィーラがそう言って木製のケースを開いて見せる。そこには、エルフ大銀貨と呼ばれる大ぶりの銀貨が1枚、美しい布の上に鎮座していた。


「はァ? これだけ⁉︎」


 出たよ。フリーダは円卓をひっくり返したい衝動に駆られる。ここでエルフ大銀貨とはまさに嫌なエルフの真骨頂であった。


 エルフ大銀貨は鋳造した銀貨に()()()()()()エルフが彫刻を施した銀貨で、人間の通貨に換算すれば金貨10枚以上の価値があると()()()()()()


 しかし銀貨に彫刻を追加しただけで100倍の価値が付くとなると、当然贋金が出回る事となり、エルフ大銀貨の価値は暴落してしまう。そこでプライドの高いエルフは、無限の寿命と暇に任せてどんどん彫刻を精密にしていった。


 その結果、今では透かし彫りに浮き彫りにパーツが空中で絡み合うなど、繊細過ぎて素手で扱う事すらはばかられる美術品となっている。


 当然、ここまでの細工は100倍程度の価値では割に合わない。こうして贋金は駆逐できたものの、銀貨自体の重量は減ってしまい、もはや美術品として飾るくらいしか使い道はない。

 最終的に取引の価格自体は上がりはしたが、一部のコレクターが買い求める以外に需要が無くなってしまったのが現状だ。


 フリーダはうんざりした態度で要求を伝える。


「そういうんじゃなくて、西方共通で使えるジルバラント貨幣かフレッチーリ貨幣でお願い。なるべく大銀貨多めで」

「何を馬鹿な。貨幣とはこれだ。ヒューマンどもが使っている金属の塊など玩具にすぎん」

「玩具でもなんでもいいから即使える金を寄越せつってんの! 今時エルフ大銀貨なんて美術商にでも持ち込まないとろくな換金が出来ないんだから面倒くさいでしょうが!」

「これほどの美しい大銀貨だぞ。そのまま使えばいくらでも金貨で釣りがくるだろう」

「こんなスッカスカの銀貨どこの商人が金貨で釣りくれんのよ! あーもう、倉庫から適当に魔獣の素材持ってくからね! 後で文句言わないでよ」


 半ギレでツッコむフリーダに、長老が優しく声をかけた。


「まあ落ち着けフリーダ。ヒューマンの通貨なら以前取引で余ったものがいくらか残っておる。それを持って行くがよい。オークに関しては、あまり近隣種族に被害をもたらすようなら討伐も視野に入れねばならぬ。しっかりと監視するように」


 まともに路銀がもらえるならと、フリーダは肩をすくめて了承の意を表す。その態度にエルヴィーラが目を細めて言う。


「どうもお前だけでは心配だ。私も同行するとしよう」

「はァ!? 絶対に嫌なんだけど!」


 じゃああんただけで行きなさいよと言いかけて、フリーダは口をつぐむ。この傲慢なエルフをひとりで行かせたら、確実にトラブルが起きる。あの哀れなオークもひどい目に合うだろう。なにせ2千年生きているエルフなのだ。その強さは口だけではない。


「……わかったわよ、今日は雨が降ってるから明朝出発ね」


 フリーダが渋々そう答えると、無詠唱で追跡魔法がかけられるのを感じた。抵抗(レジスト)を試みるも歯が立たない。


「なんのつもりよ」


 殺気のこもった目でエルヴィーラを睨み付けるフリーダ。対してエルヴィーラは事もなげに答える。


「いやなに、道中はぐれてしまわないようにな。私に構わず夜中に出発してもかまわんぞ」


 狙いがばれているのはまあしょうがない。だが同族ですら年下というだけでこの扱いだ。フリーダは心底嫌気がさす。


「それでもやっていい事と悪い事があんでしょうが! さっさと解除しなさいよ!」

「駄目だな。私を恨むより日ごろの行いを反省した方がいい」

「そりゃあどうも! 路銀は用意しといてよね!」


 フリーダは椅子を蹴立てて立ち上がると、足音も荒く集会場を後にする。

 波乱の予兆か、世界樹の葉が1枚、はらりと雨の中を舞い落ちた。


     ◆◆◆◆◆


 雨の中、大森林の少し開けた場所でオークの一団が小休止をしていた。魔王領へと向かうオークジェネラルと、その部下約30体のオークである。


 1体のオークウォリアーが、干し肉でも配ろうと幌のかかった荷馬車を覗く。すると、そこで荷物の上に寝そべる、体長50センチほどのイタチのような小動物と目があった。


 真っ赤な毛並のその生き物は、体長と同じくらい長いふさふさの尻尾を荷物の脇から垂らし、右へ左へと優雅に振っている。赤い小動物の前足にはしっかりと干し肉が挟まれており、オークウォリアーの顔を見ながら、悪びれもせず食事を続けていた。


「この盗人め!」


 オークウォリアーが捕まえようと手を伸ばすと、小動物はするりとその手をかいくぐり荷馬車の奥へと移動した。そしてまた荷物の上にひょっこり顔を出すと、ごろりと寝そべり干し肉をかじり始める。


 荷馬車の奥までは幌を外さないと手が届かない。オークウォリアーはいらいらした声で近くのオークウォリアーに声をかけた。


「おい、槍持ってこい! 馬車に盗人が入り込んでやがる!」


 その声を聞きつけたオークジェネラルが荷馬車に近づき、ひょいと荷馬車を覗きこむ。ちょうど大あくびをしていた小動物と目が合うと、小動物はちょっと恥ずかしそうに顔を前足でこすり、ころんと仰向けになって可愛いポーズを取った。あざとい。実にあざとい。


 オークジェネラルは特に動物好きというわけではなかったが、妙に愛嬌のあるこの小動物が気に入った。なによりこれだけの戦闘集団の荷馬車に潜り込んで我が物顔でくつろいでいるその豪胆さが面白い。オークたちの圧倒的な気配に魔獣すら近寄ってこないというのに。


 小動物は体をプルプルと震わせると、幌の隙間から尻を少し外に出し、ちらりとオークジェネラルを見る。どうやら用を足しているらしい。どう考えても動物の域を超えた知能があるようだ。


「まあよい。荷物を汚さないなら少々の盗み食いは許してやれ。今しばらくは殺しも休もうではないか」


 オークジェネラルはそう言うと干し肉をひと掴み手に取って、荷馬車を後にする。それを見送ると、赤い小動物はふたたび荷物の上でごろりと横になり、大きなあくびをひとつして、すうすうと寝息を立て始めるのだった。

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