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復讐と決闘

 死体が片づけられた神殿跡で、かがり火に照らされながらオークジェネラルと“銀剣”キーラが対峙している。


 オークジェネラルは鋼板で補強された鎖帷子に面付兜(サーリット)といういでたちであった。左腰に吊った剣の鞘に軽く左手を添え、右手はだらりと下げたまま体の正面をキーラに向けている。目線は兜に遮られうかがい知ることができない。


 いっぽう、キーラは鬼切玉宿を上段に構えている。剣はナナシからふたつ返事で借り受けた。


 刀身だけでキーラの身長を超えるその剣を、手首から先のない右腕を支点に左手を柄に引っ掛けるようにして保持している。柄の太さも身長3.5メートルのオークキング用とあって、キーラの左手では握りきれていない。


 そして、キーラは全裸だった。防具どころか靴さえ履いていない。髪は結上げられ、褐色の肢体を隠す物は何もない。

 限界を超えた強化魔法により肌は上気し古傷が幾筋も浮かび上がっている。『継続回復』による絶え間ない修復が無ければ肉体が崩壊しかねない状態である。もって後60秒といった所だろう。


 しかしそれで十分だった。キーラは開始と同時に神聖干渉『巨大化』を使うつもりなのだ。秋の女神の神聖干渉である『巨大化』は文字通り対象を巨大化させると同時に筋力を激増させる。


 移民の子であり開拓村出身のキーラは、幼い頃から豊穣を司る秋の女神を信仰してきた。信仰心は(あつ)いものの、位階を持たぬキーラでは特級冒険者といえど『巨大化』率はせいぜい身長で1.45倍、持続時間は10秒が限界である。


 それでいい。牙は届く。ただ一撃にかけるのみ。


「始め!」


 皇帝の声が響き渡った。


 モニカの祝福によって『思考加速』の加護を限界まで付与されているキーラは、加速された感覚の中で皇帝の「は」の言葉に反応し神聖干渉『巨大化』を祈念する。

 一瞬で身長285センチ、体積にして3倍まで巨大化したキーラは、鬼切玉宿の柄をぐっと握りこむと皇帝の開始の合図が終わるのを待つ。


 オークジェネラルの表情は兜に隠され見えない。キーラはオークジェネラルの構えから後の先を狙った抜き打ちを放つと見ている。皇帝に放ったオークジェネラルの抜き打ちは見えなかったが、今の自分ならば反応できるだろう。


 そこでキーラはふと違和感を覚えるが、もはや事ここに至っては考えるだけ無駄だと目の前のオークジェネラルに集中する。相手が何をしてこようが関係ない。たとえ体を両断されようと奴の脳天にこの剣を叩き込むのみである。


 鬼切玉宿には魔力で切れ味を増すとともに、時限発火式の爆裂魔法を仕込んである。いかにオークジェネラルの再生力が優れていようと、脳みそを吹き飛ばされれば死ぬだろう。オークの頭がどれほど悪かろうが脳みそが不要ではない。


 すべての条件はそろった。あのオークジェネラルに手が届く。キーラの内に怒りの炎が燃え上がり、復讐心が爆発の時を待つ。

 開始の合図はまだ終わらないのか。早く。早く。


 皇帝の発した「め」の言葉が途切れた瞬間、キーラは踏み込みと同時に剣を振り下ろす。完璧なタイミング。もはやオークジェネラルがどれほど早く抜刀しようとも相打ちが限界だろう。


 しかしオークジェネラルの剣は予想外の位置にあった。オークジェネラルは体勢を低くしキーラと同時に踏み込みつつ、折れた剣を兜の上に構え鬼切玉宿を受けようとしていたのだ。


 予想外の動きではあったが、キーラはそのまま切り込む。多少刃の根元に潜り込もうが鬼切玉宿の切れ味ならば剣ごと兜を切断し脳天まで達するはずである。


 はたしてキーラの斬撃はオークジェネラルの剣を切り裂き兜を割り頭蓋に食い込む。が、脳に届く寸前、剣はぴたりと止まる。


 キーラの肘を、下から突き上げたオークジェネラルの掌底が破壊していた。


 オークジェネラルは、そのまま剣を手放した右手でキーラの左手首をつかみ、キーラの肘を左掌底で跳ね上げながら変則の一本背負いのように投げを打つ。


 石畳に激しく叩きつけられたキーラの体が衝撃に軋む。一瞬息が詰まったその体をオークジェネラルが組み敷き、腰の後ろに装備していたナイフをキーラの首にあてがった。


 鬼切玉宿はキーラの手から離れて石畳を滑ってゆき、爆裂魔法で空中に舞う。


 キーラは遅れて襲ってきた激痛に歯を食いしばりながら、加速された思考の中で敗因を悟る。


 オークジェネラルの剣が折れるのは見ていた。オークジェネラルが皇帝の剣を制する技も見ていた。

 冷静に考えればオークジェネラルは相打ちになってまでキーラを殺す必要などどこにもないのだ。剣が折れていることに思い至ればオークジェネラルの狙いなどすぐにわかったはずだ。


 すべての情報は目の前にあった。ただ己の目が復讐心で曇っていただけである。

 そして、すべてがもう遅い。


 巨大化が切れ元のサイズに戻ったキーラは、オークジェネラルを睨みつけながら声を絞り出す。


「くっ……殺せ!」


 しかしオークジェネラルは割れた兜を脱ぎ捨て、皇帝の方へと目線をやりながらキーラに告げる。


「それを決めるのは我々ではない」


 オークジェネラルの目線を受け、皇帝が宣言する。


「勝負あり! 勝者オークジェネラル、フソン!」


 その声を聞きながら、強化魔法の切れたキーラの意識は暗闇に飲み込まれた。


     ◆◆◆◆◆


 オークたちは夜明けと同時に神殿跡を出立していった。


 それを見届けると、ナナシは大きくため息をつきながら丸太で組まれた玉座へとへたり込んだ。その瞬間、尻の下にぐちゃりとした感触があり慌てて立ち上がる。


 純白だったふんどしには元オークキングだったものがべっとりと付着していた。死体は片づけたものの色々と飛び散ったものまでは手が回らなかったのだ。


 がっくりと肩を落とし落ち込むナナシに、レジオナがオーク語で声をかける。


「あはは、やっちゃったねぇ~ナナシたん。洗ったげるから脱ぎな脱ぎな~」


 ナナシはそのふにゃふにゃした喋りの少女に、慌てて両手をパタパタと振った。


「いやいやいや、自分でやるから! あの……」

「私たちはレジオナっていうの~。まぁまぁ、オークの裸なんか見慣れてるからえんりょしないで~」


 そこへキーラが、全身にレジオナ特製の湿布を貼りまくった悲惨な姿で現れた。ぼろ布に穴をあけただけの貫頭衣は裾が太ももギリギリで無駄にセクシーである。キーラはその場に足を止めると、だいぶ慣れてきたオーク語で会話に加わった。


「オークの粗末な物なんか見飽きてんだからちゃっちゃと脱げっての。オークなんか暇がありゃすぐ女に腰使いたがる生き物なんだろ。いまさら恥ずかしがってんじゃねえよ」

「いっ、いやそれ超偏見なんだけど!? まだ一度も使ったことないし!」

「はァ? オークの童貞とか嘘ついてんじゃねえよ!」

「童貞のオーク! 興味深い……」


 モニカがメガネを光らせながら流ちょうなオーク語で会話に加わる。


「なあモニカ、こいつ絶対嘘ついてんだろ。ありえねえよな!」


 キーラの問いかけに、モニカはナナシの顔をジッと見つめながら、胸を強調するように腕組みをして答えた。


「ホントかも知れないわね、だって童貞のオークは女を見ると額に角が生えるし」

「えっ!? 嘘だろモニカ?」


 キーラは驚いてナナシの額を見る。


「ええ嘘よ。でも童貞は見つかったようね」


 視線の先には額に手を当てるナナシの姿があった。


「あはははは! 渋い! モニカちん渋いねぇ~!」


 レジオナが爆笑する。


 ナナシは恥ずかしくなって緑色の顔を赤黒くしながらモジモジしてしまう。その様子を見てレジオナがますます笑い転げる。

 キーラはポカンと口を開けたままナナシを見つめていた。皇帝で童貞の想定外のオーク。混乱したキーラの脳にそんなライムが浮かぶ。


「まあそんなことより、いいの? そのふんどし見るからに高級そうな布地なんだけど、早く洗わないと血だか何だか分からない汚れが取れなくなるわよ」


 モニカに言われ、ナナシも悩む。一張羅といえば一張羅のふんどしであるし、なにより締め心地が最高である。おいそれと代わりは見つかるまい。


「じゃあ、お願いします」


 ナナシは決断すると、ふんどしを解く。なんだかんだと裸族生活にも慣れていたため、股間のものは揺れるに任せたままである。


 まろびでたその凶悪なものを前に、モニカたち3人の動きが止まった。


「なんだあれ……ありえねえだろ……ありえねえだろ……」


 キーラが子供の胴体程の太さもあるそれを見てガクガクと震える。さんざんオークのものを見てきたが、これに比べればドラゴンとトカゲだ。元気になった時の凶悪さを思うと冷や汗が止まらない。


「でっか! さすが皇帝、股間も皇帝だね~! おっきくなったら貧血になるんじゃないの~?」


 レジオナが良くわからない誉め方をする。


 モニカは無言でそれを凝視していた。どう考えてもこのサイズはおかしい。これでは人間どころか、オーガ相手でも子孫が残せないではないか。


 オークキングまではサイズがまともだったのに、皇帝になったとたんにサイズが飛躍的に大きくなるのだろうか。いやまて、そもそもこの個体は本当にオークなのか。疑問が次から次へと湧き出し、モニカの探究心に火が付く。


 ナナシが片手で股間を隠しながらレジオナにふんどしを渡す。


「レジオナさん、じゃあこれお願い」

「も~、ナナシたんそれが素なの~? 調子狂うからせめて名前は呼び捨てにしてよ~」

「じゃあレジオナ……自分の方も皇帝は無しで。っていうか、そもそも皇帝じゃないし」

「でも~カイザーって名乗ってなかった~?」

「あれはオーカイザーで皇帝とは一切関係が……なくもないけど……そもそも、命名はジルバラント王国のロジーナ姫なんで、自分のせいじゃないっていうか」

「え~、じゃあ種族がオークカイザーじゃないんだ~?」

「そもそも種族はただのオークだと思うんだけど……」


「「「お前のようなただのオークがいるか!」」」


 女たちの叫びが朝の神殿跡に重なり合った。


     ◆◆◆◆◆


 キーラは露天風呂のそばに座りこんで、女たちが洗濯している様子をぼんやりと眺めていた。


 限界を超えて酷使された体は回復魔法や薬を使っても治りきらず、レジオナ特製の湿布で全身を覆ってなお座っているだけでも辛い。荷造りを手伝うどころではないキーラは早々にお役御免を言い渡され、こうして暇を持て余しているのだった。


 明日の朝にはこの神殿跡を出て、王都へと向かう事になっている。地理的にはイーダスハイムの方が近いが、王都の冒険者ギルド所属の者が大半であり、また物資も余裕がある事などから、そのまま王都を目指そうという意見がすんなりと決まった。


 よく調教された戦犀(ギフル)はこの2週間世話をしていた冒険者たちにも懐き、荷馬車を引かせるのにも問題ない。壊滅した討伐隊の遺品や備品等、荷物の量はかなりの多さになってしまったため、ナナシがギフルを何頭か残しておいたのが非常に役立った。


 オークの脅威が去ったことで女たちの表情は明るい。キーラにしてみれば、いやまていちばんスゲエ脅威が目の前に残ってんだろうと思わなくもないが、あの後ナナシが救出に来た経緯を聞いてキーラ自身すっかり毒気を抜かれてしまった。


 なにより今朝のやりとりで、キーラのナナシに対する評価は威厳のあるオークの皇帝から危険のないオークの童貞まで絶賛下落中である。


 視線の先では、レジオナが持って来たナナシのふんどしに女たちが興味津々で集まっていた。10メートル以上もの反物をひとりで洗うのは大変なので、レジオナも女たちに手伝ってもらうようだ。


「これってまさかスパイダーシルクじゃない?」

「なんでオーク風情が私より高級な下着付けてんのよ!」

「ふわ~この肌触りやばい~」

「端っこちょっと切っちゃわない? こんだけ長けりゃわかんないでしょ!」


 不穏な発言を耳にして、キーラが会話に割り込む。


「おめーら、いくらオークが相手でも、一応助けてもらった相手に不義理かますんじゃねーぞ」


 切っちゃわない発言をした上級魔法使いのメリッサが反論する。


「オークなんかどうせ今まで散々女をひどい目に合わせてきたんだから、このくらい当然の権利でしょ」

「あの皇帝サマはまだ童貞だってよ」


 キーラの情報に女たちの黄色い声が沸く。オークの性に関する様々な憶測が交わされ始めた。


「あのオークがそう言ったの?」


 メリッサの胡散臭げな問いかけにキーラが答える。


「まあ、モニカが引っかけ質問で確認したから本当だろうよ。あたいも信じられなかったけどな」


 それでも、とキーラは思い返す。あれだけの強さを持ちながらナナシの態度には相手を見下すところがない。

 言動の端々に品性を感じさせるものがある。さらに驚愕の事実として、ナナシの命名はロジーナ姫だというではないか。


 姫の要請で救出に来たと聞いた時は自分の耳が信じられなかったが、モニカとレジオナは何やら腑に落ちた表情をしていた。まあスパイダーシルクのふんどしなど姫から直々に賜らなければそう手に入るものではない。キーラもモニカに言われてなるほどと納得した。


 つまりメリッサたちは下賜(かし)品をネコババしようとしていたのだ。あとで知ったら卒倒するのではないだろうか。まだ名残惜しそうにしているメリッサに、キーラは釘を刺す。


「そのふんどしはロジーナ姫からあのオークに下賜されたもんだからよ、丁寧に扱った方がいいんじゃねーの」

「はぁ!? 意味わかんないんだけど! ちょっとあのオークが何者なのかこっち来て説明しなさいよ!」


 メリッサに迫られ、確かにみんなにも説明しておいた方がいいかとキーラは辛い体を動かすのであった。

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