大将戦
代表戦が行われている、とある惑星系の第3惑星。その衛星軌道上で、ふたつの卵型のユニットが、惑星をはさむ位置を保持しながら赤道上空を周回していた。
この卵型ユニットの長径は500メートル。形状を考えれば、現代地球の超大型石油タンカーを遥かに超える容積がある。
やがて、鏡面のユニット外壁を一周するように、いくつもの光の線が走った。すると、卵型ユニットは、まるでエッグスライサーにかけられたゆで卵のように輪切りとなる。
輪切りになった各パーツは、中央の支柱によってつながっていた。その内部には、円柱状の小型ユニットが、支柱を囲むようにみっちりと詰め込まれている。
小型とはいえ、長さ50メートル程もあるそれらのユニットは、輪切りの隙間から零れるように惑星上へと落下してゆく。
まるで植物が種を飛ばすかのように。
◆◆◆◆◆
「さあ、代表戦もついに大詰めとなりました! 大将戦はルビオナ王国国王ロック・エンドルーザー陛下対イーダスハイム龍王国王妃シューグオ殿下の対決! これはまさに両国の最強戦力による頂上決戦と言えますね」
闘技場にマクシミリアンの実況が響き渡る。魔王対黒龍の戦いに、観客席の盛り上がりも最高潮を迎えていた。
「両陣営最強戦力の戦いとはいえ、賭け率はロック陛下8.33倍対シューグオ殿下1.01倍! 賭けもギリギリの成立だ! 解説の獣兵衛さん、この戦いどうご覧になりますか?」
話を振られた羽生美強が、顎をさすりながら答える。
「まあ普通に考えりゃあ、何千年も生きてる龍種相手に人間が勝てるわけねえからなぁ。ロクぼ……ロック陛下にゃあ、おっ死んじまわないよう気を付けろってえくらいだな」
「これは辛辣なご意見だ! ロック陛下には何か秘策は無いんでしょうか、解説のマイスラさん?」
マクシミリアンの問いかけに、マイスラも腕組みのままため息を吐く。
「はぁ、そうねえ……開幕で最大の攻撃魔法でもブッ放して、ダメなら回避しつつちびちび削るくらい? 魔力は尽きないでしょうけど、体力が先に尽きそうね。まあ流石に無策って事は無いだろうから、少しは楽しませてくれると思うけど」
「ルビオナ王国事情に詳しいマイスラさんからも、中々厳しい評価が出てしまった! すでに代表戦の勝敗は決していますが、大将戦に勝利すればルビオナ王国は条約締結ポイントで有利に立てます! 戦後を見据えればこの戦いはどちらも負けられない! 果たして大将戦を制するのはどちらの陣営か! さあ、両者が戦場に降り立った!」
◆◆◆◆◆
激しい戦闘の跡も生々しい戦場で、魔王ロックと黒龍が睨み合う。
魔王ロックの装備は、金に縁どられた漆黒の全身鎧に黒いマント。手には丸盾と長剣を持ち、漆黒の兜の奥からは金色の瞳が黒龍を睨み付けている。風に翻るマントの赤い裏地が、鎧の禍々しさを際立たせていた。
かたや黒龍は、頭胴長60メートル、全長120メートルの全身を、両手を地面につけた状態で低く構えている。腐っても聖龍連峰ナンバー7、人類ごときに後れを取る訳にはいかない。魔王を見つめるその瞳はやる気に燃えていた。
暫しの静寂の後、試合開始の花火が上がる。それと同時に、魔王ロックが待機状態の『崩壊』を発動した。
しかし次の瞬間、魔王の体は空高く跳ね上げられていた。試合開始と同時に、黒龍が低い体勢のまま体当たりしたのだ。恐るべき質量が一瞬で音速を突破し、魔王の前面に幾重にも展開されていた『防御壁』を軽々と破壊して、その体へと激突した。
発動した『崩壊』は、黒龍の後方で空しく大気を消滅させている。跳ね飛ばされた魔王は、口から大量に吐血しながら、空中を回転しつつ上昇してゆく。
突進を受け止めた玉宿合金製の盾は、衝撃により塗装が吹き飛び、複雑な木目のような地金があらわになっていた。盾を支えていた腕の骨にはいくつものヒビが入っている。
黒龍は翼を広げて急停止すると、上空の魔王に向けて漆黒の息吹を放った。魔王は『速度制御』を使い、危うい所でその息吹をかわす。
漆黒の息吹が通り過ぎた直線状では、その後を追うように眩い爆発が連続して起きた。黒龍の息吹は、これ自体が一種の『速度制御』であり、息吹の範囲内の全物質を息吹の中心線へと加速する。その加速の影響は電磁波、すなわち光にも及ぶ。ゆえに息吹自体が外部からは見えず、黒い線として認識されるのだ。
これが、黒龍の息吹『万象を捉える漆黒の闇』の正体であった。息吹に巻き込まれた物質は、例外なく中心に向けて圧縮され、息吹から解放された瞬間に爆散する。先の息吹によって起きた爆発は、圧縮された大気によるものであった。
息吹をかわした魔王は、『飛行』と『速度制御』を駆使して回避軌道を取りながら、『魔力誘導弾』を放つ。無詠唱で連続して撃ち出される『魔力誘導弾』は、しかし黒龍の『防御壁』を空しく叩くのみであった。
飛び回る魔王に数発の息吹を放った黒龍は、このままでは埒が明かぬと、翼を羽ばたかせて空中戦へ突入した。音速域へと急加速、急停止可能な龍種の飛行能力は、翼や長大な尾を使った能動的質量移動による姿勢制御も相まって、恐るべき機動性を発揮する。
両者ともに『速度制御』を駆使した機動飛行による空中戦は、互いに致命傷を与えられぬまま、夥しい数の魔法と息吹をまき散らしてゆく。戦場には魔力の残滓が濃く漂い、魔素の流れを視認できる龍種と魔王種の目をもってしても、まさにもやがかかったかのようである。
そして、これは両者ともに狙い通りの状況であった。
魔王は急降下すると、地面すれすれを滑るように飛ぶ。黒龍もそれを追い、魔王の後方へと位置取り、細かく息吹を放つ。その黒龍の体が一瞬光に包まれると、突然制御を失って地面に激突した。
魔王が攻撃に紛れ込ませて地面に設置していた『解呪』によって、黒龍のあらゆる魔法が解除されたのだ。『飛行』と『速度制御』を同時に失った黒龍は、まさしく空中で躓いたも同然だった。
土煙を上げながら地面に突っ伏した巨体に向けて、魔王は空中で急停止すると、振り向きざま『崩壊』を放つ。狙いは倒れ伏す黒龍の頭部。
しかし、黒龍は巨体から想像もつかぬ程に俊敏な動きで跳ね起きる。翼を前方へと羽ばたかせ、その反動を利用してのけぞったのだ。
結果的に、魔王の放った『崩壊』は黒龍の翼を先端から10メートル程消し飛ばした。傷口から血が迸り、黒龍は苦悶の咆哮を上げる。
この絶好の追撃チャンスに、しかし魔王は動く事が出来ない。なんと魔王は『崩壊』を放った直後、漆黒の球体に飲み込まれていた。直径10メートルはあろうかという漆黒の球体が、魔王を飲み込んだものを含めて十数個、突如として出現したのだ。
これは黒龍が発動時間をずらして放っておいた、置き息吹であった。通常ならば魔王も感知出来ただろうが、残留魔素の濃さがそれを妨害した。互いに魔法の設置を悟られぬよう動いた結果、両者ともに相手の設置攻撃を受けてしまったのだ。
球状に発現した息吹は次々に収縮、爆発してゆく。ところが、魔王を捕らえた息吹のみが収縮を開始しない。やがて漆黒の球体は溶けるように消え去り、内部から無傷の魔王が姿を現した。
内側へ向かう球体の『速度制御』に対し、魔王は外へ向かう『速度制御』での中和を試みたのだ。結果、置き息吹の無効化には成功したものの、無尽蔵とも思える魔力も一時的にではあるが完全に底をついてしまった。
魔王の持つ、六つの魔力門から得られる魔力総量は、日々の鍛錬もあって、毎秒特級冒険者ひとり分にも相当する。ほんのひと呼吸もあれば、魔力は実戦レベルまで回復するだろう。
魔王は黒龍の追撃を防ぐべく、流れ出る魔力を次々に『防御壁』へと変換してゆく。しかし、当の黒龍は空を見上げたまま動こうとしない。
何事かと黒龍の視線を追った魔王の目に、空をよぎる幾筋もの光と雲の流れが映る。そのうちのひとつは、確実にこの場所へと向かって落下していた
このエピソードでストック分が尽きたので、以後は不定期更新となります。
今後ともよろしくお願いします。




