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副将戦 Ⅲ

 戦場の様子が映し出された闘技場に、マクシミリアンの実況が響く。


「ナナシ公爵の打撃でディー=ソニアの足元が大陥没だーッ! これは一体どういう攻撃なのかーッ?」


 マクシミリアンの疑問に、美強が解説を入れる。


「こいつぁ、言ってみりゃあ高度な受け流しだな。ナナシの攻撃を上手い事地面に逃がしたんで、体の代わりに地面が割れたって寸法よ。中々どうして、大した技前(わざまえ)じゃねえか」

「なるほど、殴り合いを提案するだけありますね……おや、ナナシ公爵が何やら周囲を見回しているようですが?」


 何かを探しているかのようなナナシの動きに、マイスラが声を上げた。


「あッ! これもしかしてナナシは、ディー=ソニアを失神させたから決着だと勘違いしてるんじゃない?」

「あっはっは! こりゃあ間違(まちげ)えねえ! お上品な仕合いじゃねえんだから、とどめを刺すか降参させなきゃなあ。まあ一発ずつ殴り合うってえ話なんだから、殺せなかった時点でナナシの番は終わりだぁな」


 美強が笑いながら指摘する。それを受けて、マクシミリアンが問いかけた。


「しかし、ディー=ソニアが失神しているとなれば、次の攻撃が不可能なのでは?」

「別に、次の攻撃までの制限時間を決めてるわけでもあるめえし、そのうち気が付くだろ。おッ、噂をすれば何とやらだ」


 闘技場の画面には、挙動不審なナナシの前で、意識を取り戻したディー=ソニアが構えを解き、体の調子を確かめるようにストレッチを始める様子が映し出されていた。


     ◆◆◆◆◆


 ナナシの攻撃を受け流しきれぬと判断したディー=ソニアは、闘気の操作により全身の関節をロックした。これで意識を失っても倒れはしないだろう。


 格闘技の試合ならば、審判の判断で立ったままのKOもあるだろうが、これは戦争である。そんな(ぬる)い裁定は下るまい。


 ディー=ソニアの目論見通り、意識を取り戻した彼女の目の前では、きょろきょろと周囲を見回すナナシがいるばかりで、試合が決着した様子はない。また、ナナシも馬鹿正直に突っ立っているだけで、追撃の素振りすら見せていない。


 順番に殴り合うとは言ったが、お互い1発ずつとまでは決めていなかった。それにもかかわらず、馬鹿正直に回復を待っていたナナシを、ディー=ソニアは好ましく思う反面、まだ舐められているとの思いもつのる。


 ディー=ソニアは首筋を揉みながら頭を振り、ナナシへと声をかけた。


「連撃を禁止にはしてなかったと思いますけど、もう攻撃は終わりでいいんですか? 私の番なら、あなた死にますよ?」


 ナナシはディー=ソニアに確認されて、たてがみを掻きながら答える。


「あっ、その、失神させたらKO勝ちかなと思ってたんで……」

「降参させたいなら、せめて追撃の素振りでも見せないと。そうすればうちの陣営から信号弾が上がったかもしれませんが」

「言われてみれば……まあ今更ですよね」

「それで、もう本当に私の番でいいんですか?」

「はい、勘違いしてた自分が悪いんで。どうぞ」


 このやり取りは、ディー=ソニアの自尊心を傷つけた。この強大なオークは死を恐れていない()()()()()、依然としてディー=ソニアの攻撃を()()()()()()()()


 ならばと、ディー=ソニアは必殺の一撃への準備に移る。ナナシの攻撃力の底は見えなかったが、もはやそれはどうでもよい気分になっていた。どうせまともに戦えばナナシの攻撃は当たらないのだし、それよりもナナシの肉体を完全に消滅させられるかの方が重要である。


 ディー=ソニアは三戦立ちに構えると、拳をゆっくりと交互に繰り出しながら闘気を練り上げ始めた。そして、己の闘気を神気にまで高めてゆく。


 羽生獣兵衛美強と手合わせした事は無かったが、ディー=ソニアは剣狼こと羽生獣兵衛が操る神気については聞き及んでいた。


 闘気によるダメージは一種の魔法攻撃でもあり、エネルギー体にも効果を及ぼす。しかしナナシや龍種といった強力なエネルギー体を持つ相手には、闘気によるダメージだけでは力不足が否めない。黄龍との戦いでそれを実感したディー=ソニアは、闘気を神気にまで高める(すべ)を模索し始めた。


 羽生獣兵衛の神気の源は、大神(おおかみ)からなる血統にあるという。いっぽう、ディー=ソニアの神域にまで達する筋力と耐久力は、言ってみれば神の力にも匹敵するものである。ならばそれを宿すディー=ソニアの肉体を持ってすれば、神気を練り上げる事も可能であろう。


 そうして鍛錬を重ねた結果、時間こそかかるものの、闘気を神気にまで高める事に成功した。とはいえ、今はまだ準備に数分の時間が必要な上、高めた神気は使い切りである。実戦で使うにはまだ練度が足りないが、こうして交互に殴り合うならば問題は無い。


 十分に神気を練り上げたディー=ソニアは、ナナシに向けて宣言する。


「では、ナナシ公爵。良い戦いでした」


 三戦立ちから、片足を後ろに引いて、拳を腰だめに構えるディー=ソニア。その体に宿る恐るべきエネルギーを見て、ナナシは戦慄した。これはマジでヤバい。


 額を流れる汗が目に入り、思わず(まばた)いてしまうナナシ。目を開いた時には、瞬間移動のごとくナナシの目前へと到達したディー=ソニアが、音もなくその拳をナナシの腹部へと叩き込んでいた。


 ディー=ソニアの卓越した技量によってナナシへと送り込まれた、神気をまとった運動エネルギー。それは拳が触れた部位から、ナナシの体を構成する物質を連鎖的に(ちり)へと(かえ)し始めた。


 攻撃を当てた直後に後方へと飛び退り、残心を決めるディー=ソニア。その目の前で、ナナシの体が腹部から黒い塵となって消滅してゆく。もはやこの崩壊を止める術は無い。ディー=ソニアが残心の姿勢のまま勝利を確信しかけた、その瞬間、ナナシは思いがけぬ行動に出る。


 両腕を大きく振りかぶったナナシが、思い切り自分の胸部を打ち据えたのだ。神域すら超えるナナシの筋力による打撃が、己の肉体を破壊すると同時に、侵食する神気のエネルギーとぶつかり合う。


 その結果、ナナシの体内で大爆発が起きた。


 爆発はナナシ自身に留まらず、周囲数百メートルを吹き飛ばす。そして正面のディー=ソニアはおろか、両陣営の待機場所をも巻き込んだ。恐るべき衝撃波が、魔王と黒龍それぞれの『防御壁』を(きし)ませる。


 戦場の周囲に浮遊していた撮影用ゴーレムも全て破壊され、闘技場では投影映像が消えてしまう。土埃にけぶる戦場へ、スタッフとして待機していた龍種たちが飛び、収納から新たな撮影用ゴーレムをばらまく。


 再び映し出された戦場では、ディー=ソニアが体表を焼かれながらも、交差した腕で頭部を防御した姿勢のまま、その場に踏みとどまっていた。


 いっぽうのナナシは、胴体を大きく欠損して大地に横たわっている。爆発によって体組織はほとんど吹き飛ばされ、原形を留めているのは頭部と肩回り、そして大(たい)部から下の足回りだけであった。その間を、むき出しになった骨格が辛うじてつなぎ止めている。


 通常ならば、これで決着であろう。しかし見よ、いかなる理外のちからが働くか、ナナシの首が大きく息を吸い始めたではないか。


 ナナシが息を吸うと、骨ばかりとなった胸郭へ、風船が膨らむかのごとく肺が形成されてゆく。それと同時に血管が伸び始め、肺のすぐ近くで大きく絡み合い心臓を形成する。見る間に全身へ筋組織が広がり、後を追うようにその表面を新たな皮膚が覆い始めた。


 ほんの十数秒で、白骨死体同然だったナナシの体は、傷ひとつない筋骨隆々のオークへと蘇った。とはいえ、残念ながら超常の再生力も吹き飛ばされた衣服までは及ばない。闘技場では映し出されたナナシの凶器に、驚嘆のため息がさざ波のように広がる。


 対して、ディー=ソニアはこの復活劇を悔し気に見つめていた。自身の火傷もすでに再生を終えており、神域に達する耐久力による再生自体に文句はない。破壊による崩壊の阻害も防御のうちであろう。ただ己の攻撃の不甲斐なさを悔やむのみである。


 一撃で決められぬならば、連撃で倒すしかない。致命の一撃と共に、両手両足を砕く必要があるだろう。ディー=ソニアは次の攻撃を思い描きながら、ナナシの攻撃に備えて再び闘気を練る。


 再生が終わり、横たわるナナシが大きく息を吐いた。次の瞬間、弾けるように起き上がったその巨体がディー=ソニアへと迫る。


 今までの攻撃とは明らかに様子が違う動きに、ディー=ソニアは最大限の防御態勢に入った。極限まで研ぎ澄まされた集中力により、時間の流れさえもゆっくりと引き延ばされてゆく。


 迫りくるナナシの目は(うつ)ろで、拳に宿る殺気は、死に直面した事による本能的な反射であった。理性のタガが外れたその攻撃は、ナナシの『剛腕爆裂(フルブレイク)』本来の破壊力を秘めている。


 ナナシの拳が腹部に触れた刹那、ディー=ソニアは己の死を直観した。神域を超えたこの破壊力を、どうやっても受け流す事は不可能である。ディー=ソニアの肉体は素粒子レベルまで分解され、消滅するだろう。


 しかし、本能で振るわれたこの打撃にも、ナナシは無意識にセーブをかけていた。ディー=ソニアへと流し込まれたエネルギーは、水中を音が伝わるかのように通り抜け、背後の空間へと解き放たれる。


 ディー=ソニアはあまりのエネルギー量に、背中の皮膚と筋組織、さらに背面の服や装備を破壊されながら前方へと弾き飛ばされた。その背後では、放出されたエネルギーによる断熱圧縮で、大気がプラズマ化を起こしている。


 拳を振るうと同時に正気を取り戻したナナシは、(ふところ)へと弾き飛ばされて来たディー=ソニアを抱えると、咄嗟に空中へと飛び上がった。


 次の瞬間、圧縮された大気が大爆発を起こした。ナナシによってもたらされた恐るべきエネルギー量により、半径1キロメートルに渡って衝撃波が広がる。


 空中で撮影用ゴーレムを撒いていた龍種たちは、慌ててゴーレムを自身の防御壁内へと抱え込む。まだ予備はあるとはいえ、撒いたそばから破壊されてはたまらない。


 飛び上がったナナシ諸共、龍種たちや待機場所をも衝撃波が襲う。舞い上がった砂塵の中から、ディー=ソニアを抱えたナナシが空中へと姿を現した。


 爆発から逃れる為とはいえ、瞬時に500メートル上空へと達したその跳躍の加速度は、本来ならば50Gを優に超えていた。しかし、ナナシの腕に抱えられたディー=ソニアには、そこまでの加速度は感じられなかった。


 これは神域を超えたナナシの筋力が、現実世界の物理法則を捻じ曲げた結果である。神域に達する耐久力を持つディー=ソニアならば、たとえ50Gの加速にも耐えられたであろうが、ナナシはディー=ソニアを気遣ったのだ。


 そして、その気遣いが、ディー=ソニアの宝物庫を踏み荒らした(げきりんにふれた)


 戦いの果てに死ぬのはいい。しかし、情けをかけられる事だけは許せない。ましてや女である事がその理由ならば、ディー=ソニアにとって、それは己という存在そのものへの侮辱であった。


 命のやり取りにおいて、手加減をされた挙句、体の弱さを気遣われたのだ。己が女だという、ただそれだけの理由で。


 舐められたら殺す。もはやディー=ソニアが己の尊厳を保つためには、ナナシを殺すしかなかった。


 ディー=ソニアは空中で巧みに体を入れ替えると、ナナシの首と片腕を両脚で挟み、ナナシの頭を両手で己の腹部へと引き寄せた。いわゆる三角締めである。


 格闘技の経験と言えば、高校の授業での柔道程度しかないナナシには、この技から逃れる技術は無かった。仕掛けるディー=ソニアも、筋力は神域に達している。筋力151をもってすれば、無理やりにでも引きはがす事は可能であっただろうが、ナナシがそれを判断するのは遅すぎた。


 ほんの数秒で、ナナシの肉体は脳への血流不足により失神した。そしてナナシのエネルギー体も、肉体に引きずられ意識を失う。


 ナナシが()()()のを確認したディー=ソニアは、再び体勢を入れ替え、ナナシの腹部に片足を添えた。そして、そのまま背中から闘気を噴出し、鬼人流飛び足刀・雷打(らいだ)の構えで大地めがけて加速する。


 一条の光となって大地へと激突したディー=ソニアの蹴りは、地面を陥没させながら、ナナシの体を木っ端微塵に爆散させた。肉体を失ったナナシのエネルギー体は、朦朧とした意識のまま、世界のエネルギーの中へと拡散してゆく。


     ◆◆◆◆◆


 待機場所では、中継に映る空中での攻防を、キーラが食い入るように見つめていた。


「やべえな、ナナシのヤロー、落ちやがったんじゃねえか?」


 ぐったりとディー=ソニアのなすがままになっているナナシを見て、キーラは心配そうに呟く。


 意識さえあるなら、ナナシの再生力をもってすれば、たとえ寸刻みにされようがそうそう死ぬことは無いだろう。しかし、意識のないままエネルギー体になってしまえば、はたして再び実体に戻る事が出来るだろうか。


 ディー=ソニアの雷打によって爆散したナナシは、キーラの心配した通り、世界のエネルギーへと拡散し始めた。


「まったく、世話の焼けるヤローだぜ!」


 キーラは客車を飛び出すと、右手の義手を外し、巨大化しつつ走り出す。4メートル弱に巨大化したキーラは、飛び散ったナナシの肉片を拾いながら、ほんの数秒で戦場へとたどり着いた。


 すでにナナシのエネルギー体は目視も危ういほど世界のエネルギーへと溶け込んでいる。キーラは拾った肉片をエネルギー体の右手で握ると、消えゆくナナシの右手と思しき場所へと差し出した。


「おいナナシ! いつまでも寝ぼけてんじゃねーぞ! あたいの手をしっかり握りやがれ!」


 魂喰(たまぐ)らいから救ってもらったあの日から、何度もつながって来たナナシのエネルギー体。目には見えなくとも、キーラにはそのありかがはっきりと感じ取れる。


 キーラの差し伸べた手に、力強く握り返す感触が伝わって来た。それと同時に、手の中の肉片が右手の形へと形成される。次の瞬間、その右手を起点にして、爆発的な再生が始まった。


 数秒で再生を終わらせたナナシは、目を(しばたた)かせながらキーラを見る。


「あれっ、キーラ? なんでここに……まだ試合中なん……」

「バッきゃろー、心配かけやがって!」


 ナナシの言葉を遮り、巨大化したままのキーラがナナシを抱き寄せた。胸元に頭を抱え込まれたナナシは、普段着のキーラの胸の柔らかさにドギマギしてしまう。毎夜体を重ねていても、こういう状況はまた違った感覚があるものだ。


 そんなふたりの上空で、投影用ゴーレムから、闘技場の審判団の様子が空中に映し出された。


「選手以外の乱入により、イーダスハイム龍王国の反則負けとなります! 勝者、ルビオナ王国代表ディー=ソニア!」


 宣言と同時に、映像は歓声に包まれる闘技場の様子へと切り替わった。


 ようやく状況を理解したナナシが、キーラから体を離して上空の映像を見上げる。


「ああ、負けちゃったんだ……まだまだ世の中には強い人がいるよねえ」


 そう呟くナナシを憎々し気に見つめていたディー=ソニアは、大きく息を吐くと、両腕を胸の前で交差させてから両脇へと振り下ろし、頭を下げた。それを見て、ナナシも慌ててぺこりと礼をする。


 ディー=ソニアは無言のまま、(きびす)を返して自陣へと歩き出す。試合には勝ったが、ナナシの放った最後の一撃を思えば、勝負に勝ったとは言い切れぬ。相手の情けに付け込んで勝利をかすめ取ったようなものであろう。


 巨大化を解いたキーラは、去り行くディー=ソニアの背中を見て苦笑する。上級や特級冒険者ともなれば、男女の差など無いも同然とはいえ、それまでにはキーラとて女であるというだけで随分と舐められもしたものだ。今回の戦いでディー=ソニアが感じたであろう屈辱はよくわかる。


 キーラは、隣でぼんやりと(たたず)むナナシのケツをパーンと張った。


「ナンデ!?」


 唐突な張り手に、驚いてぴょんと飛び上がるナナシ。そんなナナシの様子に、キーラは深々とため息を吐く。


「まったく、おめーはよ……ちったあ戦士の心得ってやつを叩き込んでやらなきゃな! いつまでも優しいだけじゃやってけねえぞ!」


 そう言って、キーラはきょとんとするナナシの手を引き、自陣へと歩き出した。

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