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煌女革命  作者: あまがみ
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街中 2

 しばらく歩き続けるといっそう人通りが多くなり、やがて市場に着いた。色鮮やかな野菜や果物。香ばしい匂いのするパンやチーズに塩漬けされた肉。新鮮な魚介類や飲み物を売る店もある。


 喧騒さえ久しぶりで、音楽のようだった。ずらりと並んだ売店は劇場。それくらいルイシーナには素晴らしいものに映り、興味深く辺りを見回していると声をかけられた。


「ベルナルドじゃないか! 久しぶりだな。最近見なくなって心配だったんだが、元気そうで安心したよ」


 声をかけてきたのは小太りのパン屋の男店主だった。ベルナルドがパン屋の店主の名を呼びつつ店に身体を寄せたので、ルイシーナも立ち止まって様々な形のパンを眺めながら聞き耳を立てた。


「やぁ久しぶり。奉公先が決まって今はそこで住み込みで働かせてもらっているから、あまり街中にはいないんだ。けど、今日は持ち合わせがなくて。ちょっと稼ぎたいんだけど、良いかい?」


「願ったり叶ったりだ。見繕うからちょっと待ってろ」


 そう言って主人は籠にパンを詰めていき、いっぱいになるとベルナルドに手渡した。


「もう一籠くれない?」


「妙にやる気だな」


「彼女に良いとこ見せたいから」


 主人がルイシーナを見て「ほぉ~」と感心した声を上げたので、ルイシーナは小首を傾げた。


「恋人か?」


「まだ」


「じゃ頑張らないとな! 協力してやるよ」


 主人は二つ目の籠を用意するとまたいっぱいにパンを詰めてベルナルドに渡した。


 パンがいっぱいに詰まった籠を両手に抱えたベルナルドは礼を言ってパン屋を後にした。


「ルイシーナ様、僕の傍を離れないでくださいね」


 両手が塞がってしまったので、ルイシーナはベルナルドの背の服を掴んで逸れないようついていった。店主とベルナルドの会話のせいで頬が再び熱を持ち始めていたから、顔を見られなくなって良かった。


 パンを持って市場を歩いているとあちこちから声がかかり、パンが徐々に売れていった。「手間が省けた」と道行く人が、「店番をしていて買いに行く暇が無かった」と露店を出している人が。そうして一籠が無くなったところで、ベルナルドは足を止めて果物や野菜を売っていた女店主に声をかけた。


 女店主もパン屋の主人のようにベルナルドの名を呼び、久しぶりの再会を喜んだ。その後の言動も同じで、ベルナルドが稼ぎたいと言うと、これまた同じように主人は空になった籠に果物や野菜を詰めてくれたのだった。


「ついでに減った分を出して並べてくれるかい?」


「了解」


 ベルナルドは布で隠されて地面に置かれていた箱から果物や野菜を取り出し、手際よく並べていった。ルイシーナも見よう見まねで手伝った。ルイシーナは単純な作業でも慎重になって集中する癖があり、ただ果物や野菜を並べているにしては真剣に黙々と手を動かしていた。


「あれ、ベルナルドじゃない!」


「本当だベルナルド! 久しぶり!」


 集中していたルイシーナの耳に女の子の黄色い歓声が入って来た。


 振り返るとベルナルドが二人の女の子に囲まれていた。女の子たちはきゃぁきゃぁ高い声を出したりベルナルドの身体に触れたりしており、ベルナルドも親しげにしている。


「あの子はあの容姿であの性格だからモテるんだよ。口も上手いしね」


 いつの間にか隣にいた主人がぼそりと呟いた。


「うかうかしていると盗られちまうよ。あの子が欲しいんだろう?」


 じっと灰色の目で見上げられ、ルイシーナは口ごもった。


「いえ、そんな……そういうことでは……」


「そうなのかい? 私はてっきり、あんたがずっとベルナルドを見ているからそういうことだと思っていたよ」


「わたくしがですか?」


 驚いて目を見開いたルイシーナに主人は頷いた。


 言われてみれば今日の彼の行動を振り返られるほど、彼のことを覚えている。


 ――なんて怖ろしい。


 他人の行動を観察して記憶しているなんて変質者の類ではないか。ベルナルドが知ったらゾッと鳥肌を立てるかもしれず、ルイシーナは意識的に視線を下げることにした。


 そんなルイシーナの様子を見た主人は肩を落とした。


「戦うつもりがないなら、気をつけるんだよ。あの子は男も女も誑かす悪い子だからね」


「誰が男も女も誑かすって?」


 耳元で声が聞こえてルイシーナは飛び上がるほど驚いた。目だけを動かしてみると、いつの間に女の子たちとの会話を終えて忍び寄ったのか、ベルナルドが後ろから顔を突き出していた。


「僕を悪者扱いしないでくれよ。この人に誑かされているのは僕の方なんだから」


 ルイシーナの驚いた声と主人の感心した声が重なった。


「いっいつわたくしが貴方を誑かしたのですか?」


「道端で弱っていた時にお持ち帰りされて、そのまま家に住むことになった」


「へぇ、やるね」


「語弊があります! 傷の手当てをするためにお屋敷に運んだら、貴方が屋敷で働きたいとおっしゃったのではありませんか!」


「上手い口実を見つけたもんだねお嬢ちゃん」


「だろう」


「違いますよ!」


 ルイシーナは必死に説明したが、主人とベルナルドは面白がっていて聞く耳を持ってくれなかった。あまりに聞いてくれないものだから最終的にルイシーナはちょっとむすくれた。


 この分だと先ほどのパン屋の店主との話も適当に言っていただけに違いない。


「ごめんごめん。そんな顔をしないでくださいよ。ほら。これでも食べて機嫌を直してくれませんか?」


 ベルナルドは謝りながらルイシーナの唇にブドウを一粒押しつけた。ルイシーナはじっとベルナルドを睨みつけながらブドウを口の中へ転がせた。


「さて。これを売り切れば目標額になります。疲れているかもしれませんが、もうちょっとだけ付き合ってくれますか?」


 パンの籠と果物と野菜の入った籠を抱え直すベルナルド。ルイシーナはブドウを咀嚼しながら無言で頷いた。

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