サクラ咲く日の出会い
どうでもいいですが、知らない人と会ってはいけないと教わって育ったので、Twitterのエンカ会とかも怖いです。いや、そもそも誘われたこともないし相互フォロワもほぼいないのですが。
日は南西の方に白く灯っている。恐ろしいほどに曇りなき空である。
そんな清々しい日に、一人の青年が自転車で急な坂を登っていた。
坂は桃色の花をこさえた桜の木によって彩られている。また、坂道を挟むように建つ堤は比較的新しく、とても美しい。
しかし青年はそれらには一切目を向けずにひたすら前を目指した。一度停まってしまうと、この急な坂で、再び自転車を漕ぎ出す気力を失ってしまうためである。幸い車通りは無いため、青年は道の真ん中を、体を揺らしながら立ち漕ぎで走った。口呼吸でゼェゼェと吐く息は桜の匂いと混ざりあっていった。
やがて坂を登りきると、そこには平坦な道が続いている。青年はそこで一度停まった。息を整えるついでに、汗で湿気たズボンのポケットから、スマホを取り出した。起動すると、そこにはある経路を示すGoogleマップの画面があった。その画面の左上には、LINEの通知が現れていた。青年は嬉々としてそれを開いた。そこには、
「お部屋の掃除してるからちょっと待って〜(>_<;)」
と書いてあった。それを見て少し上がった口角をそのままに、トーク画面を上にスクロールした。そこには話し相手の住所が記されている。Googleマップを再起動し、それとGoogleマップの目的地とを照らし合わせ、安堵の息をついた。その頃には坂で乱れた息もある程度整ってきていた。
そしてスマホをポケットに戻すと、再び青年は自転車を漕ぎ出した。そして、舗装されたばかりの綺麗な道をしばらく進み、手前から四番目の横道に曲がった。
曲がった先の道も広い道であり、高いマンションやアパートがこれを挟んでいる。やがてとあるアパートの前で停まると、スマホを取り出した。Googleマップによると遂に目的地に着いたらしい。
「着きました!」
青年はLINEを送った。すると、即座に返信が来る。
「お部屋の掃除してるからちょっと待って〜(>_<;)」
しょうがない人だ。青年は思った。自転車をアパートの駐輪場に停め、入口に向かう。
入口には複数人の男性が居た。皆妙にシャレこんだ格好をしている。お互い全く言葉を発しておらず、それどころか青年を見て気まずそうにチラチラと目線を送りあっている。
彼らの目の前であの人に会ってしまうと、正直かなり気まずいが、「出会い系サイトでマッチした女性とこれから会うのでちょっと退いてくれませんか?」などと言えるはずもなく、青年は黙って壁に寄りかかった。しかし、気になってしょうがない青年はすぐに痺れを切らし、尋ねた。
「あの、皆さんはどうしてここに?」
「えッ」
「ン…」
「………あ…」
男たちは各々言葉に詰まっているようだった。
「ぼ、ボクは、えと、好きな人に会うためで、え、えへ」
そんな中、一人が重い口を開いた。
「え!」
全員が驚いた様子だった。それは青年も同じだった。青年は、彼らの様子からもしやと思い、恐る恐る尋ねた。
「えーと、もしかしてその人のお名前って、アカリさん、ですか?」
「え!すごい!どうして分かったんですか!…あ」
この会話をもって全員が察した。
「全員同じ女性に騙されていた訳です、か」
「ということになりますね…んひ」
「サクラに見事に釣られたバカが六匹、というわけでござるな」
「んじゃあ僕達、エロ猿同盟ですな」
「これも何かの縁ということで」
六人はお互いにツイッターを交換した。
「いやはや、バカバカしい」
「まあ寧ろ、私以外に五人もアホが居たってんなら、笑い話にもなりますよ」
「ですね」
「ラーメンでも食いに行きません?」
「おお!いいですね。来る途中美味そうな豚骨のラーメン屋がありましたよ」
「あ、それ俺も見ました」
マヌケな男達は談笑しながらゾロゾロと入口から出ていった。
最後尾の青年は入口の脇に薄汚れた白い紙が落ちているのに気付いた。何となく気になって紙をめくってみた。そこにミミズが這ったような文字で書いてあったのは。
「七人揃ッタラ始メマス」
青年はすぐに紙を裏返した。何も見なかった。そう何度も念じつつ、足早に男達の集団の中に戻った。
「早いとこ行きましょう!日が暮れちゃいますよ」
青年は半笑いで言った。
「お!そうですなぁ」
男達はワチャワチャとアパートを後にした。
青年がアパートを去る際、反対方向からスマホを眺めながらソワソワした様子の中年の男が歩いてくるのが見えた。
青年の頬を一筋の汗が伝ったが、これは春の暖かさの、嫌に晴れやかなこの空のせいだと信じ込むことにした。
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