第三話
――世界の根源・深層領域
現在この場所には、”名探偵・闇の堕とし子合衆国”であるエリオットを筆頭に闇深巡査長達のような警察官や同行することを希望したなろうユーザーのギャルだけでなく、興味本位でゾロゾロとついてきた夜の街の住人達までもが集結していた。
幻想的な光景が広がる空間に皆が戸惑いの声を上げる中、エリオットは他に目移りすることなく真正面を真剣な面持ちで見据えていた。
そんな彼の意思に呼応するかのように、ズニュリ……と、不定形ながらもどことなく人の形を模した巨大なゲル状の存在が姿を現す。
突然の事態を前に周囲の者達が反応できずに硬直する中、ゲル状の存在が全身の発光をし始める――!!
『――よく来たな、読者諸君。我が名はタケノリ。猛き祝詞を紡ぐ者である……!!』
眼前の存在から放たれる声を介さぬ意思が、そのまま直接皆の脳内へと流れ込んでくる。
それを受けて闇深巡査長が悲鳴にも似た驚愕の声を上げる。
「う、嘘だろ……!?このわけのわからんグニャグニャした奴が行方不明になっている佐々木場 竹則氏だっていうのか!……一体、何がどうなってやがる!?」
そんな闇深の発言に対して、なんら動じることなく背後から歩いてきたエリオットが不敵な笑みのまま答える。
「なに、それはとても初歩的なことだよ、闇深巡査長。……竹則氏は猛烈に”自作語り”をしたい欲求に囚われていたにも関わらず、自身で作品を生み出すことが出来なかった。ゆえに……」
ハッ!とした表情のまま固まった闇深巡査長に向けて頷きを返しながら、エリオットが衝撃の真実を口にする――!!
「――彼はこの世界の創造主になることで、すでにある程度完成しているこの世界そのものを”自作”として語ろうと目論んだのが、この事件の真相ってヤツさ……!!」
「た、確かにそれなら、自分で必死に創作活動なんかしなくてもありのままの光景や感想を述べるだけで自作を語ったことに出来る!!……コイツは、あまりにも盲点だったぜ~~~ッ!?」
「け、けどよ!?そのために自力で深層領域にまで到達して、世界の創造主的ポジションに成り代わるなんてあまりにもムチャクチャすぎんだろ!!……一体、この先の筋書きはどうなっちまうんだッ!?」
「もうアタシ達は、何もかもおしまいよ~~~~~~ッ!!」
エリオットからもたらされた受け止めるにはあまりにも重すぎる真実。
それを前にして皆が半狂乱状態に陥る中、さらに拍車をかけるが如く猛き祝詞を紡ぐ者が眩い光を放ち始める。
『――そう悲観するものではない、我が愛しき読者達よ。……まずは語るよりも先に、我が権能によって編み出した自作を心行くまで存分に楽しんでくれたまえ!!』
そう言うや否や、彼の周囲に無数の光る円盤……いや、ジュウ!ジュウ!と湯気を立てながら香ばしい匂いを漂わせた”お好み焼き”と形容するほかない代物だった。
……これが、タケノリの自作なのだろうか?
突然の事態を前に皆が呆気に取られている中、猛き祝詞を紡ぐ者が楽し気に解説を始める。
『――"人は十の数に、王の影を見る"……。我は権能を用いることによって、この星に宿る力をお好み焼きの形へと凝縮し、そのうえで原初に連なる創作属性をも付与することに成功したのだ』
見れば、彼の周囲に漂っている無数のお好み焼きはサイズは均一でも、外から見ても分かるほどに入っている具材は別々のようであった。
創造主となった存在は、楽しそうに説明を続ける。
『――アクション仕立ての明太タコ入り……。
――ファンタジー印の桜でんぶのせ……。
――SFじみたディストピア・ペースト焼き……。
――恋愛に打ち勝て!未来に向けた精力増強ウナギの欲張り丸ごと入り……。
――童話風味のわんぱくお好み焼きおせんべいを召し上がれ……。
――黄泉での戦に最適♪読み専チーズもち……。
――下町ヒューマンドラマあふれるニラとキャベツ入り……。
――有名人のエッセイ内で紹介されたことで爆発的ヒットを果たした装飾過多な情報味……。
――歴史的偉人の偉業を彷彿とさせる黄金色の天かす特盛り……。
――推理で見通すことすら困難な漆黒ソースのベタ塗り……。
……どれだ?お前達はどれが好みだ?
――望むがままに、好きな感動の味を選ばせてやろう……!!』
『仮にも神にも等しき存在が、広島焼き愛好者に配慮せずに"お好み焼き"という名称で言い切ってしまうのは如何なものか!?』という問題意識が夜の街の住人の脳裏をよぎる。
だがそれすらもこの領域内に満ちる暴力的かつ強烈な香ばしい香りによって、瞬時にかき消されていく……。
『クハハハッ!!さらに良いことを教えてやろう!……これらのお好み焼きを調理する際にはすべて、中性脂肪を下げる"アマニ油"を使用している。――ゆえに、どれだけ食したところでお前達が肥太ることはないと心得よ……ッ!!』
……実際のところ、アマニ油は加熱に弱く酸化してしまううえに接種し過ぎれば当然の如く悪影響となる。
あまりにもアマニ油の効果を過大評価し過ぎな猛き祝詞を紡ぐ者の認識はともかく、マトモな理性があれば常人であってもその間違いを指摘しなんとか踏みとどまることが出来たかもしれない。
――だが、この場に集った者達の大半は単なる野次馬気分の延長線で深層領域にまでついて来た者達である。
ゆえに、未知の空間に突如出現した明らかに異常な物体を前にしたことで、危険を察知しながらも真新しさ優先でタケノリの権能が込められたお好み焼きを我先にと頬張っていく……。
「ハ、ハヒッ♡………桜でんぷの甘みが、口内にじんわり広がっちゃう……♡」
「ワシより遥かに勢いがあって生意気な若造達の未来をすり潰したかのようなペースト焼き……これぞあるべき日本の姿を体現した絶品やないか!!」
「俺は今!お好み焼きじゃなくて、情報を食ってるんだッ!!……ケヒヒッ!見てろよ~、トレンド最前線な動画で絶対バズり抜いてやるぜ……!!」
見れば夜の街の住人達だけでなく警官達まで虜となっている。
だが口にした者は誰一人例外なく、お好み焼きを食べ過ぎた弊害として、許容量を越えた腹部が破裂寸前にまで膨れ上がっていた。
このまま全滅は避けられないと思われていた――まさにそのときだった。
「――待ちな。夜の街にはまだ、このアタシがいる……ッ!!」
この領域の支配者の前に立ちはだかったのは、ナンバーワンキャバ嬢である全世界共通インデックスであった。
『――ほう、そうまで言うのなら、我が創作物を存分にその身に受けるがいい……!!』
それを挑戦と受け取ったタケノリは、彼女のもとへと無数のお好み焼きを飛来させていく――ッ!!
「~~~ッ!?ンググッ!!」
都合の良い奇跡など起こるはずもなく、当然の帰結としてキャバ譲の口内に見るも無残なほどの莫大な量のお好み焼きが詰め込まれていく……。
――もはや、ここまでか。
誰もが諦めの境地に沈み行く中、当の全世界共通インデックスだけは違った。
「――ッ!!」
彼女の瞳の奥底に闘志……あるいは投資の炎が宿ったかと思うと、それまでの苦悶の表情が嘘のようにムシャ、ムシャ!とお好み焼きを咀嚼し始めていたのだ――!!
「俺は安月給だからあまり知らないが……まさかアレが、夜の街に生きる者だけが辿り着ける分散闘志法の奥義の一つ・”地域の分散”ってヤツなのか……!?」
他の者同様にパンパンになった腹部を抱えながらも、闇深巡査長が驚愕の表情とともにそう呟く。
――”分散闘志法”。
それは日夜、仕事であれ私生活であれ過酷な生存競争を生きる夜の街の女が、自身に蓄積するダメージを軽減するために編み出したとされたのが分散闘志法である。
分散闘志法は主に、”資産”、”地域”、”業種”、”時間”の四つの型から成り立っており、全世界共通インデックスのキャバ譲はその中でも”地域の分散”の型においてもはや免許皆伝と言っても過言ではなかった。
現に彼女は今も、自身の肉体の各部位を新興国、国内、先進国(日本除く)に見立てることで、お好み焼きからもたらされる膨大なカロリーを一か所にとどめることなく、身体の隅々にまで散らすことに成功していた――はずだった。
「~~~ッ!!モガッ!?」
あれほど上手くお好み焼きを捌き切れていたはずのキャバ譲が、目に見えてわかるくらいに盛大にえづいていた。
見ることしか出来ていなかった周囲の者達から、一斉に声が上がり始める。
「嘘ッ……!?”地域の分散”は上手くいっていたはずなのに、どうして!!」
「こ、こんなの何かの間違いだろッ!!――俺達が愛する夜の街を飛翔するナンバーワンが、常に右肩上がりの軌道を描いてきた全世界共通インデックスが……こんなわけのわからない状態で、急に暴落なんてするはずないだろッ!?みんな、目を覚ませッッ!!!!」
周囲が阿鼻叫喚に包まれる中、タケノリが楽しそうにキャバ譲を見やりながら厳かに光を放ち始める。
『――貴様が用いる”地域の分散”とやらは、実にたいしたものだ。至高の領域に近い。……だが、”グローバル・スタンダード”という理によって支配された現行の世界においてあまりにも甚大な被害を受けてしまえば、”資産”も”地域”も”業種”も分散すら出来ずに連動する結果となるのだ……!!』
「――ッ!?そ、そんな……私が極めた奥義はおろか、他の型まで通じないなんて……!!それじゃまるで、アンタのお好み焼きが”リーマン・ショック”級の威力を秘めてるとでも言うの!?」
到底、祝詞とは呼べぬあまりにもおぞましい絶望的な死の宣告――。
眼前のタケノリからもたらされた現実を前に、これまで気丈に耐え抜いてきたキャバ譲もついに、パンパンに全身を膨らませながら盛大に後方へ倒れ込んでしまった。
『――そういうことだ。真に人の身で我が天災に等しき威力を軽減したければ、貴様らが打てる手段は”時間の分散”の型しかなかったのだよ。……もっとも、それすらもこの大いなる権能の前においては、ソースを塗る前の鰹節が如き代物に過ぎないがな……!!』
――こうして、身に宿った闘志をもとに立ち向かった全世界共通インデックスすらも、全知全能を誇る猛き祝詞を紡ぐ者によって、あえなく敗れ去る結果となってしまった。
……はたしてこのまま世界のすべては、彼が語るための”自作”として取り込まれていくしかないのだろうか。