第二話
あの出来事から、一週間が経過した。
その間私は仕事もロクに手につかず、家族から心配されるほどに心あらず……といった有様だった。
あの夜に出会った未成年の少女と一夜限りの関係で終わってしまったことを悔いやむくらいに、私はのめり込んでしまったのだろうか?
確かに彼女はムチプリ♡美女であったものの……否、そうではない。
私の思考はそういった野卑なる欲望とは真逆のものに支配されていた。
お世辞にも知性的とはいえない少女によって紡がれる至高の世界観と、それらが自身の中に満ちていく至福のひととき。
……そして、自身がこれまで培ってきた常識・経験といったすべてが蹂躙されていくという自壊衝動にも似た確かな快楽。
認めがたいことではあるが……どれだけ理性で振り払おうとしても困難なほどに、私は彼女によってもたらされた”自作語り”という行為が持つ退廃の色香にどうしようもないほど魅了されてしまっていたのである。
だが、自作語りに夢中になればなるほど、私の脳裏にある種の思考が暗い影を落とす。
――私には、語れるほどの自作というものが存在しない。
あの少女と違い、”なろうユーザー”はおろか全く創作行為をすることなく、ただ漫然とした状態のままで平凡な人生を歩んできた私には作品として世に送り出すほどの強いメッセージ性やこだわり、自身の内部で育んできた世界観などというものはどれだけかき集めても見つけられそうにないのである。
ありていに言ってしまえば、私は今の自分を取り巻く環境に満足しきっているのだろう。
それでも――いや、そんな人間だからこそなのか、どうしようもないほどに”自作語り”という禁忌に惹かれてしまう。
全く自作品を書けないにも関わらず、自作語りをしたくてたまらない私は……私は……。
――2024年・猛暑未明
この日、ご近所で発生した怪しげな事件に体当たり取材で挑むことでお馴染みの突撃系動画配信刑事の闇深巡査長は部下を連れて、怪しげなネオンが揺らめく夜の街へと繰り出していた。
きっかけは三日前。
会社員である夫の佐々木場 竹則(44)氏が忽然と蒸発してしまったたので見つけ出して欲しいと、竹則氏の妻である龍子(42)氏から相談を受けた闇深巡査長は
「闇が深そうだし、配信すればひょっとしたらバズれる案件かも!」
という魂胆から二つ返事で調査を承諾した。
龍子氏によると、行方不明になる前から竹則氏の様子が日に日におかしくなっていたらしく、その異変が起き始めたのは会社の飲み会で夜のネオン街に行ってからだということまでは早い段階で突き止めていた。
だがそこからの捜査は難航しており、トップクラスのキャバ譲として夜の街に君臨する全世界型インデックスや呼び込みをしているバニー姿の半導体銘柄達に竹則氏のことを尋ねても知らぬ存ぜぬといった有様であり、街の監視カメラの映像から路地裏で彼に”自作語り”をしていたと思われるなろうユーザーの少女の身柄を確保したものの
「ハァ!?あーしは自分の作品の魅力を推しまくっただけだし!……そんなオッサンのことなんていちいち覚えてるわけないじゃん!!」
の一点張りで埒が明かない。
竹則氏がどうやって消えたのか、全く痕跡すら見つけ出すことすら出来ずに闇深巡査長は公衆の面前でも関わらず、頭を抱えながらその場にうずくまる。
「クッソ、マジかよ~~~!!ここまで手がかりゼロで取れ高映像全く取れてないし、下手したらコレ、俺が思った以上に闇が深すぎて迷宮入り確実案件なんじゃねぇのか!?」
このまま警察の威信ごと依頼企画をお蔵入りするしかないのか……と部下の巡査やそれを見ていた夜の街の住人まで諦めかけていた――まさにそのときだった。
「おやおや、そこで諦めてしまって本当にいいのかな?――僕は子供だからよくわからないけど、企画も銘柄も納得出来るまで握り続けないと、そこで捜査は終了だよ?」
突如、自身の背後から聞こえてくる少年の声。
捜査が難航していた鬱憤が蓄積していた闇深巡査長は、キッ!とそちらへと睨みつけながら振り向く――!!
「安月給をまかなうために一攫千金を夢見て日夜公務と動画配信に勤しむ大人様に対してなんだ、その口の利き方は!!将来の夢ならまだしも、ガキが世知辛い現実を知った風に語るんじゃないッ!!――貴様、一体何奴ッ!?」
対する少年は、巡査長の鬼気迫る視線を受けても物怖じすることなく――それどころか不敵な笑みすら携えて、ゆっくりと己の真実を口にする。
「――冷奴、ってね。……僕の名前はエリオット。人呼んで、”名探偵・闇の堕とし子合衆国”と言えば少しは聞いたことがあるかもね?」
「~~~ッ!?め、名探偵・闇の堕とし子合衆国だとッ!?……まさか、本当に実在したのか!?」
闇深巡査長の驚愕に呼応するかのように、周囲の者達も盛大にざわつき始めていくが、それも無理のないことだろう。
――”名探偵・闇の堕とし子合衆国”。
路地裏で異能を研ぎ澄ませてきた子供達によって結成された少年探偵団とされており、混然とした闇の中で生まれ落ちたとしか思えない卓越した推理力によって数多の難事件を解決してきた彼らならば、現在迷宮入り難事件として処理するしかない佐々木場 竹則氏の行方を見つけ出すことも出来るかもしれない――。
さきほどまで街全体を覆っていた絶望のヴェールが嘘のように、少年探偵の出現によって急速に皆が活気づいていく。
だが、この場において刑事である自分達までが単なる空気だけで流されてはならない――。
そんな一抹の責任感らしきものとともに、闇深巡査長が”名探偵・闇の堕とし子合衆国”であるエリオットへと尋ねる。
「だが、肝心の竹則氏の行方どころか手がかりすら皆無な有様だ。……動画系配信警察として不甲斐ない話ではあるが、名探偵のエリオット君とやらは彼がどこにいるのか本当に見つけ出せるもんなのかい?」
そんな闇深に対して、エリオットが再度不敵な笑みとともに――信じられない言葉を口にする。
「心配しなくても大丈夫だよ、刑事さん。――”自作語り”に魅入られた様子の竹則氏、それとは裏腹にどこにも見当たらない彼による創作物……そして、それに呼応するかのように僅かな痕跡すら残すことなく忽然と姿を消した竹則氏。これだけの状況証拠が揃えば、”真実”を導き出すのも僕にとっては容易いことさ」
「――ッ!?ば、馬鹿なッ!?竹則氏がどこにいるのかもう既に答えを見つけ出しているだとッ!!」
あまりの衝撃を前に、闇深が悲鳴同然で驚愕の声を上げる。
それに続くように周囲からも
「ウオォォォォォォォォォォォッ、マジか!!真実ってのは一体どこにあるんだ~~~!?」
「名探偵の推理も円高もとどまるところを知らなさぎるよ~!!情報化社会においてかれるのヤダ、ヤダ、ヤダー!」
「あら!エリオット君って本当に可愛らしい顔つきをしてるわね~♡……今晩あたりお姉さんと一緒に、とっておきの含み損を抱えた夜を過ごしてみない?」
といったざわめきが起こり始めていた。
周囲の者達が熱狂に浮かされる中、エリオットに対して一人の少女――あの夜、竹則氏に自作語りを聞かせたギャルが真剣な表情で語り掛ける。
「……あのオッサンがどうなったのかわからんけど、”真実”ってヤツがある場所に向かうならあーしも連れてってくんない?――もとはと言えば、コレってあーしの自作語りで始まった話なんだし、”なろうユーザー”として終わりに辿りつかないままエタんのって最高にカッコつかないっしょ?」
そんな彼女の決意に対して、エリオットも強く頷きを返すことで了承の意思を示す。
……かくして、”名探偵・闇の堕とし子合衆国”主導のもと、導き出された推理によって真実への門が開く――!!