愛している人。
「本当はきみがニコラの妻だから、諦めようと何度も思った。だけど、きみが辛そうな顔をしているのは耐えられない。僕がきみを幸せにする!」
「私は…」
どうして、彼が私を想ってくれているのかは分からない。
だけど私の心は…。
抱きしめられた彼の身体を私は押しやり、離れた。
きっとニコラ様が言われたとおり、グレン様の妻になれば何不自由なく暮らせるかもしれない。
実家とは一生関わることはないだろう。
それでも私はニコラ様が私に向けてくれた優しい顔が忘れられない。
彼は私が挫けそうな時。
さっきも当主様に料理を出す時、緊張している私の手を握ってくれた。
それはまるで『大丈夫』だと言わんばかりに。
いつも口悪くて、不器用で、それでも本当は優しい。
ニコラ様のことを私は愛してしまっているのだ…───。
「ごめんなさい…私は…」
気持ちの整理がつかず、ぐちゃぐちゃで今にも泣きそうな切ない気持ちに駆られてしまう。
それでも私は伝えなくてはいけない。
「セシリア!!」
突然、後ろから腕を引かれ、誰かに抱きしめられた。
この感触、陽だまりのような優しい匂いを私は知っている。
顔を上げるとそこにはニコラ様がいた。
「ニコラ様!」
「駄目だ!きみは俺の妻なんだから、俺から離れるな!」
「でも、私は…」
彼と私の関係は白い結婚。
それに尽きる。
今もグレン様がいるから、偽りの夫婦をニコラ様は演じているかもしれない。
そう疑い、妻としての役割を果たさなければならないのに…。
私の心は彼を…ニコラ様を信じたい。
彼は本心を言っているのだと思いたいと思っている。
戸惑う私をニコラ様は強く抱き締めた。
「確かに俺はきみを突き放して、兄を進めようとした。それがきみが幸せになれるのだと信じて。だけど、いくら突き放しても、忘れようとしても、きみは俺に向かって来る。俺の心をこじあけるみたいに…」
「ニコラ様…」
「他の令嬢とは違って作物の育て方には詳しいし、宝石やドレスなんて物は欲しがらない、使用人達に混ざって掃除をしたがる。きみは変わった女だ。そんなきみだから俺はきみのことを好きになった」
まるで夢でも見ているようだった。
私は彼のことを初めて愛して、だけど彼は私を愛さない。
気づいた時には失恋確定。
それでも、この想いをひっそりと抱えたまま生きていこうと思っていたのに、まさかここで実を結ぶとは思わなかった。
「これからも俺の傍にいて欲しいんだ!」
ニコラ様は私の手を取り、必死な表情で私を見つめる。
そんな彼に私は唇を動かし、言葉を告げようとすると…───。
「随分と勝手だね」




