やるべきこと
私はアルジャーノ夫人を見た。
彼女は私を見てクスッと笑う。
「では、夕食楽しみにしていますね。精々食べれる物を作って下さいよ。アルジャーノ当主が食されますので。さぁ、行きますよ」
そう言ってアルジャーノ夫人は侍女を引き連れてその場から去って行った。
「セシリア嬢。本当に大丈夫なのか?今からでも遅くはない。母上の行動は横暴そのものだ。僕から当主に報告すれば…」
「大丈夫です」
心配するグレン様に私は小さく微笑んだ。
「先程も言いましたとおり、私料理には自信があるんです。だから私を信じてくれませんか?当主様が気に入る料理を作らせて頂きますので」
グレン様は困った表情をして、すぐに苦笑を浮かべた。
「きみは穏やかそうに見えるのに意外と頑固なところがあるんだね」
「申し訳ありません…可愛げがなくて…」
「いや、そう意味で言ったわけじゃないんだ。きみの逆境にも立ち向かうところ良いと思うよ。少し危ういところもありそうだけどね。僕も協力させてもらうよ。料理長に言って厨房を使わせてもらうように言っておくから」
「ありがとうございます。助かります」
「良いよ。このくらいしか僕には出来ないからね」
グレン様から料理長に口利きをしてもらえるのは正直有難い。
今の私の立場ではニコラ様の妻となっているが、この屋敷の住人達にとってはよそ者とあまり変わりは無い。
夕食を作るのに厨房を貸して貰えなかったら意味が無い。
「レシピも考えたいので私はこれで失礼します」
「ああ」
私はグレン様にそう告げるとその場から歩き出す。
やることは出来た。
アルジャーノ家の当主様に夕食を出すことになって緊張しないというのは嘘になるが、やるしかない。
(挨拶もしていないのに、いきなり夕食を出すなんて凄く緊張してしまうけれど、アルジャーノ家の嫁として認めてもらわないといけない。ニコラ様に恥をかかせるのだけは嫌だもの…)
強い決心をした私は頭の中で様々なレシピを考えていた。
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「ニコラ様。こちら頼まれていた資料になります」
「ご苦労。もう下がって良い」
「承知致しました」
自室の前で執事から書類を受け取ったニコラは執事が去った後、書類を目にする。
書類は彼が経営している領地の書類と兄のグレンが設計している聖堂の完成目処を記した書類。
もうすぐ自分の屋敷に帰る彼は書類を手にしておきたかった。
セシリアとの偽装夫婦期間を明確に且つ彼女を諦める心の整理を付ける期間を設けたかった。
三年という期間はあるが、それまで自分が彼女を縛っても良いのだろうかという迷いが生じてしまう。
もうすでに彼女を諦められず、手遅れだと心で知りながらも、それでも心の整理を付けなければならないのだ。
「ニコラ」
「兄上…」
突然、呼ばれたニコラは声の方に視線を向けると、そこにはグレンが立っていた。




