二人の想い
彼から抱きしめられた私は訳が分からず戸惑った。
「ニコラ様…」
「セシリア…」
彼は私の名を呟き、抱きしめる力に力を込めた。
抱きしめられて嫌では無かった。
自分の中で切なさと愛しさが沸おこる。
この瞬間が止まってしまえば良いのに。
やがてニコラ様は私の身体をそっと離した。
そして切ない表情をして私に言った。
「急に悪い。こんなことをしてしまって…」
「い、いえ…」
「俺は仕事に戻る」
そう言って彼はその場を去って行った。
彼の後ろ姿を見送ったあと、一人になった私は彼のことを考える。
ニコラ様と話すことはできた。
自分の思いだって伝えた。
彼と仲直りすることもできたはず。
だけど自分の中にある切なさはなんだろうか…。
ニコラ様と仲違いをした時、辛さと悲しさ、切なさを感じた。
ただの喧嘩ではなく、このまま彼と話せなくなってしまったら…。
そんな不安から来たものだった。
そして先程彼から抱きしめられたとき、戸惑いながらも私は嬉しさを感じてしまった。
私は胸にそっと手を当てる。
この感情はわからない。
だけど、もし自分の考えているものだったら…
私はそんなことを思ったのだった。
****
ニコラは中庭を歩いていた。
やってしまった!
彼はそんな後悔と執着心を抱えてしまっていた。
セシリアのことを諦めるつもりが彼女への想いが溢れてしまい、抱きしめてしまっていた。
彼女から呼び出された時、セシリアとこのままではいけない。
そう思った。
自分のセシリアへの気持ちを押し殺して契約の間だけでも仮面夫婦を演じなければならない。
表では妻として接して、裏では何とも思っていないフリをする。
全てに嘘をつこうと思った。
だからセシリアに兄を進めた。
だが内心では進めたくは無かった。
契約が終わったあとも彼女の傍にいたいと願っていた自分がいた。
それはエゴでしかない。
セシリアを金で買い、三年間という彼女の時間を奪う。
自分の身勝手で傲慢で我儘だ。
こんな自分に付き合わせた彼女には幸せになってもらいたい。
だからこそ兄を進めた。
だけどセシリアは自分を選んでくれた。
そのことが嬉しくて。
愛しくて。
切なくて。
気づいたら彼女を抱きしめていた。
このまま自分の気持ちを彼女に伝えられたらどんなに良いか。
そんな気持ちが駆け巡った。
だけど出来ない。
兄は自分の恩人であり、セシリアが選んだとしてもそれは恋愛対象として選んだ訳ではない。
「まだ大丈夫だ…」
ニコラは一人呟く。
そうして彼はまた自分の気持ちに蓋をしていった。