離れていく心
「生意気な女ね…。覚えてらっしゃい。ニコラが認めても認めていなくともアルジャーノ家から追い出してやるわ!」
捨て台詞を吐いてエセル様はその場から去って行った。
私は彼女の後ろ姿を見て思わず溜息をついた。
苛烈で傲慢な人。
自分の夫の母親を悪く言ってはいけないけれどアルジャーノ夫人に抱いた感想だった。
見た限り、ニコラ様に固執しているというよりも次期当主の母親という立場に固執しているように見えた。
地位とか興味無い私には分からない。
どうして、そのようなものに固執するのかが…。
「それよりも、やっぱり厨房に行きましょう。少しだけキッチンを使わせて貰えるようにお願いをしてみなくちゃ…!」
そう思い、私は屋敷の厨房に向かったのだった。
午後。
私はニコラ様の自室の前にいた。
私の手にはトレーに乗った紅茶と林檎のパイがある。
あの後、私は厨房を借りて林檎のパイを焼いた。厨房の料理人達から「若奥様にそのようなことをさせるわけにはいけません!」と止められようとした。
だけど最後は料理人達を口説き伏せて厨房を使わせてもらったのだ。
林檎パイに使った林檎はいつも領地で使っている林檎よりも密が濃く、甘みが強い。
王都にある果樹を栽培しているところから特別仕入れているらしい。
さすがはアルジャーノ本家である。
食材の品が全て高級だ。
私は緊張した面持ちで目の前のドアをノックした。
コンコン。
「入れ」と素っ気ない声が聞こえた。
「失礼します」と言いながら私は室内に入った。
室内の中に入るとニコラ様は大量の書類に埋もれながら仕事をしていた。
何故実家に帰ってまで大量の書類に囲まれながら彼は仕事をしているのだろう。
ここに来るまで彼は仕事を終わらせたはずではなかったのか?
だがこの仕事量は余りにも以上だ。
ニコラ様の目の下にうっすらクマまで出来ている。
はやく休ませないと…。
「ニコラ様。お茶をお持ち致しましたので少し休まれませんか?」
「誰がそんなことをお前に頼んだ?俺は仕事があるんだ。お前に構っている暇は無い。出て行け」
彼は素っ気なく、冷たい態度で私に言った。
まるで私が彼と初めて顔合わせをしたときと同じ態度だ。
拒絶に近い。
だけどここで怯んではいけない。
このまま仕事のし過ぎでは本当に倒れてしまうかもしれない。
私は近くのテーブルにトレーが乗った紅茶を置く。
「では、私はこれを置いたら出て行きますので、せめて少しだけでも休憩して下さい。疲れがとれるかもしれませんから…」
「いい加減にしてくれ!!」
ニコラ様は席から立ち上がると同時に強い口調で私に言った。
私は彼の言葉に思わずビクッとしてしまう。