すれ違いと寂しさと
「今日約束をしていた件だが急に別件が入ってしまい、行けなくなってしまった。すまない…」
本当は楽しみにしていたのだが仕方がない。
ニコラ様は王都に遊びに来ているわけではなく仕事に来ているのだ。
それにまた一緒に出掛ける機会はある。
そう思い、私は彼に笑って言った。
「そんな大丈夫です。私のことは気になさらないで下さい」
「もし王都に出掛けたいなら侍女をつけさせるが…」
「いえ、遠慮しておきます。今日は私も屋敷で過ごそうかと思いますので…」
「そうか…」
ニコラ様は少しだけ寂しそうな顔をした。
どうして彼がそのような顔をするのか私には分からないが私は彼を見て僅かに切なさを感じた。
「じゃあ、俺も建物の中を少し見回って来る」
「わかりました」
その場から去って行く彼の後ろ姿を私は見送るしか出来なかった。
それから。
数日が過ぎ去った。
アルジャーノ本家に来てニコラ様と一緒に過ごす時間は殆ど取れなくなってしまった。
理由は仕事だ。
聖堂の一緒に視察に行った後からニコラ様は仕事で多忙になり、屋敷にいても執務室にこもっているか、仕事で外に出掛けているかのどっちかだ。
ニコラ様の屋敷にいた時は仕事が忙しい彼に色々差し入れをしていたのだが、本家で勝手も出来ずに私はそのままでいた。
(ニコラ様の為に何かしたいけれど、何も出来ないなんてもどかしい…。グレン様に許可を頂いて厨房を少し借りて差し入れを作ろうかしら…)
そんなことを考えながら廊下を歩いていると前からアルジャーノ夫人であるエセル様がやって来た。
「ごきげんよう。アルジャーノ夫人」
挨拶をする私にエセル様は冷たく一瞥した。
「あなた。まだこの屋敷にいたのね。私はあなたのことをニコラの妻として認めていません。さっさとニコラの前から消えて実家に戻ったら如何?あなたの代わりなんていくらでもいるのよ」
(理解していたけれど…。エセル様はどうしても私のことを認めたくなくて仕方ないのね…)
エセル様は私とニコラ様の結婚に最初から反対をしていた。
それもそうだ男爵家の落ちぶれた令嬢なんて侯爵家の子息に不釣り合い。
釣り合いを取るならば同じ地位の令嬢と婚姻を結んだ方が良いに決まっている。
だけどニコラ様は何も無い私を選んでくれた。
ここで負ける訳にはいかない。
「私はニコラ様の妻です。彼から離縁を言い渡されない限り私は彼の傍を離れるつもりはありません」
微笑むように言う私にエセル様は「ぐっ…」と悔しそうな表情を浮かべた。