手放せない心
「では、そのように手配をしておく」
「はい」
(王都かぁ…。楽しむだな…)
私は期待を抱きながらニコラ様と一緒に出かけることに嬉しさを感じて胸を踊ろせたのだった。
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翌日。
ニコラはグレンの部屋へと向かっていた。
仕事で聖堂に向かう前にグレンに仕事の資料を渡すためだ。
本来ならば資料は明日に回しても良いが、せっかく王都に来ているのだ。
セシリアが気に入りそうなところに連れて行ってあげたいと思っていた。
きっとセシリアならば貴族女性が好むようなお洒落で高そうなサロンや観劇ではなくとも、花が美しく咲き誇るような原っぱの場所の方を好む。
彼女はそんな女性だ。
自分が知る限り女性というものは宝石やドレス贅沢品を好み、顔と地位で男性を見定める。
そのような者が多いと感じていた。
だからこそニコラは貴族女性を遠ざけてきた。
極論で言ってしまえば面倒だからだ。
だけどセシリアだけは違っていた。
彼女は贅沢を好まず、身近なものを常に愛している。
悪い言い方をしてしまえば安い女だと言われるかもしれないが、良い言い方だと小さくて身近にある幸せを大事にする女性だ。
少なくともニコラは後者だ。
身近な幸せを大事にする女性の方が何より信頼に値する。
それに彼女の心根の優しさには何度も救われてきた。
だからこそニコラはこの遠征でセシリアに自分の想いを伝えようと決めていた。
契約結婚ではなく、本物の妻として自分の傍にいて欲しいと。
セシリアがどのような答えを出すのか分からない。
だけど自分の気持ちを伝えようとそう決めていた。
ニコラはグレンの部屋の前にたどり着き、軽くドアをコンコンとノックする。
暫く待っても返事がない。
仕方なくニコラはドアを静かに開けた。
「失礼します。兄上」
部屋に入るとグレンは机の上で眠っていた。
机の上には大量の書類と資料が置いてあった。
建設での兄の仕事の多忙さが垣間見える。
ニコラは持ってきた資料を机の上に置こうとした時、眠っている兄の近くにある一通の便箋が目に入った。
手紙の時は幼い子供が書いたような字であり、『セシリア』という単語が見えた。
それを見たニコラはドクンと胸が打たれた気がした。
(セシリアだと…。まさか今俺の妻であるセシリアではないだろう…きっと違う。人違いだ…)
ニコラはグレンが幼い頃出会った初恋の女性を今も探していることを知っていた。
兄は昔から顔が良く、女性に優しくて紳士だ。
それに妾の子とはいえアルジャーノ家の次期当主として期待されている。
兄は貴族女性達から人気があり、婚約の話も時折舞い込んでいた。
しかしグレンは全てそれを断り続けた。
探している意中の女性がいるのだと言って。
それはまるで恋い焦がれる男性が一途に想い人を探しているとなれば恋愛物語のようだ。
当然、一部の女性達には拍車が掛かり、兄の人気はますます上がった。
ニコラは兄の願いが成就すれば良いと思っていた。
それだけ兄を夢中にさせる女性だ。
きっと素敵な女性に違いないと。
しかしそれがセシリアだとは…。
ニコラは信じられない気持ちだった。
(いや、まだ彼女と決まった訳ではない。それに同じような名ならいくらでもいる。憶測で物事を図るべきではない…)
認められない気持ちだった。
もし、兄の探している相手がセシリアだったら。自分は……。
「んっ…」
グレンが小さく呻き、ゆっくりと瞼を上げた。