すれ違った誤解の糸
「失礼します」
私は旦那様がいる執務室に行った。
「入れ」との短い言葉と共に部屋の中に足を踏み入れると旦那様は書類仕事をしていた。
「何か用か?」
仕事の手を止めて彼は私に問う。
仕事の邪魔までして彼に収穫祭の件を問うのは気が引けてしまい出直した方が良いのかと一瞬迷ってしまう。
だけど彼は私の話を聞いてくれようとしてくれている。
だから私は思い切って彼に訊ねた。
「旦那様にお訪ねしたいことがあります。収穫祭の件ですが…どうして旦那様は収穫祭を中止しようとなされたのですか?」
旦那様はすぐに口を開かず、じっと私の顔を見てため息をついた。
「その件か…」
旦那様は席を立ち上がり、窓辺に近づき窓の外に視線を向けた。
「あの時は洪水が酷く、野菜の収穫も見込めなかった。だから村人達に収穫祭は中止だと伝えたんだ」
「でも、旦那様が大雨の中ご帰宅された日。ミドル公爵様を訊ねに行ってらっしゃいましたよね。もしかして公爵様に収穫祭に関してお力をお借りしに行かれたのではありませんか?」
「どうしてそれを…」
旦那様は驚いたように私を見た。
そんな彼に対して私は申し訳なさそうな顔をして謝った。
「申し訳ありません。執事から少しだけお話を伺いました…」
「アイツめ……」
旦那様は毒づくと深いため息を吐いた。
「お前の言う通りだ。領主として領民達が希望する収穫祭を執り行う為に他の貴族の家を回り、資金繰りをしていた。しかし思うように集まらなかったんだ。だから収穫祭を来年に回すように話した。それだけだ」
(それじゃあ…。あの日雨でずぶ濡れで帰って来た日も資金繰りに回っていたの。たった一人で……)
「だが、お前のお陰で今年は無事に収穫祭が行える。領民達も満足だろう。それにもうこの件は終わりだ」
「だけどこのままでは旦那様が誤解されたままです!旦那様は領民達の為に動かれていたのに…」
「過程はどうでも良い。結果が全てだ。それにこんなことは慣れている」
「そんな…」
素っ気なく、だけど何処か寂しそうに言う旦那様の横顔を見て私は胸が少しだけ傷んだ。
旦那様は領民達のことを思って必死に動いていたのにそれを理解して貰えずに誤解されたままなんて悲しすぎる。
何とかして彼らの誤解を解きたい。
旦那様が本当は領地や領民達のことを思っていることが知られれば、きっと誤解は解けるはずだ。
「この話は以上だ。私は仕事をする」
「邪魔をしてしまい、申し訳ありませんでした。では失礼します」
そう言って私は執務室を出て行った。
(どうにかして、領民達の旦那様に対する誤解を解かないと…)