村の英雄
「私の知る限り、旦那様は今まで女性に一度も贈り物をしたことはございません。奥様が初めてなのです」
「そ、そうなの…」
「はい。ですから、奥様は間違いなく旦那様に愛されているのです!」
「そうだったら嬉しいけど…」
気恥ずかしく思いながら私はアネモネから視線を逸らした。
もしそうなら…
私はハッと我に返る。
何てことを考えているの!
彼には恋愛感情を持ってはいけないのに…!
「じゃあ、買い物に行って来るわね」
「あっ…奥様…」
私はその場から逃げるように急いで屋敷を出て一人で町に向かったのだった。
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町はいつもと変わらず賑やかだった。
多くの市場が並んでおり、人が行き通う。
(今日は果実も頼まれていたんだったわね。忘れないようにしないと…)
そう考えながら歩いていると。
突然、後ろから声を掛けられた。
「セシリア様じゃねーか。今日も買い物か?」
「タムナさん。こんにちは」
私はタムナさんの方を振り返り、彼に挨拶をする。
タムナさんは町の食堂の息子さんだ。
私と年齢はさほど変わらなく、誰にでも分け隔てなく気安く話す青年。
時折、市場に自分の店である串焼きの店を出している。
「セシリア様。時間があるならうちの串焼き食べていってくれよ。良い鶏肉が手に入ったからさ」
「いえ、そんな…。お気持ちだけで結構です」
遠慮する私にタムナさんは笑って言った。
「セシリア様はこの村を救ってくれた恩人なんだ。絶望的だった村の畑の苗を生き返らせてくれた。今年は収穫祭だって無事に出来そうだし、感謝してもしきれない。うちの串焼きを1年分タダであげても足らないくらいだ」
「そんな…。大げさですよ」
「セシリア様がいらっしゃるのか!」
「何だって!奥様が!?」
私達の存在に気づいた町の人達は私達の元に集まって来た。
「セシリア様。うちのオルランジ持って行ってくれ!」
「うちの野菜も!」
「あ、あの皆さん…。落ち着いて下さい」
店の人や町の人たちに大量の果実や野菜を押し付けられるようにもらってしまう。
こうなってしまったのには理由がある。
少し前に旦那様と村の畑を回復させたことが原因だ。
『セグシアー』を応用した方法で苗木が回復したことを知った村人達は驚き、その方法と知識をセドリックの父親は私から教わったのだと自慢気に話したらしい。
そのお陰で私は村を救った英雄と同じように崇められた。
私としてはそんなつもりはなく、自分の出来ることをしただけの筈なのに…。
「いやぁ、これで今年の収穫祭も無事に行えるみたいだし、本当に安心だな。これも全部奥様のお陰だ。それに比べて領主様ときたら…」
「あの…旦那様がどうかされたのですか?」
私は野菜屋の店主の方に不安な表情で訊ねる。
町の人の顔を見る限り、旦那様のことを好意に思っている様子ではなかった。
村の苗木を助けたのは旦那様も同じだったはず。
何故彼らは旦那様に不満そうな顔をするのか私は知りたかった。