初めての贈り物
苗木を見るニコラは信じられなかった。
まさか『セグシアー』を撒いただけで苗木が回復するとは思わなかった。
今年の作物は不作で終わるかもしれない。
祭りはおろか領民達の食べ物もギリギリの状態に陥る可能性が高い。
最悪飢えるものが出て来るかもしれない。
そうなれば資金繰りに翻弄するしかないはず。
ニコラは最悪の状態を予想していた。
だけど目の前に広がる光景は奇跡そのものだ。
これだと不作から脱出出来る。
(セシリアは奇跡を呼び起こす力を持っているかもしれない…)
彼女は自分を卑下した発言をするが、そんなのは間違いだ。
彼女は屋敷でも懸命に働き、こうして領民達の為に必死で動いた。
(こんな女初めてだ…)
ニコラはセシリアの方に視線を向けると、それに気づいたセシリアはにこっと笑った。
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ニコラ様から視線を向けられた私は彼に心を込めてお礼を言った。
「ニコラ様。ありがとうございます。作物がここまで回復できたのはニコラ様とセドリックのご両親のお陰です」
「何を言ってるんだ。全てお前の知恵と行動が成した結果だ。俺はお前の言葉に従っただけに過ぎない。礼を言われることはないはずだ」
「それでも貴方は怪我した私を助けて下さり、ここまで手伝って下さいました。貴方がいなかったら私はここまで出来なかったと思います……」
「………」
ニコラ様は私から視線を逸らした。
彼の顔が僅かに赤くなったことに私はわざと気づかないようにした。
きっと照れた姿を私に見せたくないのかもしれない。
セドリックが私のスカートの裾をくいくいと引っ張り、話しかけて来た。
「お姉ちゃん、ありがとう!これで今年の祭りも開催できるよ。僕お祭り楽しみにしていたから凄く嬉しい!!」
「奥様は素晴らしいお方です。あれだけ絶望的だった畑をここまで元通りにして頂けたなんて。今でも夢を見ているようで…。先程は試すような言葉を言ってしまい、申し訳ありません……」
「私こそ信じてくださってありがとうございます。作物が育つまで私にもお手伝いさせて下さい!」
私の申し出にセドリックの父親は遠慮気味に言う。
「しかし、ここまで奥様にして頂いただけでも有難いのに、これ以上ご迷惑お掛けするわけには…それにお怪我をされていますし…」
「ご心配なく。私の作物の肥料のやり方や特別な育て方になります」
「特別な…。それでしたら宜しくお願いします」
セドリックの父親はふっと笑って答えた。
「僕も手伝うよ!」と意気込んで張り切るセドリックを見て私は嬉しさを感じた。
「こちらこそ、ありがとうございます」
私は彼らに笑顔でそう返した。
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「また掃除の手伝いをしているのか?」
屋敷の庭掃除をする私にニコラ様は呆れた顔をしながら言った。
私はそれに対して穏やかな表情をして答える。
「はい。今日は天気が良くて気持ち良いですから掃除には持ってこいですから」
あの後。
数日後が過ぎ去った。
『セグシアー』のお陰で作物は順調に育っていっていた。
今度行われる収穫祭も問題なく無事に行えるだろう。
私とニコラ様の二人は畑が回復の兆しを見せるまで手伝いをしていたが、セドリックの父親に「後は俺達でやりますので」と言われて私達は彼らに任せることにした。
屋敷に戻った私は相変わらずやることが見つからず、自ら志願して毎日使用人達の手伝いをしていた。
「お前はどうしてそうも働きたがるのだ?アルジャーノ家の領主の妻ならば雑用は使用人達に任せて好きなことをして過ごせば良いだろう。それを…」
「これが私の好きなことです」
私はニコラ様にハッキリと告げた。
屋敷の中で一人で刺繍をしたり、予定もないのに街を出歩くなんて気が引けてしまう。
それは私が今までビクトリアス家で下働きをしていたせいでもあるが、私は家事をするのは得意で嫌ではなかった。
少しでもアネモネ達の力になれたら嬉しい。
そう思っていた。
「そうだった…。お前はそういう奴だったな」
ニコラ様は呆れたようにため息をついた。
私は彼の顔を見ながら伺うように訊ねる。
「も、もしかして…余計なことでしたか?その私が手伝うのは…」
「別に怒っている訳ではない。お前の怪我は既に完治しているし、アネモネ達からも助かっていると聞いている。ただ、たまにはゆっくり過ごせば良いのにと……。ああ、もう良い!手を出せ!」
「えっ?…こうですか?」
私はニコラ様に従い、彼に手を差し出す。
すると彼は私の手のひらに髪飾りを置いた。
マーガレトの形をしたガラス細工で蕾の色は私の瞳の色をした金色の美しい髪飾りだった。
「綺麗……」
あまりの美しさに見惚れてしまう。
「やる」
「えっ…!」
ニコラ様の言葉に私は驚き、彼の顔を見た。
ニコラ様は私から視線を逸らして顔を赤くしながら早口で言った。
「契約結婚とはいえ、お前に夫として贈り物をしていなかったからな。それにこの前の領民の件でも助けられた。その礼だ」
「でも、私はお礼をされるようなことは…。それにこの髪飾りは高価なものでは……」
「この前、街に視察に行った際に露店で見つけたものだ。大したものではない」
「ありがとうございます」
「勘違いするな。婚約者としての義務だ」
素っ気なく彼は私に言った。
冷たく聞こえるが彼の顔を見ると耳が赤い。
照れたままだということがすぐに理解でした。
口では冷たく聞こえるがニコラ様は私の為に髪飾りを選んでくれた。
それだけで私は心が暖かくなった。
「私、この髪飾り毎日付けます」
微笑む私にニコラ様は「勝手にしろ」とだけ答えた。
彼は顔を赤くして前髪をくしゃと掴んだ。
(ここまで照れるなんて…。どうしよう。私も恥ずかしくなってきたわ…)
彼の照れが私にも電線するように私は気恥しさを感じてしまう。
私は思わず後ろに後ずさってしまう。
その時、私は何も無い所で躓き、バランスを崩してしまいそうになる。
「あっ…」
「危ない!?」
後ろに転びそうになる私を急いでニコラ様は私の身体ごと自分の方へと引き寄せる。
彼と私の身体が密着するような体制。
私は顔を上げると、すぐ側に彼の顔があった。
「!」