俺は強い?
十七万四千人が住む首都、ミッテルダム。
仕事帰りや、夕食の買い物に出かけるなどの老若男女がガヤガヤと行き交う。
多くの道路が石畳になっている。
焦げ茶色のレンガ造りのアパートがその左右に並ぶ。
間口の狭い三、四階建てが多く、三角屋根を載せた縦長のシルエットが夕焼けの空によく映える。
綺麗な並木通りもあり、今は春の盛りを迎え、桜や桃に似たアプリコットの花が満開になっている。
授賞式からの帰り道を歩く俺は、まだ考えていた。
「ぼんやりした欠落」。
自分は何が足りないのか。
いろんな候補がありそうに思う。
能力、知識、心構え、精神力、金、衣食住、交友関係などなど。
それらを一個ずつ考察・検証していけば、欠落の正体がわかるんじゃないだろうか?
俺はちょうどよく槍と鎧と兜を装備している(授賞式から着替えていない)。
なら、まずは自分の強さを確かめよう。
この大都会は武装している人が多い。
募集中と書いた看板を掲げて歩いていたり、街角の掲示板に名前を書いていたりする。
対戦相手を探している「決闘」の選手だ。
国軍の兵士なら馬に乗っていたり集団行動だったりするので判別できる。
「こんにちは。戦いませんか?」
一人の選手に声をかける。
アプリコットの木陰に立つ大鎌使いの青年。
視界に入る中で最も精悍で強そうだった。
彼は爽やかに頷いて、
「じゃあ、まずは技倆符を見せ合おう」
手のひらサイズの羊皮紙を全選手が持っている。
俺の場合ならこう書いてある。
ケンレーのウキョウ
次回更新 十一月末日
生命力 3850
攻撃力 1800
防御力 3210
魔法量 300
素早さ 1400
守備的なスタイルが向いていて魔法をあまり使えないと分かる。
試合を組む際に技倆符を無視してはいけない。
無謀なマッチアップをしたら自分の成績が無駄に悪くなる。
互いの能力を見比べ、良い勝負になりそうな相手を選ぶのが鉄則だ。
大鎌使いの青年が爽やかに笑った。
「へえ、君がケンレーのウキョウか。デビューから十五連勝で優秀新人に選ばれたのは噂で聞いてるよ。どれほどの強さか楽しみだ!」
相手のステータスのほうがずいぶん上だったが、まあ勝てると思う。
「こちらこそよろしくお願いします」
マッチアップ成立。
一緒に歩いていき、ある建物の一階に路上から声をかける。
そこは紅白二種類の旗を玄関先に掲揚している。
「すいませーん」「お願いできるかい?」
判者室。
首都の百五十箇所に設置され、決闘の判者すなわち審判が待機している。
紅白の手旗を持った係員が玄関から出てきて一礼した。
「お待たせしました。責任を持ってお裁きします」
こうなると試合が決まったと分かるので、そこらの市民が観戦を楽しもうと何十人も集まってくる。
決闘のフィールドは直径千五百センチムの円より広いことが推奨されるが、他の規定はなく、どこで戦ってもいい。
(センチムは長さの単位。成人女性の平均身長が確か一五八センチム)
この試合は大通りの一角で、観衆の輪に囲まれて開催されようとしている。
俺も相手も歓声に応じ、全方位に礼をする。
しばらくして互いに距離を取り、武器を構える。
間に審判が立った。
試合直前の静寂、緊張感。
そして「用意……始め!」と手旗を上げる審判。
突進してくる大鎌使い。
「しゃあああ! やれええええ! 行けえええ!」と、凄まじい声援。
ルールは以下の通り。
一、自分の武器を地面に落としたら負け
二、殺傷能力のある攻撃は禁止
三、必ず武器の刃を鈍らせておく
四、相手を攻撃する魔法は使えない(狙いが外れたとき周囲に被害が出やすいため)
五、攻撃力アップ、シールド、煙幕などの補助魔法はOK
誰と対戦するときも俺の戦法は変わらない。
今日も下準備として鎧兜をガチガチに着込んでいる。
鉄のフルアーマーで全身を覆い、すごく重い。
武器は丈夫で太い馬上槍を使う。
三百センチムほどの長さがあり、これもバカみたいに重い。
試合が始まれば、とにかく相手に打たせ、自分の守備力を生かして耐えていく。
向こうが調子付き、俺の槍を一気にはたき落とそうと大振りな攻撃をしてきたらチャンスだ。
ランスを地面に刺す。
棒高跳びのようにしならせる。
空高く飛んで魔法を詠唱。
「一天砕破!」
敵の防御力、大幅ダウン。
俺の攻撃力、大幅アップ。
ホーミング効果が付与され、攻撃命中率が百パーセントに。
しかも槍を脇に挟むことで自分の全体重を乗せることができる。
甲冑の重さがここでは攻撃力のプラスになる。
槍の重さもプラスだ。
空からの落下スピードも加わるから、刺突の威力は桁外れになる。
要するにこの技は「自分の体重」「鎧の重さ」「槍の重さ」「相手の防御力ダウン」「自分の攻撃力アップ」「落下スピード」「命中率百パーセント」という七つの強化点があった。
対戦相手はこの全てに対策をすることができない。
せいぜい補助魔法でいくつかを無効化するだけで終わってしまう。
とある魔導書に記されていた秘術だ。
この巨大火力をブッ放す。
槍の刃は鈍らせていて安全だからルール上の問題はない。
相手は大ダメージに耐えられず、確実に武器を手放す。
…………。
はい。
ってわけで、対戦相手が失神し、大鎌がガランガランと道に落下した。
審判が俺に手旗を向ける。
人々が歓声と拍手を送り、少しばかりのおひねりを投げてくれる。
あっさりと無傷の十六連勝。
自分の強さを検証した結果、欠陥は見当たらなかった。
じゃあ俺は何が欠けてるんだ?