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女の告白(中)

 首都の道という道が暖色で照らされている。

 魔力を込められ発光する陶器のランタンが路上に並べられ、街路樹のあいだに渡されたロープにもそれが吊るされていた。


 山車が巡行してくるまで路上ではパフォーマンスがある。

 大道芸、ダンス、コーラス、楽器演奏……役者が顔を隠して演じる仮面劇なんてのもあった。


 観衆がそれぞれの場所で歓声をあげる。

 道沿いに並ぶ露店の呼び込みの声も加わってなんと賑やかなことだろう。


 アサは木陰でローストビーフサンドを立ち食いし、



「ふぁえふぁえー、はいおはあひあひょお?」



 突然話しかけて俺をビクッとさせる。

 飲み込んでから彼女が言い直した。



「さてさてー、何を話しましょう? ちょっと久しぶりにウキョウさんと会いましたからお聞かせしたいことが結構あるんですよー。各種ございますネタのジャンルのご希望はありますか? どんなホラでも吹いてさしあげます」



 なんと答えていいかわからない。

 アサとの接し方を見失っている最中だ。

 顔をそむける以外にあるだろうか。



「なるほど、なんでも聞きたいんですね! さすがウキョウさん、器がデカい!」



 返事をしていないのに一人で盛り上げてくれる。



「私は場の空気や聞かせる相手を見て、どんなことを話せば一番ウケるのかと常にプランニングしているんです。我ながらすごいサービス精神というか芸人魂というか、ともかく、この場ではどうしましょうかね? さっそくウキョウさんの今の状況を念入りに考えて――はい、決まりました! 空気を読んでカブトムシの話をします!」



 ……。

 カブトムシの話をする空気は、この世のどこにも存在しない。



「こないだなんですけど私、カブトムシものまね大会に出たんですが」



 カブトムシものまね大会……。

 元気な頃の俺なら「なんじゃそりゃ」と素早くツッコんだだろう。



「文字通りカブトムシのまねを競いました。昆虫の脚の数と同じ六人の審査員が見ているステージで一対一の戦いをして、誰が森の王者にふさわしいかトーナメントで決めるんです。たとえば私とウキョウさんが対戦するとしたら、お互い右手を頭の前に突き出して、ぶつけあって、樹液をめぐる弱肉強食の戦いを繰り広げ、どっちがカブトムシめいているかを競う、というわけです。ほら、ウキョウさん! 今ここでやってください! 右手を頭の前に!」



 ……やりません。

 一緒にふざける元気がない。



「そして私の一回戦は初心者どうしで、右手を何度も相手の目に当てちゃって、ずっと『あ、すいません……』って言ってました。二回戦で負けて参加賞は飼育用の腐葉土でしたね。というわけで、カブトムシの真っ赤なウソは以上です」



 やはりウソだった。

 場を和ませようとする優しいウソ。

 そんな慈悲をかけてもらう資格が今の俺にあるとは思えない。


 路上でやっている仮面劇のほうに目を向ける。

 こんなあらすじだった。旅の修道僧がとある古戦場にさしかかり、地元の女に出会う。史跡の案内をしたいというので任せると、彼女は当時の戦いについて異常に詳しい。僧が怪しむと、実は昔の亡霊なのだと女が答えて姿を消す。

 その日の夜、修道僧の夢に現れた彼女は武装していた。女は、同じ戦場にいた大事な人のために猛々しく戦ったのだと自慢する。だが大事な人はやがて討たれてしまった。力が及ばなかったことを悔やんだ彼女は古戦場をさまよう地縛霊になってしまう。


『私を憐れに思うなら、この執着から解放されるよう冥福を祈ってもらえませんか』


 僧に告げて亡霊は夢から去っていった……おしまい。

 亡霊の苦しむ姿はまるで俺自身のようだった。


 アサは芝居に興味がなかったらしい。

 周囲の拍手に気づいて「え、終わったの?」という表情。



「そうだ! ちょうちょ結びがたまにうまくほどけなくて変な結び目になるでしょう? こないだ、それを再現する方法を見つけたんですよー。名付けて、『ちょうちょ結びのほどくのミスったとき結び』! どうやるかといいますと――」



 生き生きと話しかけてくる。

 こっちは黙りつづけているのに。

 絶対にアサは一人で祭りに来たほうが楽しめた。



「あ、ウキョウさん! 山車ですよ、山車!」



 少女が左の道を指さす。


 輝く巨像が近づいてきた。

 グレティーン王国の建国に尽くした有名な騎馬武者の像だ。

 仮面劇団が撤収したあとの路上にそれがゆっくりと現れる。


 見上げるほど大きく、そしてまぶしい。

 一生の記憶になるかもしれない。


 だが俺の場合は逃れがたい悪夢とセットになって心に刻まれるだろう。

 世界はこんなに明るいのに、迷宮は深くなるばかり。

 コントラストが自分の苦しみをより強く意識させる。



「………………二人でここにいて得られるプラスなんてないんだ。俺もあんたも」



 久しぶりに声らしい声を出した。



「なんで気を使うんだ。こんな男、ほっときゃいいだろ」


「ウキョウさん?」


「俺はとっくに物狂いだ。のんびり雑談できるような前の自分じゃなくなった。こんなやつに優しくするとあんたも不幸になる。祭りを楽しみたいならそこらのイケメンをつかまえてデートしたほうがいい。そうだろ」



 眩しかった山車が、やがて通り過ぎ、離れていく。

 実際以上に俺は暗さを感じる。

 道に並べられたランタンでは夜の闇に対抗できない。

 看板の文字も通行人の顔色もわからなくなった。

 俺は今、何もかも見失い、迷宮の中に沈んでいる――


 ――するとアサが俺の袖をつかんだ。



「ウキョウさん。場所を変えません?」


「……え?」


「静かなところへ行きましょう」



 瞳が妙に凛としている。

 彼女だけがこの世界で輝くかのように。



「ど、どこへ?」


「目をつむっててください。着いてからのお楽しみ、サプライズというわけです」



 アサが、俺の両目に、大きめのハンカチを巻く。

 花束のような香りのハンカチを。




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