女の告白(前)
逢日祭。
「大切な人に会える日」の祭り。
初夏に一晩だけ行われ、首都で祭りといえば普通これを指す。
俺が部屋の窓から顔を出すと、建物の背を越える人型の巨像があちこちに見える。
木と布で建造されカラフルに塗られた張り子。
首都の行政区ごとに一つ、合わせて三十三体。
貴族や商人の寄付を受けて庶民が製作する。
神話の英雄や偉大な祖先をかたどり、彼らへの感謝を示している。
巨像は台車に乗せられた山車になっており、夜になれば張り子の中に明かりが灯され、人手に引っ張られて街路を巡行するのがならわしだ。
道を見下ろせば、まだ本番前の昼だけど歩行者が多く、軽食の露店が並んで繁盛している。
祭りの当日だから何もかも明るい。
……俺とは対照的だ。
慰霊式典で四姉妹がボルを恐れるような目をした理由は結局わからなかった。
俺自身は相変わらず悪夢も見ているし再試合の決断もできない。
十六勝一敗のままストップした成績。
睡眠不足で死にかけのような顔色。
晴れた真昼なのに真っ暗のように感じ、頭を抱えるしかない……。
「こ~ん、に~ち、わぁ~! 決闘のお兄ちゃ~ん!」
……窓の下から声。
見ると、アサと鬼ごっこをしていた子供たちがいた。
屋敷の前の歩道にたむろし、こっちに向けて手を振っている。
「……なんだお前ら」
「お兄ちゃんは元気ですか~?」
「余計なお世話だ」
「僕たちは……元気で~す!」
「……見りゃわかるよ」
疲れているとき、子供の声はキンキンと頭に響く。
「ぎゃははは! すっごく楽しいね!」
「どこが楽しいんだ。つーか何しに来た」
「あ~~~そ~~~ぼ~~~!!」
「は? 嫌だ」
「ぅああああああぁ~~~~~~すぅおおおおぉ~~~~~~ぶぅおおおおぉ~~~~~~!!」
「うるさいぞ近所迷惑だやめろ」
「……あ、……そ、……ぼ?」
「小声でホラーっぽく言われると子供の霊に憑りつかれたみたいで怖いな……」
「も~う! 遊ぼ~よぉ~!」
「そんな義理はない。チーズ屋とワイワイやっとけ」
「何言ってんのさ~。ヒリーお姉ちゃんが忙しくて構ってくれないから誘ってるんだけど?」
……忙しいって?
ガキ大将っぽいやつが前に出て簡潔に説明してくれた。
市民は逢日祭の夜にごちそう、たとえば丸ごとのチーズとかを食べたがる。
だから店は書き入れ時だ。
配達のため、太鼓型のチーズを十個くらい重ねて麻袋に入れ、二人で担いだ棒の真ん中に吊るして町を走り回り、配り終えたら店でまたチーズを入れて……を繰り返すという。
一個でもあれは重いから想像するだけで肩が痛くなる。
よって日夜の労働に追われた「ヒリーの姉貴」は子守りをする暇がないそうだ。
つーか、あいつ、子供にも偽名使ってんだな……。
ガキ大将は借金を頼みに来たみたいにしおらしい。
「兄貴、こういうわけでみんな長いことほったらかしなんです……」
「誰が兄貴だ」
「特にちびっこい連中は暇を持て余して何をするかわからないんであります。道行く人にイタズラするくらい普通です。こないだは荷馬車の前に飛び出して、轢かれないかどうかで遊んでました」
「酒飲みが酒代に困って示談金で稼ぐみたいなことすんなよ……」
「みんなヒリーの姉貴の言うことしか聞かないから今はカオスです。助けてくださいよ兄貴」
「って言われても」
「姉貴が認めたボーイフレンドが来てくれればみんな従います」
「ボーイフレンドちゃうわ」
「誰もそうは思いませんよ」
「黙れ」
「ともかく今日だけでも遊んでもらえませんか? 祭りの日なのに放置されたらみんなグレてしまいます。お願いします!」
少年少女たちが目を潤ませて懇願してくる。
「決闘のお兄ちゃんっ、おねが~い……!!」
「……」
付き合う義理はないが悪くないと思う自分もいる。
ナラデ村にいたとき、俺は年下の相手をよくしていた。
彼らが遊んでいなきゃおかしくなる生物であることはよく知っている。
そして子供の立場だったこともある。
俺が小さかったころに遊んでくれた人たちはカッコよく見えた。
イケてる遊びを教えてくれて、まさに兄貴、姉貴という感じがしたものだ。
都会のちびっ子もそういう存在を求めているのかもな。
まあ、俺みたいな悪夢に捉われている馬鹿は全然カッコよくないだろうけど……。
とりあえず部屋で悩んでいるよりは生産的だろう。
眠気覚ましにもなれば儲けものだ。
「……いつからいつまで付き合えばいいんだ?」
「あ、兄貴!」
「驚いてないで、こっちの気が変わらんうちにお前らが決めてくれ」
彼らはニヤニヤと互いの顔を見合わせ、うまくいったと言いたげだ。
それから喜色満面になって俺に言う。
「ねえねえ! じゃあ夜に遊ぼうよ!」
今じゃなくて夜?
「山車の巡行を見たいの!」「でも母ちゃんが『子供だけで出歩くな』って言って……」
夜は危ないからな。
「お兄ちゃ~ん、お祭り連れてって~!」「保護者になってくださ~い!」「よろしくお願いしま~す!」
鬼ごっこなどよりも疲れずに済むだろう。
日が沈んだらこの屋敷の前で集合しろと伝えた。
少年少女は俺との会話そのものが面白かったみたいにキャーキャー騒ぎながら「じゃ~ね~、お兄ちゃん! 絶対来てね~!」と手を振って帰っていく。
中々かわいいやつらだ。
ほのぼのした夜になることを期待しておこう。
◇◇◇
ガキどもを信じてはいけなかった。
平和なひと時を求めていた俺の身体は武者震いのようになっている。
「おやおやー、まんまと騙されましたね?」
「……!?」
「あの子たちは来ません。私は彼らを完全に手懐けてますから、ウキョウさんを誘うための児童劇団になってもらうくらいチョチョイのチョイ、というわけです。みんなにはあとでお菓子を配ります。子供って素直でかわいいですよねー」
ケンレー邸に面した歩道で待っていたらメレアガンのアサが現れた。
絵に描いたような「してやったり」の顔だった。
「じゃ、一緒にエンジョイしましょう、逢日祭を!」
「な、何言ってんだ……」
俺は血の気が失せている。
「当然、二人で歩き回ってキラキラの山車を眺めたり屋台をぐるっと制覇したりのパーティーミッドナイトを過ごしたい、というわけです」
仕事が忙しいはずじゃ……。
「ええ、たおやかな女子がこれでバキバキマッスルバディになってみんなにビビられたらどうしてくれるんだコンチクショーってくらいには、よく働きました。しかし店長が優しくて、『おいヒリー、祭り見たことねえだろ。当日は残業しなくていいから楽しんでこい』って言ってくれたんですよー。この店長命令に背いてフェスティバルな気分にならないチョイスが果たしてございますでしょうか? いや、ない!」
すまんが一人で行ってくれると嬉しい……。
「ご冗談を! ウキョウさんとならハッピーだと思うから誘うんです。というわけで、有無を言わさずしゅっぱーつ!」
お、おい!?
ギュッと袖を掴まれ、町の中心部へ引っ張られていった。