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怪物

 ボル・ヒューリグレイヴの名声をまた高める出来事があった。


 きっかけは国王陛下の兄が起こした謀反だ。

 彼はティヒト(Tihito)親王という。


 この兄殿下は、前の国王陛下がいらっしゃった頃、長男の自分が次代であると信じて傲慢なところがあった。

 そのため騎士派の支持を得られず即位できなかったらしい。


 彼はフラストレーションを溜め、ついに反逆の令旨(りょうじ)を出した。



『ヒューリグレイヴの者共は、力を用いて悪党を増やし、国家を滅ぼし、万民を悩ませ、全土を劫掠し、人々を殺し、財産を盗み、官職を奪い、裁判を歪め、王族を軽んじ、倫理を破壊する、史上最大の悪である。天も地も人も、これを悲しみ、愁いでいる。私は奴らを打ち滅ぼしたいが、単独ではできない。力のある勇士は必ず我が軍に加われ。同意しない者はボルの一味であるから罪は免れない。逆賊討伐において武功のあった者は、私の即位のあと、必ず褒賞を与えよう。全土の人々はよくよく考えて、この令旨に従え』



 やはり傲慢だったのに同調する王党派貴族がそこそこいたのは不思議だった。


 ティヒト親王と協力者たちは反乱軍を組織し、王都ミッテルダムを脱出。

 北部の山々で立てこもろうとした。


 だが、そうなる前に、ボル・ヒューリグレイヴが直々に率いる騎士派の軍勢が追いつき、平原で決戦になった。


 反乱軍は壊走。

 親王は流れ矢に当たって薨去――つまり亡くなった。


 その戦後処理でボルは異例の決定をした。



『謀反に加わり捕らえられた者は処刑や流刑が普通だが、私はそうしない。地位を捨てて修道院で過ごすなら、彼らの罪を許そう』



 騎士派の中でもだいぶ反発があったらしい。

 政界の危険分子を根こそぎ潰すチャンスじゃないか、と。


 しかしボルは一喝。



『互いを理解し、対話で解決するのが我々であるのに、謀反の発生と平和の崩壊が自分たちのせいでもあるという反省をせず、逆にいきり立って闘争を求めるとは何事だ。諸君がそうしたいなら、まず私を処刑してからにしたまえ』



 みんなを黙らせ、見事に平和的解決を果たしたのである。



   ◇◇◇



 宗教者の祈りの声が終わった。

 飾り気のない礼拝堂。

 黙祷を始める貴族たち。


 昼下がりからケンレー卿が出かけて俺が同行したのは戦没者の慰霊式典だ。


 十五年前、戦争があった。

 騎士派と追放派の全面衝突。

 片方は政権を取り、片方は政界から消えた。

 死者、八千人以上。


 ボル・ヒューリグレイヴは犠牲者を悼むこの行事を毎年主催している。


 血染めの栄光を手にした騎士派のトップとして、慰霊の儀式は当然やるべきだと考えているのだろう。

 今年はティヒト親王の乱を治めた五日後に行われたことも関係し、たぶんいつも以上に厳粛なムードだった。


 もちろん穿った見方もできる。

 追放派は東の国へ逃げたが、まだ残党がこのグレティーン王国に潜んでいるという噂がある。

 彼らを苛立たせてテロや暗殺を起こされてはいけない。

 いわば安全のために、騎士派は謙虚っぽいパフォーマンスをする必要がある、という見方だ。


 ただ、なんとなく俺からすると、ボルの真摯な性格があらわれているだけと思うのだが。


 彼は少し演説し、このセリフが印象的だった。



「一族が、驕り高ぶらず王国に仕え、永遠に栄えるよう望む。それが叶わぬなら、神々よ、いっそ我が命を縮めたまえ。私は悪行が多かった。その罰として受け入れよう」



 そうして式典が終わった。


 ケンレー卿が内大臣閣下に挨拶に行くというので、俺は当然、護衛として同行した。

 礼拝堂から帰ろうとする人々の流れに逆らって進んでいく。


 ボル閣下を発見。

 彼は礼拝堂の列柱の陰で、とある女性と立ち話をしていた。


 女性は――なんと、王妃陛下!

 表彰式でお世話になった、あのお方だ。


 実は陛下はボル閣下の妹君でいらっしゃる。

 いつか王国を継がれる御子(みこ)がお生まれになれば、ヒューリグレイヴ家は外戚としていっそう栄えるだろう。



「あらあらっ! 決闘の優秀新人さんじゃありませんか」



 恐れ多くも王妃陛下のほうから話しかけてくださった。

 みずみずしい笑顔になられて、



「最近はどうです? 鍛錬と精進を続けていますか?」


「!!」



 今の俺にはクリティカルすぎるご質問。



「……………………ご配慮を頂戴し、光栄の極みです」



 最大限に頭を下げ、こう返すのが精一杯だった。


 ボルはケンレー卿と話した。



「久しぶりだね、ケンレー卿」


「先ほどのスピーチは見事でありました。『国が栄えないなら、命を縮めてくれ』とおっしゃるボル閣下は理想の指導者だと誰もが感じたことでしょう」


「そうか。ところで君は少し疲れているように見える。どうした」


「! あ、いや……」



 ケンレー卿が目をそらす。


 彼は最近、俺と屋敷ですれ違っても、ぎこちなく笑うばかりで会話がない。

 俺がいつまでも思い詰めているのをまるで自分のことのように心配し、でもドアの下から差し入れたあの手紙以上のアドバイスをして逆効果になってはいかんと考えているのか何も言ってこなくて、ひたすら気を病んでいるらしい。


 ……優しいのだ、この人は。

 彼を傷つけている俺の罪は大きい……。


 そのとき、四人の少女がぞろぞろとボルの後ろにやってくる。

 十四歳、十二歳、十一歳、十歳の、ボルの愛娘。

 屋敷で合奏してくれたときと同じ可憐で上品な笑みを俺に向けてくれる。


 そして今日も、チーズ屋のアサと四姉妹の顔つきが似ているような感覚が押し寄せた。

 悪夢も見るし錯覚もするし、俺はもうおしまいかもしれない。


 ケンレー卿が彼女たちに一礼し、話を切り替えた。



「そういえば、ボル閣下こそ、お体のほうは?」



 ボルは心外そうにやや沈黙し、



「――――何か変に見えるかね」


「スピーチの途中で、まるで生命力を吸い取られたかのように印象が変わられたような……いや、それはさすがに私の思い違いでしょうが」


「――そうだろう」


「しかし事実、お痩せになったように見えます。騎士派の棟梁として、お悩みが多いのでしょう。内乱の後始末を進めたり、派閥の血気盛んな者どもをなだめたりで、政治的にさぞ忙しいものと思われます。私で良ければご相談ください」



 すると王妃陛下が、もともとお喋りがお好きでいらっしゃるのか、楽しそうに割って入られた。



「違いますわっ、ケンレー卿。お兄様の悩みはそうじゃありません」


「ええ?」






「お兄様は先日、『十三歳の二番目の子』を謹慎させたでしょう? それで屋敷の地下室に行かせたのを今後どうするか考えているのですっ」






 今いる四人とは別に、実はもう一人、ボルの娘がいる。


 十三歳の次女だけは生まれつき粗暴な性格でトラブルが多かった。

 ついには、とある貴公子をボコボコに殴ってしまったため、屋敷で蟄居して頭を冷やすようボルが命じたのである。

 五姉妹の落ちこぼれ、と陰口を言われることもあるようだ。


 屋敷の地下室というのは初耳でよくわからないが。


 そして王妃陛下のセリフの直後――

 ――異様な沈黙が訪れた。


 ボルもケンレー卿もピタリと凍り付いた。

 体面を守るにあたって片鱗さえも隠すべき、醜悪で(おぞ)ましいものが出てきてしまった、とでもいうように。


 王妃陛下はキョトンとしたお顔。

 ご自分のなされたことの重大性にお気づきでないらしい。


 最も奇妙なのは四人姉妹。

 直前まで優雅に笑っていた子たちだ。


 なのに全員が、震えるような目つきを、父親のボルに向けていた。


 傍若無人の暴君の機嫌を恐れるかのように。


 今までされてきた凄絶な仕打ちを思い出して怯えたかのように。


 あるいは、人の姿をした怪物に「もう酷いことはやめて……!」と訴えるみたいに。




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