噴水広場の子供心(前)
十日間の部屋ごもりの後ふらふらと朝の噴水広場に行ったら彼女はいなかった。
場所取りをしている他の店で聞いた。
「すみません。アサ……ヒリーって女がいるチーズの店を知りませんか?」
「よそのことは分からないよ」「知らないなあ」「こっちは自分の商売で手一杯でね」「そんなことよりうちの商品を見てくれよ」
情報ゼロ。
あいつはどこへ?
翌朝もその次の朝もいなかった。
まさかもう会えないのでは……変な予感がする。
しかしそれでいいだろうとも思う。
雪辱を果たすチャンスがなくなれば他の決闘に集中せざるをえない。
ランクアップ、成り上がりという本来の目標に戻ることができる。
再戦のタブーを破らずに済んで、ケンレー卿に逆らうこともなくて、いいことずくめ。
理性が導く、幸せで恥ずかしくない選択だ。
ただし「逃れがたい悪夢」をずっと抱えたままになるが。
ああ、そう思っていたら、また敗北のフラッシュバックを見た。
激痛に沈んだ屈辱の記憶。
路上で倒れたりはしなかったが胸と頭の中がおかしくなって収まらない。
俺は永遠に苦しみつづけるのか?
◇◇◇
時間を変えれば会えるかも。
行くか迷ったが行ってみた。
あるいは「行ってしまった」。
昼の噴水広場は百軒以上の露店が並んで騒々しい。
人ごみで鬼ごっこをする子供がぶつかってきてキャッキャと逃げていく。
初夏にしても特に暑く、汗がにじむ日だった。
太陽がギラギラと眩しい。
俺は愚行をしているのか、それとも正解なのか、誰か教えてくれないか。
なじみの店を見つけ、そこに顔見知りの店主がいた。
人当たりがよくて妻と七人の子供を持つ筋肉質の男性だ。
「決闘の兄ちゃん? なんだその顔、どうしたんだ」
悪魔が不眠症になったような表情だったんだろう。
「そんなことよりヒリーはいますか」
「ああ……あいつは今、昼休みだ。そういやあんたに会いたがってたぞ」
会いたがってた?
「最近ずっと落ち込んで『ウキョウさん……ウキョウさん……』ってつぶやいて仕事に集中してなかったし、こないだはあんたのいるケンレー卿の屋敷らへんをゆらゆら徘徊してたみたいだ。兄ちゃんの顔を見たかったんだろう」
俺の顔を見たい?
なんでそんなことに。
「あんたのことが心配だからだろう?」
そんなガラですか、あいつが。
「俺も珍しいと思うが、とにかくそんな調子で熱とか出されたらいかんから、朝の場所取りは休ませてんだよ」
朝に姿を見なかったのはそういうことか。
「昨日今日は自分で立ち直ろうとしてる。見舞ってやってくれ」
「どこにいるんです」
「そこらを走ってるよ」
「走ってる?」
「行ってきな。見りゃわかる」