逃れがたい悪夢(後)
ドアの下から差し込まれた手紙を読んだ。
『親愛なるウキョウくんへ。
誰に負けたか知らないが、かなり落ち込んでいるね。戦士は体こそ資本だから今はしっかり傷を治したまえ。
それから、もし同じ相手とまたやりたいと望んでいるのなら、やめなさい。
タブーを破ってしまう。
決闘における習慣では、数年間の努力をへてようやく再戦の資格ありと世間は認めるのだ。きみの恥になることは我慢しよう。
一人にこだわるよりも、他の百人を打ちのめしてランクを上げるほうが、絶対に良い。成り上がって村を救うというきみの目標を思い出せば、私のこの理性的な助言はきっと伝わるはずだ』
ケンレー卿に気を使わせている自分が許せない。
まだ俺は何があったのか伝えていなかった。
「知り合いの女と思ってナメてたら完敗しました」なんて報告ができるものか!
この申し訳なさをずっと背負わなきゃいけないとしたら……耐えがたい!!
『負傷しました。完治まで十日の休みをお願い申し上げます』
ドアの外に張り紙をした、暗い俺の部屋。
敗北したあの晩、体を引きずるようにして、ここに帰ってきた。
しばらく何日かは脇腹が痛んでベッドで休んでいた。
そして一連の敗北の景色が忘れられない。
チーズ屋、いやメレアガンのアサ。
彼女に弾き飛ばされ、激痛とともに宙を舞い、血を吐き、橋に墜落し、しばらく会話して彼女が去っていくまでの一部始終が、朝から晩まで目に浮かぶ。
霊に憑かれたみたいに逃れがたく、うわあっと幾度も叫んでしまう。
傷が治ってくると腕立て伏せなどの筋トレを開始。
部屋の出窓を開け、外に向けて槍の素振りもした。
気分転換になると思ったが……それでも無惨なフラッシュバックを見続けている。
外食をやめ、屋敷の人に朝昼晩を用意させた。
誰とも会話せず、トイレや風呂のほかは部屋を出ない。
思いがあふれて渦巻く。
恥ずかしい負け方をした自己嫌悪……。
五年かけて完成させた一天砕破が通じなかった落胆……。
彼女より上位の選手はどれだけ強いのかという不安……。
新人王がどんなやつでも構わないと以前豪語した虚しさ……。
自分を惨敗させたアサに対する逆恨み……。
一度の負けでダメになるほど俺は弱かったのかという戸惑い……。
どんどん心がおかしくなることへのさらなる自己嫌悪、不安……。
怒り、恐怖、動揺、卑下、罪の意識……。
……何が「ぼんやりした欠落」だ!
数えきれないほど俺は欠陥だらけじゃないか!
黒い糸が縺れる。
感情が地下迷宮の底へ落ちていき、精神の根幹を侵し――それが具体的な症状として表われたのが、情けない事象を際限なく思い出すという「逃れがたい悪夢」であるらしい。
やがて次のような思いが頭を離れなくなった。
「雪辱を果たして楽になろう」
「つまりアサと再戦、リベンジ」
「勝てば悪夢を見なくなるはず」
わかっている、わかっている。
これではケンレー卿の意見に逆らってしまう。
マーリンや故郷の人の期待を裏切るし、世間も認めてくれない。
遊びで負けた子供が「今のなし!」とゴネているみたいに見られる。
一敗を引きずらず成り上がることに集中するのが俺の唯一の使命。
義務を妨げる恥ずかしい邪念は断つべきだ。
しかし「逃れがたい悪夢」は日々のしかかる。
苦しい。
何度でも甦るあの日の激痛。
暗闇を彷徨うみたいに耐えがたい。
再戦する選択を俺はしなきゃいけないのか?
理性的な判断じゃないかもしれないが、大きな目標に向かっていく気持ちを取り戻すには、それをするべきなのか?
どうすりゃいいんだ。