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FL−23
視線で杏奈を捉えたまま、俺は
ソファーから立ち上がり歩み寄る。
そっと、彼女の頬に触れた。
大きくて澄んだ瞳は、俺を捉える。
ゆらゆらと揺れて、潤んで。
押し隠そうとしているのが、
手に取るように分かる。
「······俺も、浴びてくる。」
そう言い残して、バスルームへ向かった。
杏奈は、思い出している。
ソファーで慟哭した時の事を。
残像で表れる程に。
今すぐに、抱きしめたい。
だけど、このまま抱きしめたら。
きっと彼女は、泣いてしまう。
今この場で必要なのは、涙じゃない。
あの時とは、違う。
笑顔で、満たすこと。
幸せで、溢れさせること。
今は、その時間で埋め尽くすこと。
この、俺たちだけの空間を。
悲しみで埋めて、いいわけがない。




