9:突き放されて。
王城の茶会から戻ったジャニスは、盛装を脱ぎ散らかしながら溜息を吐いていた。
王城では散々だった。王太子はわけの分からない譫言を吐きまくるし、友人のキャスリンは目が据わっているのに微笑むという謎の芸当をするし、恐ろしいの一言に尽きる。
周囲にいた人々は明日には有ることないこと、噂をばら撒くだろう。
「あの王太子、馬鹿なのかしら? キャスリンが目の前にいるのに……」
「私は、肝が冷えました」
側付きであの場にいた侍女がぶるりと震えた。
先月に王太子がキャスリンと婚約をしたと発表されていたのに、王太子もキャスリンも目も合わせなければ、素知らぬ態度を続けていた。なので、ジャニスも何も言わなかった。だが、キャスリンの様子を見るに、明らかに痴情のもつれ感があるなとジャニスは予想した。
実のところ、王太子とキャスリン二人の顔合わせは終わっていなかった。ふわふわとした王太子を憂いた国王が旧知の仲であったキャスリンの父と話し合い、ほぼ勝手に婚約を決定したせいではあった。
キャスリン自身は婚約に了承していたものの、王太子は断固拒否中だった。初恋の人がいるから、と。
そして、その初恋の相手というのがジャニスだった。
これは誰もが予想外だった。誰もが思った。「あの、ジャニスかよ」と。
ただ、この事についてジャニスは全く知らない。
「良かったのですか? あのように仰って」
「いいんじゃない? お父様は吐きそうになってたけど」
お茶会での王太子的には決死の告白に、ジャニスは「あ、間に合ってます。私はデュラハン様一筋ですので」と言い放ったのだ。
「あーもう。無駄に疲れたわ。デュラハン様のところに向かう準備をするわよ!」
「あ、今日も行かれるんですね」
「当たり前じゃない!」
陽は陰りだしているし、盛装を脱いでいたので、流石に今日は行かないものだろうと侍女は期待していたが、ジャニスの返答に肩を落としつつも真面目にデイドレスを用意するのだった。
いつものように人魂をペシペシ払いつつ扉を殴り叩くが、デュラハンがなかなか出てこない。お昼寝でもしているのだろうか、また窓から侵入しようかしら? などとジャニスは失礼なことを考えつつ、更に殴り叩いた。
殴り叩くか侵入する以外の方法を取らないのがジャニスである。
しばらくしてゆっくりと扉が開いた。
「遅かったわね。寝ていらしたの?」
『帰れ。二度とここには来るな』
「……え?」
デュラハンから漂う拒絶の空気に、ジャニスは背中がゾワリとした。
可怪しい。昨日までは普通に話していた。またねと言い合った。
『二度は言わない。次にこの地に足を踏み入れたら、お前の家族全員の魂を回収する。すぐに立ち去れ』
目の前で勢いよく閉められた扉を、ジャニスは深い微笑みを顔に貼り付けて見つめていた。
――――へぇ?
また夕方に更新します。