8:兄の思い。デュラハンの想い。
ジャニスが王城の茶会に出席しているとき、兄のジェフリーは嫌がる執事を連れ、デュラハンの住まう古城を訪れていた。
「ジャニスはいつも扉を殴り叩いているのだな?」
「はい。デュラハンが出てくるまで、延々と……」
「ふむ」
ダンダンダンと古城の扉を殴り叩くジェフリーを見て、執事はあの妹の兄なだけあるな、頭が可怪しい……と仕えている一家に対して、わりと酷い感想を抱いていた。
歪な金属同士が擦れ合うような気味の悪い音を響かせ扉がひとりでに開くと、デュラハンが暗闇の中からのそりと現れた。
今は昼間なのに、古城の中は真っ暗で扉を締めてしまえば、暗黒の世界になるのではと思えるほどで、執事は帰りたい帰りたい帰りたいとずっと心の中で唱え続けている。
『ジャニスの執事……と、誰だ?』
「ジャニスの兄だ。中に入れてもらおう」
『…………妹そっくりだな』
ジェフリーはその言葉に軽くイラッと来ていたが、執事は吹き出しそうになったのを我慢した。
「ジャニスについて話がある」
『…………………………入れ』
デュラハンがしばし逡巡したあと、入城の許可を出した。
ジェフリーが城に一歩足を踏み入れると、城内の壁掛けランプにポッポッと炎が灯っていく。
『こっちだ。ついてこい』
デュラハンはジェフリーたちがついてきているかも確認せずにズンズンと進んでいく。
ジャニスをエスコートする時とのあまりの違いに執事は驚いた。
デュラハンは、悩んだ末に中程度の広さのサロンにジェフリーと執事を案内した。
いつもジャニスと使っている小サロンは、なんとなく他人を入れたくないと思ったからだ。
『……話を、聞こう』
ここまで勢いで来てしまっていたジェフリーは、少し尻込みしつつあった。理由は、デュラハンが本当にハッキリと見える存在で、辺りには妙にピリピリとした空気が流れていたからだ。
だが、このまま何の成果も出さずに帰るのはあり得ない。ジェフリーは腹に力を入れ、デュラハンを真っ直ぐに見つめた。
「ジャニスを解放してほしい」
『…………意味が分からん』
「ジャニスは貴方に囚われている。貴族の娘はどこかの貴族の子息と結婚し、家同士を繋ぐ役割を担っている。それを放棄させ、周囲から誹りを受けるような状況にしないでほしい」
ジェフリーは半分本当で、半分嘘を並べ立てた。
ノブレス・オブリージュはあるものの、いまはそこまで厳しくはない。恋愛結婚も推奨されている。だが、デュラハンが生きていた頃の時代はそうだったので、それを理由としてデュラハンにジャニスを突き放してもらおうと計画していた。
ジャニスの方からは絶対に離れないから。
『……私は、呼び寄せも、歓迎もしていない』
デュラハンも半分本当で、半分嘘を並べ立てる。
自身の心に気付きたくないから。
「では、次に妹が来たら追い返してくれるな?」
『…………分かった』
本当は分かりたくなかった。が、いつまでもこんなことを続けてはいられないと分かっていたからこそ、この時デュラハンはジェフリーの頼みを受け入れたのだった。