7:王城での茶会。
ジャニスがデュラハンの住む古城を訪れるようになって、一年の月日が経とうとしていた。
社交シーズンの今、ジャニスは日中の茶会や、夜に行われる舞踏会――つまりは夜会に出なくてはならない。二三歳となりそろそろ本当に婚約者を見付けてくれと父親である伯爵と兄に言われている為だ。
実のところ伯爵は軽く諦めてはいた。
ジャニスの兄であるジェフリーは既に結婚し子供もいる。いつ爵位を譲っても問題はない。
資産もそれなりにあるのでジャニスの一生は余裕で賄える。が、ジェフリーはわりと厳しい性格をしているので、ジャニスの面倒を見る気はないだろう、と伯爵は目の前で言い争っている息子と娘を眺めながら溜息を吐いた。
「顔は多少マシなんだ。ソレを有効に使って、早く婚約者を見付けろ」
「マシってなによ。超美人でしょ!?」
「ハッ」
超と言っていいかは分からないが、黙っていたら普通に美しい部類ではあると思っている伯爵は、ジェフリーの言葉にうなずいた。
黙ってさえ、いてくれれば。だが、無理ではないだろうか、とも思うから、最近は諦めに近い感情を抱いてしまっているのだが。
「嫁に行きそびれるぞ」
「いいわよ、別に。そうしたら古城でデュラハン様の侍女にでもなるわ」
「…………幽霊に侍女なぞ必要ないだろ?」
「実体あるし、普通に生活してるわよ? 掃除とかしてるし。食事は知らないけど」
それを聞いたジェフリーは脳内に大量の疑問が湧き出た。
実体がある? 普通に生活? 古城の掃除を自分で? 頭がないんだから、食事はできないだろう?
「それに、デュラハン様の手は温かいもの」
ほのかに頬を染めてそう呟くジャニスを見て、ジェフリーは焦りのような怒りのような感情を抱いた。自身では判断が付いていなかったが、それは間違いなく妹に対する家族愛と庇護の気持ちからだった。
「……とりあえず、今日の王城での茶会には出ろ」
「わかってるわよ」
ジャニスは友人がいないわけではない。茶会や夜会に出れば様々な人と話すし、ダンスもする。
「あら! 久しぶりね、ジャニス」
「ごきげんよう。今日は強制参加よ」
「まぁ。デュラハン様のお顔は見れたの?」
「まだよ。ケチなの」
ジャニスと一番仲の良い伯爵家の令嬢であるキャスリンは、ジャニスの性格をよく把握していた。
「デュラハン様の伝承が載っている本を見つけたわよ」
「ほんと!? 見せて!」
「あはは。ほんとジャニスはデュラハン様好きね」
二人の会話を近くで聞いていたこの国の王太子――トラヴィスは慌てて二人の会話に割り込んだ。
以前から気になっていた令嬢の会話にデュラハンという単語が聞こえたからだ。
「君たち! 今の話を詳しく聞かせてはくれまいか?」
「「殿下、ごきげんよう」」
「細かな挨拶は抜きにしてい」
トラヴィスは、二人がカーテシーをするのを素早く止めると、本題に入るよう促した。
「ジャニ……クロムウェル伯爵令嬢、君は古城のデュラハンの元を訪れているのかい?」
「はい――――」
トラヴィスはジャニスから話を聞いて、身震いを起こしかけた。気になっていた令嬢が、死者の番人に心を奪われ連れて行かれてしまうという恐怖から。
「ジャ……クロムウェル伯爵令嬢、どうかそのような危ない行為は止めてください。貴女に何かあったら、私は…………」
王太子の憂うような顔と匂わすような言葉に、周囲にいた者たち全員が色めきだった。ジャニスと友人のキャスリン以外は、だが。