2:ジャニス
とある部屋のドアノブに手を伸ばした瞬間、後ろから声をかけられたジャニスは小さく飛び上がった。
彼女が驚いた理由は、古城の中が薄暗くて怖いとか、幽霊が怖いとか、デュラハンが怖いとか、そういったものではない。デュラハンの寝室に忍び込もうとしていたのがバレバレな瞬間だったので、絶対に怒られるという予感からだった。
『そこには絶対に入るなといつも言っているだろう』
「…………つい?」
兜をつけた頭を小脇に抱えた甲冑姿のデュラハンが、ジャニスの真後ろに仁王立ちしている。ジャニスがにへらと笑いながら振り返ると、デュラハンは仕方なさそうに大きな溜息を吐いた。
『人魂くらいならなんとかなるだろうが、人喰い熊や凶悪な殺人鬼の魂もここにある。一応ちゃんとしたところの令嬢なんだ、一人で来るな。自分を危険に晒すな。今までのはただの幸運で、偶々大丈夫だっただけかもしれない。大きな怪我になって、傷が残りでもしたらどうする気だ――――』
デュラハンはグチグチと小言を零し続けている。が、ジャニスは右耳から左耳へとサッと流して聞かなかったことにしていた。
これもいつも言われているからだ。
――――正直、怪我なんてしなかったし、する予感もしないんだけど。
古城の中にも沢山の霊がいる。ジャニスがここに通い始めた頃は良く襲いかかられていた。デュラハンが先程言ったような殺人鬼の魂や凶暴な獣の魂に。
その度にジャニスは裏拳や正面突きで撃退していた。何なら完全に消滅させたものもいた。
半年も経てば魂たちも覚える、『アイツはヤベェ』と。なのでジャニスが通い始めて半年経った今、この霊場内に留められている魂たちは殆どがジャニスを見ると隠れてしまう。
唯一、自我の薄い人魂たちがふよふよと生きた人間の波動に吸い寄せられるように、ジャニスの周りに集まってしまっているだけだった。
「心配してくれてありがとう」
『別に……普通だろう』
「お礼に、素顔を見てあげるわ!」
『…………ハァ。お前は本当にぶれないな』
ジャニスのその言葉に、デュラハンは少しだけ溜息を吐いて、ジャニスの首根っこを掴んだ。
「へ!?」
ジャニスはそのまま引きずられて城の外へと放り出されてしまうのだった。
「あーあー。また追い出されてしまったわ」
「お嬢様、そろそろお諦めになられては?」
「嫌よ!」
ガタゴトと揺れる馬車の中、ジャニスについてきていた老齢の執事が進言したものの、ジャニスは断固拒否状態。
侍女たちが怖がってしまい、ジャニスに付き添いたくないと泣きながら縋り付いてくるせいで、渋々同行することになった。
まだまだ霊場通いは続くのかと思うとげんなりするものの、『承知しました』という返事しか出来ないことを執事は、よく理解していた。
「明日は淑女教育がないわよね? 朝から行くわよ」
「…………承知しました」
ウキウキとしたジャニスと、笑顔ではあるものの心の中は意気消沈な執事であった。