最終話:令嬢とデュラハン。
馬車を見送ったデュラハンは、ジャニスを探して古城の中を歩いていた。
まさかと思い自室を覗いたがいなかった。がらんどうとした部屋を見て少しだけ残念に感じていた。
なんとなくいつもの小サロンに足を向ける。
『ここにいたか』
壁際に置いてある二人掛けのソファに、膝を抱えて座っているジャニス。その姿は、少しだけ幼く儚げな雰囲気を出していた。
「追い返さないの?」
『帰らないんだろう?』
「…………うん」
突き放されたり、優しくされたり、その度にジャニスの心は大きく揺れ動いていた。もう、疲れ果てていた。
だから、全部曝け出すことにした。
「ねぇ……私、本気で好きなのよ?」
『っ!』
ジャニスの横に座ろうと近付いていたデュラハンは、その言葉に驚きビシリと固まってしまった。
「…………迷惑、なのよね。………………今までごめんなさい」
ジャニスの空色の瞳から、ポタリと落ちる雫。
好きな人に迷惑を掛け続けていたのは分かっていた。でも諦めたくなかった。
ジャニスは初恋だった。
少女が恋に恋するような初恋ではなく、ゆっくりと二人で紡いできた時間で育まれた恋。
初めは完全なる興味本位と暇つぶし。
デュラハンにとってはたまったものではなかっただろうと思う。だから、申し訳なかったとジャニスは心から思った。
『諦めるのか?』
「…………っ、うん」
『そうか』
デュラハンは徐ろに小脇に抱えていた頭を持ち上げると、胴体の首部分に押し付けるように置いた。そこから数十秒待ち、冑を外すとガシャンと投げ捨てた。
そこには普通の人間のように頭のあるデュラハンがいた。
「え? 頭……」
『数時間であればくっ付く』
予想外の返答と、デュラハンの素顔にジャニスの頭は真っ白になる。
『覚悟を決めた』
ズイッと近付いてくるデュラハンの真剣な眼差しに、ジャニスは身を固くし、少しだけ後退りをする素振りを見せた。
デュラハンはジャニスが逃げないよう、右手首を掴んで引き寄せる。
ジャニスは足をもつれさせながらデュラハンの胸に飛び込む形になった。
甲冑は冷たくて硬いけれど、何故か全身が熱い。
『謗られようと、お前の立場がどうなろうと、もう知らん。私は奸悪に仕えていた悪い騎士だからな』
そうじゃないことは、デュラハンと話していたジャニスは知っている。なのに、何故いまそれを言うのだろうかと不思議に思いデュラハンの顔を見る。
赤い瞳に視線を縫い付けられた。
予想以上に美しい顔。
デュラハンはこの顔のせいで、生前はいつも女性から言い寄られては大変な目にあっていた。だからフルプレートの甲冑を着るようになっていた。
だが、ジャニスは素顔を見る前から恋をしていた。それはデュラハンにも伝わっており、デュラハン自身もジャニスに恋をしていた。
ジャニスに押される形となり、ついつい共に過ごしていたが、ジェフリーの訪問で秘めた恋を終わらせようとしていた。
自分は死人だから、とジャニスを突き放すことにした――――が、止めた。
『ジャニス』
デュラハンがジャニスの頬をゆっくりと包む。
「はひっ!?」
銀糸のような髪を揺らし、赤い瞳を細め、デュラハンはふわりと微笑む。
『お前の魂は、私のものにする。逃さない――――』
柔らかな唇がゆっくりと重なり合った。
◇◆◇◆◇
霊場となっている古城には、頭のないデュラハンが住んでいる。
そのデュラハンから少しだけ離れた場所には、いつも物陰からチラチラとデュラハンを覗き見る令嬢がいる。
令嬢はデュラハンのストーカーだと公言し、デュラハンはそれを聞きいつも柔らかく微笑んでいた。
『ジャニス、帰ったのか。夜会はどうだった?』
「ふ、普通だったわよ」
デュラハンに声を掛けられ、照れながら物陰から出てくるジャニスは、美しい盛装のままだ。
「お嬢様! こんなところにいた! 先に着替えますよ」
ジャニスは住まいを古城に移した。
ジャニス付きの侍女はなんやかんやで霊場に慣れ、付いてきてくれていた。
ジャニスにとってはもちろん、デュラハンにとってもありがたい存在だ。
『早く着替えてきなさい。それから話を聞かせてくれ』
「ええ! すぐ戻るわね!」
人間であるジャニスと、死人であるデュラハン。
結ばれるはずのない恋。
未来へ続く道は険しいかもしれない。
だが、いまは二人、穏やかに愛を育んでいる。
―― fin ――
ってことで、完結です!
読んでいただきありがとうございましたぁぁぁヽ(=´▽`=)ノ