13:ここに住む。
がりがさりと足音が聞こえ、侍女は飛び上がりそうなほどに驚いた。
ジャニスは口を尖らせ、そっぽを向いていた。
『寒いだろう。中に入れ』
「寒くないわ」
「せせせせんえつながら、おじょょょうざまっ、寒いでずっ」
侍女は、怖さから声が震えていたが、デュラハンの思ったよりも優しい声と、そっと差し伸べられた手を見て、一気に安心した。そして、寒さをやっと認識した。
デュラハンの手に縋り付きたかったが、明らかにジャニスに向けられているので、ジャニスが頷かなければ、自分も室内に入れない。後生です、お願い致します、と何度も頼み込み、「仕方ないわね」という言質をもぎ取った。
デュラハンにエスコートされジャニスは城内に入った。
夕方、あんな事をしたのに怒ってはないのか、なんで今回は突き放さないのか、あの言葉は聞こえていたのかなども聞きたいが、勇気が出なかった。
いつもとは違う少し広めのサロンに通された。
『待っていろ。毛布と温かい飲み物を用意する』
「…………ありがと」
口を尖らせたまま、ジャニスは小さな声でお礼を言う。デュラハンは、少しだけそんなジャニスが可愛いと思っている。
「あの……デュラハン様は飲み物とか飲まれるんですかね? 飲めるものなんですかね?」
デュラハンが立ち去ってすぐに侍女がジャニスに詰め寄った。
「彼は飲まないけど、私が入り浸っているからって、用意してくれるようになったわ」
どうやって手に入れているのかは謎だが、普通に飲めるものが出てくる。普通に美味しい。何なら侍女よりお茶の入れ方が上手いかもしれないとは流石に言えなかったジャニスであった。
「ふぅ、美味しい」
「ほんとです! 美味しいです!」
『ん。温まったら帰れ』
優しくしてきたかと思えば、急な拒否。
「嫌よ!」
『帰れ』
結局いつもの言い合いになった。ただ、今日はいつもと違った。
「私、家出してきたのよね。ここに住むわ」
『…………は?』
「おおおおおおじょぉさまぁぁぁ!?」
「ああ、貴女は帰っていいわよ?」
「……あ、はい。帰りますけど」
『………………』
デュラハンは、『置いて帰るな!』と叫びそうになったが、グッと我慢した。この侍女を怖がらせたら、ジャニスを置いて逃げられそうだから。
そして、侍女は間違いなくそうするので、この時のデュラハンの判断は正解ではあった。
『……お前も帰れ』
「絶対に帰らないわよっ!」
ジャニスは子供のようにべーっと舌を出すと、サロンを飛び出してどこかに行ってしまった。
「…………えー?」
『…………ハァ。こうなったら仕方ない、アレは一夜だけ預かる。一夜だけだからな? 安全も保証する。君は屋敷に帰りなさい』
「っ……でも……」
よく躾けられているし、忠誠心もしっかりとしているなと、デュラハンはこの状況でも居残ろうか迷う侍女を見て感心した。
侍女は、ジャニスから聞いていたデュラハンの話のおかげで、少しだけ恐怖心が薄れてはきていた。
『伯爵にも伝えねばなるまい。ここには大量の霊がいる。普通の人間は心が耐えられるまい』
「お嬢様は……」
『……霊を殴って払える』
「帰ります!」
侍女は考えることを諦めた。帰る。それ一択だった。
『馬車まで送ろう』
「ありがとうございます。どうかお嬢様をよろしくお願い致します」
『あぁ』
こうして、ジャニスは古城に一泊することが決定した。