1:先っちょだけでいいから!
この国には、古城に住むデュラハンがいる。
「ちょっ! 見せてってばぁ!」
彼は八代前の奸悪な国王に仕えていた。
「ちょっと、ちょっとだけ!」
騎士の忠誠を誓った彼は、国王がどんなに酷い行いをしようとも、見捨てなかった。
側で諌め続けていた。
「先っちょだけでもいいからっ!」
『……馬鹿者!』
「ふぁ! 久しぶりに喋った!」
革命が起こり、国王は処刑された。
騎士は自分の罪の重さを理解していた為、自ら命を断った。
死して尚、この世界に居るのには訳がある。
「ちらっとでいいのよ!?」
この真っ赤なドレスを着た金髪の煩い娘は、デュラハンとは一切関係がない。
彼は確かに死んだはずなのに、気付けば真っ白の世界に飛ばされ、女神と名乗る者に命じられた。
二百年間、女神が悪と認定する者の魂を回収し、この古城に閉じ込めろ、と。
霊場として場が温まったら、まとめて浄化するのだという。
「あっ、もう! 邪魔よ!」
バシュンという音とともに、火の玉が消える。
令嬢が裏拳で殴り消したのだ。
普通ならそんなことは出来るはずがない。だが、この令嬢の陽の気があまりにも強すぎて、弱い霊は触れると浄化されてしまうのだ。
令嬢が手の甲を擦りながらチラチラとデュラハンを見ている。
「今のでちょっと怪我したみたいですわ。お城に入れ――――」
『帰れ。怪我などしないだろうが』
「チッ!」
『令嬢が舌打ちするな』
デュラハンはため息を吐きながら古城の中に入り、扉をしっかりと施錠した。
◆◇◆◇◆
遡ること半年。
その日、ジャニスは夜会に参加していた。
「聞きまして? サンクレイド卿の魂、古城のデュラハンに回収されたそうですわよ」
「まぁ! やっぱり!?」
評議会の老獪な議長が夜会の前日に亡くなっていた。人々の話題は惜しむ声から、議長の醜悪さに、そしてデュラハンに移っていく。
「でも、可哀想よね。女神に嫌われ、デュラハンにされるなんて。とても高名で美しい騎士様だったらしいのに」
――――へぇ?
ジャニスは一度気になると、ずっと気になり続ける性格だった。隣でエスコートしていた父親である伯爵は、背筋がゾワリとした。これは間違いなく…………。
「じゃ、ジャニス……令嬢が霊場になど行かないでくれよ!?」
「お父様、ダジャレがお寒うございますわよ」
「……行かない、よね?」
「…………」
「ジャニスちゃん?」
ジャニスは令嬢らしからぬねっとりとした笑みを零すと、小首を傾げて明言を避けた。
隣で父親がうるさいが、そんなものは無視で大丈夫だと判断して。
◇◆◇◆◇
半年、時間を見つけては霊場に通い続けたジャニスは、デュラハンと結構仲良くなれたなぁと思っている。デュラハンからすればたまったものではないが、ジャニスはそう思っている。本気で。
「あーっ、鍵掛けたわね!」
『煩い。帰れ』
扉の向こうからくぐもったデュラハンの声が聞こえる。こうなってしまえばこの扉は梃子でも開かない。
ジャニスは、近寄ってくる火の玉をペシペシと叩いて消しながら、城を壁伝いに歩いていく。
「よいしょぉ」
用意していた木箱を建付けの悪い窓の下に置き、城内に入った。
古城なのでこういった侵入口は色々とある。ジャニスはそれを何ヶ所も見つけており、ちょいちょいこうやって城中に侵入しているのだ。
抜き足差し足忍び足で城内を歩いていた。
『おい』
「ひっ――――!」