表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

昔風な体操服を着た女の子が身体を乗っ取られて夏祭りで盆踊りを踊る話

作者: こす森キッド

 大勢の人々が、楽器隊が陣取る櫓を中心に、輪の形を成して踊っていた。産まれた時からずっとこの町で暮らしてきたおじさん達や、つい最近この辺に嫁いできたお姉さん方、単に祭りの賑やかさに誘われてこの祭りを訪れた隣町あるいはそのまた隣町からやって来たチビっ子たちまで。自分の前をゆく人の振り付けを見よう見まねしながら、老若男女関係なく輪となって踊り続けていた。その中には、俺も、相棒の身体を媒介にこの世に降りてきたあの娘も。

 櫓の上の楽器隊を見ると、和太鼓やジャンガラといったこの手の盆踊りでは定番とされる和楽器類が中心ではあるものの、中にはエレキギターや、普段ディスクジョッキーがクラブハウスで回しているようなターンテーブルなど、その出自や経歴も関係なしに、二人の和太鼓奏者の作り出すリズムの上に華を添えている。

 ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる…………。万物は流転するという言葉の意味について思う。

 誰彼構わず参加自由。そんな踊りの列は、時間が経つにつれてどんどん大きくなっていき、その円環を遠巻きに眺める観客まで巻き込んで一体感を作り出し始め、それに応じるように楽器隊の演奏も熱を帯びてくる。そうして、この祭りの会場一帯が一種のトランス状態へと陥っていく。

 そうして、年に一回、この瞬間にだけ現世に現れるその巨大な渦巻きの内側に向かって、人々の心の片隅に眠っていた、でも確かに存在はしている今昔の記憶が押し寄せてきて、各々の再会を果たす。全ての時間が、全ての夏が、この瞬間を目掛けて、渦を巻きながら流れ集まってくる。こうしてこの盆踊りは意識的にせよ無意識的にせよ、先祖の供養という目的を実現させる。



✳︎



 その夏祭りの日の昼間のこと。

 かんかん照りの八月の昼下がり、校舎の片隅、俺は園芸部の畑に実った夏野菜を収穫するために中学校までやってきていた。ナスにオクラ、キュウリにトマト……。特にこの時期はいくらもいでも次から次へと実がなってくる。おかげでここ最近はその収穫のためだけに登校するのが日課になっていた。

 中学校から出された夏休みの宿題、社会科の自主研究の課題のために図書館で先日調べてきたこの町の歴史、その中でも主だったものを頭の中で整理しながら、黙々と作業をこなす。



 一八八×年、四月一日 町村制施行に伴い、現町域を構成する旧五村が成立。

 一九二×年 隣市域に陸軍基地が設置。国鉄沿線は物資輸送のための幹線として隆盛を極める。

 一九四×年 戦況進展に伴い、当町域にも軍事施設を拡張。同年、敵軍による県内都市部での大規模空襲が激化、そこから帰還途中の敵軍戦闘機が民間人や旅客列車に機銃掃射を加えるなど、町域内でも民間被害が目立ち始める。

 同年六月  隣市域の陸軍基地が敵軍編隊によって空襲を受け壊滅。軍関係者や動員学生、民間人に至るまで、町域住人においても犠牲者多数。

 同年八月  隣々県にて、敵軍戦闘機が超高性能爆弾を投下。甚大な被害。その爆発の際の強烈な光について、当町域内からも数々の目撃証言が確認される。同月、終戦。

 一九五×年、四月一日 旧五村の対等合併に併せて町制施行、現町域が確定。

 一九八×年、七月 県内河川にて大水害が発生。百名を超える死亡者。浸水・半壊など家屋被害多数。

 二〇〇×年、八月 山間部にて大雨による大規模な土砂崩れが発生。被災者救護のため、町域駐屯地から多くの自衛隊員を派遣……



 これらはこの地域の歴史、そのほんの一部分に過ぎないものだが、それでも教師から配布されたレポート用紙一枚にはとても収まらないほどの内容が、町史誌の中には記されていた。自分が生まれるよりも前に起こった出来事、その壮絶さに圧倒されながらも、反芻していく。勿論、社会科の授業や平和教育の中でこれらの出来事について教わる機会は今までにも多々あったのだが、自分の生まれ育った自治体においてそれらがどんな影響を及ぼしたのかという詳細な、より個人的な資料を読む中で、教科書の中だけの他人事などではなく、間違いなく自分の周囲半径十km以内で起きたことなのだということを再認識する。



 一通り作業が終わると麦わら帽子は脱いでしまって、今日の収穫分をビニール袋に詰め込み両手に持ち、渡り廊下の向こう側、体育館へと上がり込む。お盆期間に入りかけていることもあり、運動部は早くも練習を終えて解散し、バスケットボールのコート二つ分のそのフロアには既に人っ子一人残っていないように思われたが。

「おーい、相棒、いるかー?」

「……おーう、シゲかぁ、練習終わって少し休憩してたとこだわ」

 体育館前方のステージの隅、エンジュ色と黒の緞帳の陰から、相棒の声が聞こえてくる。舞台裏の階段からステージに登っていくと、緞帳に隠されて黒いカバーに覆われたグランドピアノの上、相棒が横たわっていた。扇風機と延長コードまで持ち出してきて、すっかり快適ムードを作って寛いでいる。怒られても知らねえぞ……。

 彼女は健康的に日焼けした小麦色の肌の上、俺と同じく学校指定の体操服であるところの左胸に校章がワンポイントでプリントされた無地の白シャツに、紺色のハーフパンツを身に付けていた。男勝りなこいつでも中学に入った辺りから少しずつ身体は性徴を呈し始めたようで、横たわったその胸の部分、コンタクトレンズの形にも似た丸い膨らみがうっすら浮かんでいるのについ目が向いてしまうが、幼馴染の俺からしたら『中身ももう少し丸くなってくれてええんやで?』と思うことも少なくなかったりする。

「もしも〜、ピアノが〜、ハジけたなら〜♪」

「あれは“はじけた”じゃなくて、“ひけた”って読むんだよなぁ……」

 上機嫌な鼻歌にツッコミを入れながら、片方のビニール袋を彼女に示す。

「おぉ〜、今日もありがとな。悪いな、なかなかそっちに顔出せなくて。今年こそは、祭の屋台で何か旨いもん奢ってやるよ」

「まぁ、夏休みはどの部活も練習にやたら気合が入ってるからな。収穫するだけならそんなに人手もいらないから気にすんな」

 そう言いつつ彼女の側に歩み寄ると、その手には何か布切れのようなものを握っているのが見えた。

「ん?なんだそれ?」

「そうそう、これこれ。見てくれよシゲ。さっき隅っこで着替えてる時にさぁ、偶然見つけたんだよ」

 そう言って上体を起こすと、彼女は両手でそれを広げ、俺に見せつけてきた。

 それは、この学校の旧式の体操服で、所謂丸首と呼ばれるものだった。全体が白色なのは現在の体操服と似ているのだが、現在のペラッとした感じのものとは異なり結構しっかりした生地で作られているのが側から見てもよく分かる。左胸に当たる部分には例によって校章マークがプリントされている。そして、胸部全面には大きな名札が縫い付けられていて、そこに名前と学級名がデカデカと記入できるようなスペースが設けられている。今から十数年ほど前のことだろうか、個人情報の取り扱いが厳しくなった影響で体操服に名札を縫い付ける決まりが廃止され、それに伴い体操服自体も薄生地で低コストな現在のものへと変更されたのだと聞いたことがある。校内の古いアルバムとかで見たことがあるので俺もその古い体操服の存在自体は知っていたのだが、その現物を見たのは初めてだった。しかも、相棒が掲げたそれはどうやら使用感もほとんどない新品同然のもののようで、縫い付けられた名札には名前も学級名も何も書かれていなかった。

「うわぁ、随分珍しいのを見つけたな。なんで今更そんなもんが出てきたんだ?」

「うーん、分かんねえけど、緞帳の陰って暗がりになってるから、昔誰かが忘れていって見つからないまま放ったらかしになってたんかねぇ」

 相棒はそう言うが、流石に十年単位で見つからず放置されてたってことはないだろう……。とは言え、そのもの自体は確かに現在に至るまでずっと寝かされていたかのように綺麗な状態を保っていた。とりあえず職員室に届けた方が良いだろうかと俺が考えていると、相棒は不意に何かを思い出したような表情を浮かべてこう言う。

「……もしやこれって、ウチの七不思議のアレなんじゃないかね。呪われた体操服ってやつを真似たものなんじゃ」

「……アレを?」

 俺は思わず眉を顰める。こいつが言っているアレというのは、この学校に伝わる噂の一つのこと……。



 ある女子生徒が、体育があるのに体操服を家に忘れてきてしまった。どうしようかと慌てていると、机の引き出しの中から何故か新品の丸首体操服が出てきた。それには名札も既に縫い付けられていたのだが、持ち主の名前と学級名がまだ記入されていない白紙の状態だった。それを見つけた女子生徒は、サイズ的には少し窮屈目だけれども、これを着れば体育の授業に間に合うと考え、たまたま持ち合わせていた黒マジックで名札に自分の名前と学級名を書き込み、その体操服を着込み始めた。そうすると……。

 元々その女子生徒の身体と比べても若干小さめサイズだったその体操服は突然女子生徒の素肌に密着し、ギュウギュウと身体を締め付け始めた。身に付けたそれが急に縮んでいくような感覚に襲われ苦しみ始めた女子生徒の身体は、その体操服の内側にだんだんと飲み込まれていった。そしていつの間にか、誰一人いなくなった女子更衣室の片隅に、その丸首体操服一枚だけがヒラリと落ちていった。女子生徒の身体を丸ごと飲み込み、その内側に閉じ込めてしまったのだ。やがて、名札に記入されたその女子生徒の名前と学級名も跡形もなく滲んで消えていき、元通りの新品状態に戻ると、その体操服は風に吹かれるように宙を舞いながら、校舎の何処かへと去っていった。こうして、その女子生徒はそれっきり行方不明となり、その“人喰い体操服”は次の獲物を探しながら、この学校のあちらこちらで目撃されるようになったという……。



 そんな言い伝えを、俺も先輩だか同級生だかから聞いたことがあった。色々と不審な部分が多い話ではあるが、十数年前という絶妙な時間的距離も相俟って、そこそこの胡散臭さを放つこの噂話は校内でも有名だった。もしかしたら何者かがそれを逆手に取って、わざとそれらしい新品の旧式体操服を用意して、騒ぎを起こして面白がろうとしている、その手の悪ふざけの可能性を相棒は見込んでいるようだが……。

「なぁ、そんな気味悪い体操服なんかさっさと職員室に預けて、早いとこ夏祭りに行かないか?」

「えー、なんだよ面白くないなぁ。

 こんなの、どうせ誰かが用意した作り物だろ?お前に何回言ったか分からんが、私はああいう根拠のない噂話なんてものは信じないようにしてるんだ。幽霊だとか呪いだとか、実在する訳がないんだよ、馬鹿馬鹿しい」

 俺の心配をよそに、彼女は自分の荷物から極太の黒マジックを取り出すと、その丸首に縫い付けられた名札に何やら書き込み始めた。おいおいおい……。

「ほら、あの噂の内容と同じように、私の名前を書いてやったぞ。

 今から私がこれを着て何も起きないことをお前に見せつけることで、あの噂話は嘘っぱちだと証明してやる」

 そう言いつつ、彼女は自分の着ていた白シャツを脱いで、代わりにその体操服を着始めた。正直俺としては体操服の話の真偽についてはどっちでも良いのだが……。幼馴染の前とは言えスポブラ姿を他人に見せることについてはもう少し恥じらいを持ってほしいなぁと思いつつ、俺は相棒の着替える様を呆れ顔で眺めていた。あーあー、また何か面倒臭いことが起きそうな予感……。

「ホラ、この通りなんともないじゃんか。お前は昔からそういう霊的な話とかに敏感過ぎなんだよ。こうやって私が証明してやったんだから、いい加減いちいち気にするのはやめろって鬱陶しい」

 そう言いつつ、丸首姿で胸を張って、俺にアピールしてくる。年相応の膨らみかけの胸の形が、名札の生地越しにも盛り上がっている。

「それにしても、割と頑張って再現してるようだな。細身な私が着ても結構小さめに感じられるぞ、ピタッと肌に貼り付いてくるような感じがする。

 ……んあっ?きゃっ!あっ、ああっ、んんっ……!」

 初めはなんでもないようにしていた彼女の様子に、徐々に異変が見られ始めた。上半身を包む丸首の生地の表面が、うねうねぐにぐにと蠢き始めたように見える。

 あー、やっぱりなんか始まっちゃったよ……。


 ここで俺から説明させてもらうと、世間的に“霊感”と呼ばれる類のもの、それがこいつの場合は人一倍強いのだ。Wi-Fiに喩えるともう常にビンビン状態。歩く基地局と呼んでも過言ではない。さらに厄介なことに、こいつ自身はそういう“霊的”な話は一切信じないタイプの人間だ。実際は、こいつに寄ってくる霊魂やら何やらを毎回俺が追い払ってやってるだけだ。おかげでこっちはノーガード状態のこいつの挙動にいちいち目を光らせ、災厄を追い払うという徒労に追われている訳である。もういい加減懲りてくれ頼むから……。

 あと、ドキッとしちゃうからこういう時にそういう変な声出すのやめろ。友達として見づらくなるだろうが……。中学校に入った辺りからその傾向は特に強まりつつある。色気も何もない普段の様子とのギャップがあり過ぎて、何回遭遇してもいまだに慣れないのだ……。


 そんなことを考えているうち、彼女の身体には超現実的な変化が起きているのだった。

 まず、名札に黒マジックで書かれた彼女の名前、その太文字がグネグネとうねり始めたかと思うと、その輪郭が違う形へと変わっていき、やがて全く別の名前、その文字列を形成していった。変化の途中、相棒は自分の意志で身動きが取れなくなっているようで、両手をピンと張った“気をつけ”の姿勢のまま直立していた。

 名札に書かれた文字が変化し終わると、今度はその内容と整合を取ろうとするように彼女の身体そのものが変化し始めた。体格、顔立ち、髪型、肌の色まで、別人のそれへとグニュグニュと変わっていく。元々の背丈ごと少し縮み、スレンダーな体型が全体的にほんの少しだけフニッと柔らかい印象を持ち始める。シュッとしていた目の形や鼻の形まで上書きするように丸っこくなる。全体的にフワッとさせた髪型は毛先をほんのりカールさせた感じになっていって、昔風情な雰囲気を醸し出し始めた。小麦色の肌はだんだんいつもよりも色白に変わっていく。肉体の変化のついでに、彼女が身に付けていた紺色のハーフパンツも表面積がだんだん縮んでいって、そのまま丸首体操服の中に消えていってしまうのかなと思いきや、最終的に小さな三角の形に固まっていき、定着したようだった。その形状と表面積は下着と大差ないように見える。なんだか中途半端な状態で変化が止まったなと思っていたのだが、よくよく考えてみるとそれは昔の運動会の映像などでしばしば見られた、所謂ブルマというものであるようだった。

 これが、あの伝説の、ブルマ……?!ほとんど下着と同じじゃんこれ……。女子生徒全員にこれを履かせてたとか、色々とおかしすぎるだろ……。俺からしてみれば、人喰い体操服よりもそのことの方がよっぽど都市伝説に感じられてしまう。もし自分の気になる女の子がこれを履いてる姿を見てしまったら最後、ドキドキして体育の授業どころではなくなってしまう気がする。相棒のブルマ姿?あ、それは別に良いです。間に合ってます。もっと恥じらいを感じさせられるようになってから出直してきてください……。

 そうは言いつつ、相棒の身体が丸ごと変化したその容貌、一九七〇〜八〇年代の女学生を思わせるその姿はなかなかに可愛らしく、それこそもしクラスメイトとして出会っていたらついつい視線を向けてしまいそうな清楚な雰囲気を醸し出していた。こういう突拍子もない状況では、こちらは多少なりとも身構えざるを得ないのだけれども。


 そんなこんなで、彼女の身体の変化は完了したようで、それまで飛んでいた意識が戻ったかのような様子で表情が戻り始めた。そして、彼女は目の前の俺の存在に気がついたようで、内股気味にモジモジとしながら、俺の方に両手の甲を遠慮がちに向け、頬をほんのり赤く染めた少し恥ずかしそうな表情を浮かべつつ、俺に向けてこう言ってきた。

「う、うらめしや〜、なんちゃって……」

 うん、もう可愛い。

 多分、恥ずかしくてもそういう台詞を言わないといけないルールでもあるんだろう。

 そのまんまずっと、相棒の身体を乗っ取った状態で良いんじゃないかな?一瞬そう思いかけるが、そういう訳にもいかないので、目の前の彼女に向けてとりあえず意思疎通を試みる。

「あ、あのー、人喰い体操服さんでいらっしゃいますか?」

 俺の問いかけに、彼女は小首をかしげる。

「人喰い体操服……?

 ……あ、いえ、私は違います。

 あの話とはまた別件です。なんかすいません」

「あ、そうでしたか。……それはなんかこっちこそすみません」

 そっかぁ、別件だったかぁ……。

 思えばウチの学校の生徒たちは噂話が好きすぎて、こういう系の似通った話が随時無数に増殖していってるのだ。“【最新版】学校の七不思議New(Ver.22.5.2)”くらいまであって、どれが本当の最新版か分からないExcelファイル群みたいになってる。

 おかげでこちらとしては大迷惑です。いい加減にしろ♡


 ただ幸いなことに、今回相棒の身体に降りてきた幽霊さんはあまり悪質なタイプではなさそうだったので、現世にいらっしゃったご事情をヒアリングの上、用件を済ませてお引き取りいただこう。

「お疲れさんです、幽霊さん。今回はどのようなご用件でこちらに?」

 全く動揺を見せない俺の様子に、逆にブルマ幽霊さんの方が困惑している様子だった。いやまぁ、歳の割に落ち着いてるねとはよく言われますけれども。

「あ、どうも、お疲れ様です……。

 よく間違われるんですけれど、実は私、幽霊とはちょっと違いまして。今日が夏祭りだということで、久しぶりに向こうからこっちに帰ってきた者なんですけども。

 四年ぶりなもんで、降り方間違えてこんな感じになっちゃいました。おかげでお友達の身体にお邪魔しちゃってます。紛らわしくてごめんなさい」

 申し訳なさそうにペコペコと頭を下げてくるが、そんなに謝る必要はない。大体、霊感がめっちゃ強い癖に全く自覚のない相棒が悪いのだ。

 それにしても、四年ぶり……?あぁ、なるほど、そういうことね。


 流行り病による休止期間を経て、今年は四年ぶりに従来通りの規模で夏祭りが開催されることになっているのだ。その夏祭りの名物となっている集団盆踊りも、四年ぶりに行われることになっている。

 おそらく、それに合わせてあっちの世界の方々も自粛期間を経て久しぶりにこっちに帰ってき始めているようだった。何の自粛なのかは分からないが……。ただ、こちら側の世界のイベント事と同じように、あっちの世界の住人の方々にとっても帰省は久しぶりのことなので、『あれ、こんな感じだったっけ?』とうろ覚えのやり方で降りてこようとした結果、たまたま悪霊の類と似たようなムーブを見せてしまったようだった。間違えちゃったならしょうがないな、うん。お茶目で可愛い。


「あー、そういうことでしたか。

 それなら丁度私も今夜夏祭りに行く予定だったので、ご案内しますね。

 たまたま手元にナスとキュウリもあるので、移動しやすいように精霊馬作っときます」

「あ、そうですか、ありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」

 俺の手慣れ具合に若干警戒気味な雰囲気のブルマさんであったが、勝手に相棒の身体を乗っ取ってしまったことへの引け目からか、流れに身を任せることに決めたようだった。

「……なんか、色々大変そうですね?」

「あはははは。いやいや全然ですよ、あなたみたいなパターンは楽なので助かります。

 こういうのにもすっかり慣れちゃいましたねぇ」

 本当、なんでこんなに慣れちゃったんだろう……と思いつつ、こんなこともあろうかと持参していた割り箸を採れたての野菜にブスブス刺しながら、夏祭りの会場となる神社に隣接する公園へと彼女を案内していく。



✳︎



 その公園へ向かう間に日も暮れていって、空はだんだんと薄暗くなる。その分、提灯の列に明かりが灯り始めた祭り会場、そこがいかにも賑わいでいる様子が遠巻きにもよく分かった。

 歩きながら何気ない雑談を交わしているうち、ブルマさんの緊張感も徐々に解けてきて、二人の間のムードもだんだん和やかになる。

「盆踊りが終わった後に相棒さんのこの身体からお暇させてもらった後は、自分の家のお墓参りをしてから、あっち側に帰ろうと思います」

「へぇ、あっちの方もお墓参りってされるんですね」

「そうなんですよ。こちら側の方達とはちょっとイメージが違うかもしれないですけど……。私の感覚からすると、OBOG会みたいな感じです」

 は〜なるほど、OBOG会みたいな感じなんですねぇ……。分かるような分からないような……。まぁでもとりあえず、ウチのOBOG達からどやされないように、俺もお盆の間に墓参りに行っときますかね。



 到着した祭り会場には、タコ焼き屋や綿菓子などの食べ物系のほか、金魚掬いや射的などのゲーム系のものまで、様々な屋台が軒を連ねていた。かつてその光景はこの季節の風物詩として当たり前の存在に思えていたのだが、この規模で開催されるのが四年ぶりということもあって、その景色はとても新鮮なものに見える。

 ブルマさんは部活終わりの相棒の身体を依代に降りてきている関係上、お腹が空いている様子だった。という訳で、屋台でイカ焼きやら台湾カキ氷やらをブルマさんのために買ってやることにした。本当は俺が相棒に奢らせるつもりだったのに、どうしてこんなことに……と最初は思っていたのだが。祭りの賑やかな雰囲気の中、美味しそうにそれらを頬張っているブルマさんの姿を見ているうちに、なかなか満更でもない気分になってきた。あと、あいつと違って食べ方もすごく行儀良いし。

 側からみれば、部活帰りの中学生のカップルがデートしているだけに見えるかもしれない。そう考えると、こんな俺でもちょっとはドキドキしちゃうな。まぁ、そのうちの片方は随分昔風な見た目だけれども。

 その格好のせいで彼女が周囲から浮いてしまわないか少し心配だったのだが、祭りの空気に当てられて会場全体が高揚しているおかげか、杞憂に過ぎなかったようだった。

 ……というか俺の直感が正しければ、どうもこのブルマさん以外にも、相当数の“あっち側”の人達が、おかしな形でこっち側に降りてきてしまった状態のまま、この祭り会場にやって来ている節があった。近頃はバブル期のファッションがリバイバルしてきている……というような理由だけでは説明しきれないくらい、時代を感じさせる格好をした人達がそこかしこにポツポツと見受けられるのだ。その結果、この祭り会場においてはこっち側の人とあっち側の人とがごちゃごちゃに入り乱れ、彼岸と此岸の境界がアバウトになっているようである。そのストレンジな空気感はお盆と言うよりはハロウィンに近い感じもする。このような理由から、相対的にブルマさんはこの場に全然馴染めている方みたいだった。空白期間のせいでもう色々とてんやわんやです、なんとかしてください。

 しかし、こうした状況も、ある意味ではお盆らしいと言えるのかもしれない、とも思う。これは俺が知り合いから聞いた話なのだが、お盆とハロウィンには共通点が多いらしい。どちらも民俗伝承であるが故にその詳細な出自が未だによく分かっていない点だとか、どちらも亡くなった方々の霊魂が年に一回現世に帰ってくるイベントである点だとか。細かい部分には相違点もあるものの、ある意味ではお盆こそが、日本におけるハロウィンに相当するイベントであると言えなくもないのだ。そう考えると、ハロウィンの時期に若者街でしばしば見られる変態仮装行列の類と比べれば、多少時代がかった格好をしている人が散見されたところで些細なことに思えてくる。


 この祭りのクライマックスは、広場に建てられた櫓を囲んで大勢で踊る盆踊りだ。この盆踊りというものにはその地域ごとに少しずつ違う特色があるものだそうで、今回は四年ぶりの集団盆踊りであるということもあって、祭りを主催している商工会青年部ら民間有志団体としてもかなり気合が入っていることが見てとれた。例年この祭りの盆踊りは、生演奏による伴奏を売りにしている。櫓の中心にはこの地域で最も名うてとされる二人の和太鼓奏者が据えられ、それを取り囲むように他の楽器隊、そしてギタリストやターンテーブルを駆るDJらゲスト演奏者らが陣取っていた。そういえば、俺もある動画サイトで、ヒップホップ調のリズムセクションに読経を乗せる念仏踊りのパフォーマンスをしているお坊さんの集団の動画を見たことがあった。あれはすごくカッコ良くて、ネット上でもそれなりにバズっていたようだったので、もしかしたらあの手のパフォーマンスに影響を受けたタイプの演者さんなのかもしれない。

「いやぁ、リサイクルショップで昔使ってた古い国産のトランジスタアンプを見つけちゃってねぇ。懐かしい!と思って、つい買っちゃったんだよね。

 今日のためにエンジニアの所に持って行って、わざわざオーバーホールしてもらったんだよ」

 演奏前に共演者とリラックスしながら雑談を交わしている壮年のギタリストの男性の方を、ブルマさんはじっと見つめているように見えた。

「もしかして、お知り合いの方でも見つけられましたか?」

 彼女にそれとなく尋ねてみる。

「そう、かもしれないですね。私が知ってる本人かどうかはまだ確証がないですけど……。

 まぁでも、盆踊りが始まってしまえば、分かると思います」



「それでは、この夏祭りのメインイベント、集団盆踊りのスタートです!」

 司会者の女性のアナウンスを受け、二人の和太鼓奏者がリズムを刻み始める。土着的な、表拍が強調された独特なレイドバック感。そこに笛やジャンガラなど他の楽器も合流し、時には太鼓に同調し、時には裏を埋めたりしながら、拍子は徐々にドライブ感が増していく。

 パートの切り替わりに応じて、ゲスト奏者であるエレキギターやDJが参加してくる。エレキギターの方は弦の音にピチャピチャとしたリバーブが掛かって、サーフロック的な所謂“テケテケ”と呼ばれるような音作りをしていた。その残響音と競合しないように、和太鼓奏者は器用にリズムを変えながら、ギターのフレーズが入ってこれるような隙間を作り出す。軽快で明るいギターの音と、要所要所で差し込まれるトレモロエフェクトやヴィブラートによる音の揺れが艶っぽく、心地良い。

 一方、DJは往年の音頭や炭坑節などの音源を持ってきているようで、それらの音源を回しながら時折スクラッチ音などを差し込むパフォーマンスを行なっていた。それに合わせて、和太鼓奏者たちもわざとダブっぽいベターっとしたリズムにシフトしていって、気分が静かに高揚していくような非常にドープな空気感を作り出していた。よくよく聞き分けてみると、二人の太鼓はそれぞれ低音寄りと高音寄りとで音を分担しており、それぞれの音の混ざり具合、そして人力であるが故に発生するほんの僅かなタイム感の揺らぎが、単調なリズムがずっと続いているはずの演奏を長時間飽きさせないまま聴衆に提供しているのだった。再生される音源とは全く異なる、生演奏が持つ魅力の面目躍如と言えるパフォーマンスだった。

 この年に一度の贅沢に身を委ねながら、聴衆たちは次々と踊りの列に加わっていき、その輪がどんどん大きくなる。その中に、ブルマさんも待ってましたとばかりに入っていく。正直踊りは下手なので俺は遠慮しておこうかなと最初は思っていたのだが、見ているうちにどうやらそういうのを気にするようなものではないということが分かってきたので、高揚感に身を任せつつブルマさんのすぐ後ろ、思い切って踊りの輪に加わってしまう。そうして前をゆく人の振り付けを頑張ってコピーしているうちにだんだん愉快な気分になってくる。俺の後ろをゆく人も俺の踊りを真似しているのが分かる。それが輪の中を巡り巡って、俺の前方に回帰してくる。俺の前をゆくブルマさんは過去の俺でもあり、未来の俺から繋がってもいる存在なのだという、不思議な感覚が降りてくる。

 前後左右を見遣れば、恐らくは流行り病を恐れてめっきり外出する機会が減ってしまっていただろうお爺さんやお婆さん、ビールを数杯引っ掛け気分が良くなってきた勢いで列に飛び込んできたと思しき大学生ら、そして会場のそこかしこで見受けられた古い時代の格好をした人達まで、老若男女もあっち側こっち側も問わず、櫓を取り巻いて踊っている。踊りの列は、輪に入ってくる人が誰であろうと、真剣に踊ろうとする者を拒まない。彼岸と此岸の区別など、今この瞬間はどうでも良いことのようだった。

 パートが切り替わる区切りごとに、参加者や聴衆の中から拍手が聞こえてくる。ブルマさんが櫓の上でエレキギターを弾いていた壮年の男性に向かって大きく手を振っていた。どうやら向こうも彼女に気づいたようで、急に若返ったような明るい表情を浮かべ、大きく手を振り返しているのが見えた。

 夜も深まっていって、祭りの終わりも近づいてくる。各々の再会を果たし、『また来年もここで』と約束を交わした人々が少しずつ向こう側へ帰っていくのが分かった。来年もこうして迎えられたらいいな。そんな風に思う。


「あれっ!?シゲ?!

 いつの間に私は祭りの会場に?!!もしかして今年もなんかよく分からないうちに寝過ごしちゃった?!」

 せっかくしっとりとした感慨に浸っていたのにギャアギャア五月蝿くなってきたなと思ったら、俺の前方、ブルマさんがいたはずのそこには相棒がいた。目的を果たしたブルマさんが帰っていって、身体が元に戻ったようだった。突然戻った意識に戸惑いながらも、踊りの輪を乱さないよう前の人を真似て必死に踊っている。

「ていうか、なんで私、ブルマなんか履いて、古い体操服来た状態で踊ってるの?!」

 相棒は自分の姿に困惑している。どうやらブルマさんは、こいつの身体から抜けていく時にブルマを忘れていってしまったようだった。相棒の容姿は元に戻っても、ハーフパンツはブルマに化けたままだった。

 ドジっ子さんだなぁ。うん、最後の最後まで可愛い。

 というか、相棒よ、丸首はお前が勝手に着たんだろうが。あと、俺がブルマさんに奢ってやったイカ焼きとカキ氷の代金返せ。


 とは言え二人でああだこうだ言い合っても、過ぎたものは後の祭りであった。仕方がないから、また一年お互い頑張って乗り切って、来年また一緒にここに来ようじゃないか。

 最後はそういう真面目なことを言ってまとめようと思っていたのに、ブルマからスラリと伸びるこいつの太腿、そこに以前には見られなかったフニッとした柔らかい肉の感触を見つけてしまったせいで、自分の中に湧いてきたこの変な気持ちを誤魔化すようにグダグダした感じになってしまった。

 相棒が時々垣間見せるようになった嫋やかさ。俺にとってはそれが今年の夏一番の七不思議であるように思われた。



おわり

お盆が終わるまでに投稿したいなと思って急いで書き上げました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ