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05.考察

【文字数】3437字 【推定読了時間】約7分




 ――案外、人に移すのは簡単そうだ。


 東京タワーの都市伝説にまつわる怪談を聞いたあと、目黒がまず思ったのは、そんなことだった。


 ラジオから発信して不特定多数のリスナーに“障らせる”のは一般人には難しいが、自分が“障った”あと、他人に“移す”ことについては、簡単らしい。


 実際、怪談のなかに登場するディレクターは、異音を聞いているだけの段階で妻に話し、意図せず移してしまっている。

 その点や最後のTさんの言葉から推理すると、移すために必要なキーワードはたった二つでいい。


 『東京タワーの四本足のうちの一本が、かつて墓地だったところに建っている』ということ。そして『コ』という音だ。


 ただ、この二つを単純に結び付けて話すとなると、問題がある。


 たとえばこんなふうに話すとしよう。

「最近ラジオで、東京タワーの都市伝説を聞いたんだ。『東京タワーの四本足のうちの一本が、かつて墓地だったところに建っている』って。そのラジオを聞いている最中から『コ』っていう音を聞くようになったんだ。君には聞こえる?」


 目黒は想像してみて、無理だな、と思う。

 まずそんな話ができる相手がいない。

 仮に話したとしても、聞き手に“障り”が移って『コ』の音が聞こえるようになると、話し手に原因があるとすぐに気づかれてしまう。


 自分には聞こえていない、関りのない(てい)で話すべきだ。

 そしてできればキーワードの印象は抑えたほうがいい。のちにネットで検索なぞされて移るものだとバレてしまったら厄介だ。なにより、なるべく小規模に“障り”を抑えるためには、移す方法やキーワードは知られないに限る。

 ついでに、Tさんが言うように『知れば知るほど、近づかれる』のであれば、『白い靄』や『筒のようなもの』についても言及したほうが良いだろう。短期間でことが済む。


 と、そんなことを無邪気に考えているうちにCMが終わった。同じCMばかり繰り返されるから、暇に飽かして妙に頭が回ったのかもしれない。


 一般的ではないが、目黒にはそういうふうに考える傾向があった。

 目黒は子供の頃からホラーが好きだった。

 趣味というほど熱心ではないが、小説でも漫画でも映画でも、ジャンルはホラーを選びがちだった。学生時代に旅行サークルに入っているときは、明るいうちに限ったが心霊スポットを訪ねたりもした。怖い話も好きで、気に入ったものがあると真似して親しい人に語ってみせるくらいには、よく聞いていた。

 社会人になってからは多忙なのもあって娯楽自体から離れていたが、それでも動画投稿サイトなどで怪談話は聞きつづけている。

 怪談というのは――特に実話とされているものは因果関係がはっきりしないことが多い。

 怪談をあまり聞かない、いわば怪談素人ならただ怖がって終わりだろうが、目黒くらいの怪談ファンなら語られなかった因果関係や情報の不足している部分を考察して、想像を膨らませて、さらに怖がって楽しむものなのだ。


 その夜、その怪談についても同様に、一種の癖として“障り”の移し方を考察したに過ぎない。他意はなかった。これから自分に起こること、もしくは起こすことなど知る由もなく、純粋に恐怖を楽しんだのだ。




 そんな彼だから『障るラジオ』を毎週楽しみにしていたのだが、東京タワーの都市伝説の回の一ヶ月後、六月の頭に打ち切りになった。春の改変期から始まって半年も持たなかったのだ。


 そのさらに一ヶ月弱あと、目黒は『コ、コ、コ、コ、……』という怪談どおりの音を聞くことになる。


 その異音を初めて聞いたとき、怪談のことはすっかり忘れていた。

 他所(よそ)の生活音か幻聴だろうとしか思っていなかった。

 異音を聞きはじめて数日後、そういえばそんな怪談を聞いたなとふいに思い出したのだ。


 パーソナリティ――怪談師は引き取ってくれると言っていたから、試しに連絡してみようか、と軽い気持ちでスマホで検索した。


 しかし、目ぼしいものが見つからない。


 すでに終了している番組だから放送局のサイトに情報がないのは仕方ないとしても、怪談師自身の公式な情報が見つからないというのは腑に落ちない。

 SNSや動画投稿サイトにアカウントがない。ポッドキャストで音声配信もしておらず、怪談のショーレースに参加もしていないようだ。

 意図的に消されているようで不気味だった。


 検索結果をスクロールしていくうち、あるオカルト掲示板に行き当たる。


 スレッドを立てた人物――スレ主は怪談師の行方を捜していた。

 スレ主の友人が自殺したらしく、その原因が『障るラジオ』としか考えられない、というのだ。


 “自殺”というキーワードから、放送された怪談のうち“障った”可能性が高いものが絞り込まれ、東京タワーの都市伝説にまつわる怪談についても言及されていた。


 放送中に『コ』の音を聞いたという書き込みまであった。


 目黒には信じられない。

 スレッドを盛り上げるために嘘を書いたに違いない。

 五月頭の月曜日の午前三時からのたった三十分間――この限られた時間に特定の周波数に合わせていて、かつ、このオカルト掲示板に、それもスレッドが立ってから半日以内に書き込んだのが本当だとしたら、奇跡だ。

 ラジオやオカルト掲示板の過疎化を揶揄するつもりはないが、事実、この掲示板に書き込んでいるほぼ全員が『障るラジオ』という番組があったことさえ知らなかったのだ。目黒と同じ境遇にある人がいるとは信じられなかった。


 信じられないのは、その書き込みに限ったことではない。

 目黒は五回目から最終回まで聞いたのだが、その記憶に合致した書き込みばかりではなかった。番組の情報や怪談の文字起こしがほかのサイトからコピーされ貼りつけられていたが、そういう書き込みにさえ事実に反するものは散見された。

 しかしそれでも、ほとんどの人は構わないのだろう。

 真偽の明らかではない情報であっても、想像力を(ふる)って思いのままに繰り寄せて、“物語(エンターテイメント)”として楽しめればいい――そういう印象があった。


 怪談師の行方を探すスレッドだったはずだが、話の流れが早々に怪談の考察へと変わっていったのも当然の成り行きだった。


 要約する。


 『コ』という音が聞こえるのは『四本足のうちの一本が、かつて墓地だったところに建っている』という東京タワーの都市伝説を、ラジオの受信機で、リアルタイムに、東京タワーの電波が直接届く受信範囲内、つまり関東広域圏で聞いた場合に限る。

 ラジオアプリの配信や動画投稿サイトに無断転載されたものを聞いても異音は聞こえない。文字起こしされたものを読んでも聞こえない。

 テレビやネットも“障り”の媒介にされない。ラジオ放送が始まったのは1925年、テレビの本放送が始まったのが1953年、東京タワーの着工が1956年だ。東京タワーが墓を潰して建てられたのだとしたら、ラジオは知っていても、テレビも、もちろんネットも知らずに死んだから、という理屈だった。


 つまり、その白い筒のようなものの本体は、東京タワーの下にあるというのだ。


 そうすると『コ、コ、コ、コ、……』の意味も解る。


 すなわち“此処(ココ)”なのだ。


「わたしはまだ此処にいます。東京タワーに踏みつけられて、みんな忘れてしまったけれど、でも、まだ、その下にもう何十年も埋まっています」というメッセージなのではないか――――。


 スレッドが廃れた頃に、スレ主が書き込んでいる。


『もしこれを読んでいる方で、聞こえる方がいらっしゃるのなら、どうか誰かに移してください。祓う方法がわかるまでは、そうやって生き抜きましょう。どうか死なないで。』


 それに対する書き込みに、失笑するほど、胸を突かれた。


『【悲報】ぼっちの俺氏、終了のお知らせw』




 目黒は神奈川に住んでいる。


 『障るラジオ』はポータブルラジオで聞いていた。


 そして怪談どおりの異音を聞いてしまっている。


 オカルト掲示板に書き込んだ彼らとは違い、目黒はいま、いわば実話怪談の内側にいる。

 ただの“物語(エンターテイメント)”として楽しむのは難しい、近すぎる距離だ。


 理解はできている。

 実話怪談と銘打たれてはいるが、結局は根も葉もない話なのだ。

 信じてはいない。

 信じてはいないのだが、目黒はずっと、なにかソワソワするような、背後に気配があるような、しかし振り返りたくはないような日々を過ごしていた。


 そんなときに赤坂がやって来た。


 『出てってほしくて怪談話をでっちあげた――』というのは嘘だ。


 怪談話を完全に『でっちあげた』のでもなければ、赤坂に怪談話をしたのは『出てってほし』かったからでもない。


 “障り”を移したかったからだ。




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