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6お仕事開始(前)

「キュ、キュ」と甲高い騎竜の鳴き声で目が覚めた。


 騎竜は仲間と鳴き声でコミュニケーションを取る──この声の高さはメスだろう。


 寝返りを打つ。今日は随分と布団が暖かくて寝心地が良いから、起きるのが辛くなる。


「……」

 うとうとと、再び眠りに引きずり込まれそうになるけれど、遠くから再び騎竜の鳴き声が聞こえてきて、眠りのふちから私を呼び戻す。


 甘えるような声は若い個体だ。


 ……おかしいな。里にいる騎竜達は、ほとんどが年老いている。こんなにも元気を持て余しているような子がいるはずも……。


「はっ!」


 意識が覚醒する。ここは騎竜の里ではない。ブラウニング公爵家だ!


 事実に気が付いた瞬間、体中の血が勢いよく巡りはじめ、脳が活性化する。


 私のやる事は、ここがどこでも変わらない。

 ──騎竜のお世話をしなくては!


 慌てて服を掴み、頭からすっぽりとかぶって階段を駆け下りる。走りながら袖口のボタンを留めて、庭へ飛び出す──澄んだ冷たい空気の中で、朝日を受けてきらきらと輝く騎竜が一頭。


 ポルカだ。


 彼女はなんだかご機嫌ななめのようで、境目の柵をかじったり、尾を振り回したりしている。


 応接室の窓からは縦横無尽に駆けているように見えたが、柵があって屋敷の手前側には出られないようになっている──。それが気に食わないのだろうか?


「おはよう」


 ポルカに声をかけると、琥珀色の瞳がちらりとこちらを見た。「あんたまだいたの?」とでも言いたげだ。


「今日からあなたのお世話係になったの。よろしくね」

「ぎゅっ!」


 一歩近寄ると、ポルカは低い威嚇の鳴き声を上げた。

 現役の騎士団長の騎竜となれば、群の中の序列も非常に高いはずで、当然縄張り意識も強い。


 私は若い騎竜のお世話をしたことがない。今までお世話してきた竜たちは年齢を重ねて落ち着いていて、自分の行く末をなんとなく理解している節があった。

 だから凶暴さの片鱗はあるけれど、すぐに落ち着いて私の事を受け入れてくれた。


「私は、敵ではありません……」


 腕を広げて、両手の平を見せるとポルカは威嚇をやめ、首を伸ばしてしげしげと私の顔を覗き込んだ。

 言葉が完全に通じているかどうかはわからないけれど、私に敵意がないと身振りで示したことで新しいお世話係だと認識してはもらえたらしく、敵意は感じなくなった。


「昨日も思ったけれど……貴女って、凄く美人なのね」


 騎竜の美的感覚はもちろん人間とは違うのだが、さすが騎士様の騎竜とあって、毛艶が良く、爪はピカピカ、アーモンド形の瞳はきらきらと澄んでいる。


「きゅっ」


 褒め言葉が通じたのか、ポルカはまんざらでもなさそうに足踏みをした。一日で追い出される……と言う事は、なさそうだ。


 庭先の小屋の鍵は開いたままで、中には歴代のお世話係の書いた連絡帳が残されていた。

 記載の通りに食事を与えたけれど、ポルカは育ち盛りのわりには食が細い。


「おかしいわね……」


 ここにきてあまり日が経っていないと言うことだから、慣れない環境で疲れているのだろうか?


「これは嫌いなの?」と、餌桶を回収しようとすると、歯でがっしりと桶をつかんで離そうとしない。


「食べはするのね」

 食べたもので体が作られる。筋肉の付き方や毛艶のよさからして、もっと食欲旺盛でもいいと思うのだけれど……。


 訝しんでいると、ポルカは私に向かって口を大きく開いた。

 噛みつくわけではない。彼女がその気になれば考える前に私はぱっくりやられてしまっているだろうから。


 この仕草をするときは何か口の中に異物感があるときだ。しげしげと口内を眺めたけれど、ちょうど彼女の立っている位置が日陰になっていてよく見えない。


 書斎か物置あたりに虫眼鏡でもないだろうか?


 そう考えて屋敷の中に戻ると、マーガス様が階段の上から腕を組んでこちらを見下ろしていた。


「おはようございます、閣下」


 慌てて付け焼き刃のお辞儀をする。まともな教育を受けていない事に、今更ながらわずかな後悔がある。


「マーガスでいい」

「はい。マーガス様、おはようございます」

「……ずいぶん朝が早いな。まだ朝の六時にもなっていない」

「申し訳ありません。騒がしかったでしょうか……」


 騎竜の生活に合わせるためには朝日とともに──場合によっては、夜明け前から活動を開始しなければいけない。


「いや。朝が早いのはいいことだ。俺も勝手に目が覚めてしまうが、使用人はもっと遅い時間でいいと伝えてあるからまだ来ていないんだ。……食事を?」

「はい。けれど、食が細くて。虫眼鏡を探しています」


 私の返答に、マーガス様は妙な顔をした。言葉足らずだった。


「ポルカが口の中を気にしているので、見てあげようかと」


「餌をやったのか!?」


 マーガス様のよく通る声が玄関ホールに響き渡った。そのまま目にもとまらぬ速さでマーガス様は階段を駆け下りて、私の手を取った。


「ゆっくりしていなさいと、言っただろう」


 思わず「ひっ」と声を上げると、手はすぐに放された。


「すまない」

「で、でも……鳴いていたので……お腹が空いているんだろうな、と」

「危ないだろう。昨日の話を聞いていなかったのか?」


 どうやら、マーガス様はポルカの世話をするために起きてきたらしい。


 騎竜は危険で、そして貴重だ。所有者が明確な騎竜は、許可なしに勝手に触れてはいけない。

 必要な道具は全て揃っていたので、今日から仕事に取りかかるのが自然に思えたけれど……


「申し訳ありません。引き継ぎもなく、勝手なことをして……」

「いや。無事ならいい。嚙まれなくてよかった。もし怪我をしていたらどうしようかと」


 マーガス様は怒っているわけではなく、私がポルカにけちょんけちょんにやられてしまうのでは無いかと心配してくださったそうだ。そこで腕を確認した──あまりにも素早い動きだったのは、軍人ゆえだろう。鍛えていない私とは訳が違うのだ。


「威嚇されましたが、それだけです」

「もう、打ち解けたのか?」


 マーガス様は意外そうな顔をした。……私だって、わざわざ騎竜のお世話係として打診を受けた身だ。若干凶暴だからといって、すぐに逃げ出すと思われては心外だ。


「打ち解けた、と言う訳でも。服従の意志を見せただけです」

「髪の毛を引っ張られなかったか?」

「いいえ」


 マーガス様の口ぶりでは、騎竜に髪の毛を引っ張られてとんでもない目にあった女性がいるようだ。さすがにそこまでされる素振りはなかった。私は一応、ポルカに許されているのかもしれない。


「そうか。多分うまくいくとは思っていたが……安心した」

「よかったです、クビにならなくて」

「君が解雇になるわけないだろう」


 どうやら、マーガス様は私とポルカの相性が良くなかった場合は、別の仕事を斡旋してくださるつもりのようだ。さすが人の上に立つ方、面倒見がとても良い。


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