コミカライズ2巻発売記念SS
コミカライズんの2巻が発売されました!よろしくお願いいたします。
「あら?」
明け方、私室の窓から広大なブラウニング邸の庭を眺めると、ポルカのそばに黒い獣が立っているのが見えた。
「犬……よね?」
野良猫にしては大きすぎるし、ここは市街地だから猪や狼ではなく、多分犬。
でもこの屋敷では犬を飼っていないから、彼、あるいは彼女は侵入者ということになる。
ポルカが侵入者を手ひどく撃退する前に、捕まえなくては……!
「ラクティス、ちょっと大変よ!」
部屋を出ると、玄関先に人の気配がした。多分ラクティスだろう、彼がいてくれた方が心強いと声を上げる。
「ラクティスは留守だ」
玄関ホールにいたのは、既に身支度を調えたマーガス様だった。
「ま、マーガス様!」
「あいつは、日がのぼる前に市場に出かけたぞ」
「そうだったんですか」
「それで、何が大変なんだ」
「えーと……」
「俺ではなく、ラクティスに言いたいのか?」
口ごもると、マーガス様は頼りにされていないと思ったのか、少しむっとしたような気がした。
「い、いえ。庭に、知らない犬がいるんですっ! それで、一人だと危ないなと思って……マーガス様のお手を煩わせるほどではないというか、どうせ話しかけるなら、そういうバカみたいな話じゃなくて、もっと中身のある話をしたいな、と私は思っていまして……それでこういうことはまず彼に言った方がいいかなと……」
口は回るけれど、中身がまったくない内容しか言えないから、自分の語彙の少なささに辟易とする。
そうこうしている間に、あおーんと犬の声がして、マーガス様は屋敷の外に意識を向けた。
「ポルカがどうにかされることはないが、むしろ犬が心配だ。様子を見に行こう」
「は、はい!」
黒い犬は、変わらずポルカの側に立っていた。
ポルカはスン、と直立不動だが威嚇の体勢を取っているわけではなく、犬の方も尻尾を振っているみたいだった。
「ポルカって犬には友好的なんですか?」
「いや。ポルカは基本的に、自分よりかわいい存在がそばにいるのが気に食わない」
「ですよね……」
「例外は君だけだ」
「へっ!?」
マーガス様は犬を恐れる様子もなく、スタスタと歩き出した。慌ててあとを着いていき、徐々に犬の輪郭がはっきりとしてくる。
艶のある、短くて黒い毛……どことなく、見覚えがある。
「あら、もしかして……オニール?」
名前を呼ぶと、オニールはくるりと振り向いて、こちらにとことことやって来た。舌をぺろんと出していて、緊張感がまったくない。どうやらただ、迷ってここに来ただけみたい。
「知り合いか?」
「はい。近所の犬で……」
私はマーガス様に、治癒の力が目覚め始めた時に実験として彼を治したことがあると報告した。
「初耳だ」
マーガス様は腕を組んで難しい顔をしている。そう言えば、二人には言わないでと口止めしたんだった。
「ええと……それはですね……その時は、のっぴきならない理由があったんですけど、今はもういいんです。ちょっと、今から説明するには複雑と言いますか……」
マーガス様が小首をかしげると、その後ろでポルカも首をかしげた。
オニールを送り届けた先で聞いた話だと、どうやらオニールはちょいちょい脱走をして、庭にもぐりこんでいるらしく、平謝りをされた。
なぜポルカが侵入者に対して怒らなかったのかは、彼女の足元を見て分かった。
オニールは自宅に生えているザクロの木から拝借した実をポルカに献上していて、それで彼女は見て見ぬふりをしていたそうだ。
ザクロの皮を拾い上げて、マーガス様は眉間に皺を寄せた。
「俺がいないところだと、俺とアルジェリータ以外から貰った餌でも食べるのか?」
マーガス様が呆れたように言うと、ポルカはツーンとそっぽを向いた。人に懐かない、世話が大変なポルカが自分が認知していない犬から貰った食べ物を食べる、ということにマーガス様は驚いたらしい。
……ポルカは甘えん坊さんだから、マーガス様を前にするとついついわがままを言いたくなってしまうのね……。
「まったく……女性陣については、知らないことばかりだ」
マーガス様は少しだけ、困ったように言った。今度からはくだらないことでも報告するようにしよう。




