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2巻発売&コミカライズ発売記念SS「みえっぱり」

 雨が上がったあとの庭で、午後になってもポルカはご機嫌だった。いや、ご機嫌がすぎた。


 ぱしゃん、ざぶんとぬかるんだ芝生を踏みしめ、水溜まりにためらいもなく前脚を突っ込む。ポルカの美しい漆黒の身体はこれ以上ないくらいに、どろどろだ。


「ポルカ、そんなにしたらせっかくの美人が台無しよ」


 そう声をかけると、ポルカは私の方をちらりと見て、ふん、と鼻を鳴らした。


『こんな泥程度で私の美貌がくすむと思っているの?』


 そんなふうに言いたそうな表情だ。


「はいはい、あなたはいつでも綺麗よ。でも、それはそれとしてそのままには出来ないわ。さあ、遊ぶのはやめてお風呂にしましょうよ」


 騎竜はけっこう表情が豊かなので、ポルカは露骨にいやそうな顔をしたのがわかる。


「もしマーガス様が遊んであげようと思っても、あなたがその状態だと無理ね」

「……ぎー……」


 そう言うと、ポルカはようやく渋々と私の後をついてきた。


 小屋の裏手、水場の横にある木桶を引き出し、小屋に置いてあったポルカ専用の洗剤を手に取った。 説明書きを見てみると、半透明の液体に何種類かの香油が入っているらしい。


「美貌の秘訣はこれね?」

「……ぎゅっ!」


 洗剤の瓶を見せた次の瞬間、ポルカは文字通り跳ねて、そのまま走り去ってしまった。


「えっ、ちょ、ポルカ?」


 逃げた。逃げた……?


「これが嫌だったのかしら?」


 じゃぶじゃぶと振ってみると、中身は半分ほどに減っている。だから、ポルカがこの匂いが嫌いなはずはないだろう。


「なぜかしら、と……?」


 飼育日誌をぱらぱらとめくるけれど、記載はない。つまり……お世話係がポルカの身体を洗うことはないみたい。マーガス様しかポルカを洗うことがない?


 困惑している私の隣に、マーガス様がやってきた。


「ポルカは泡が嫌いなんだ。だから、俺がやる」

「そうなんですか?」


 そう言うと、マーガス様は小さく笑って、ポルカの昔話をしてくれた。


「まだごく子どもの頃、世話係が泡をたっぷり立てて洗ってやろうとしたんだが、その時に手が滑って泡が目に入ったらしい。それが沁みたみたいでな。以来、洗剤を見るとあんなふうに逃げる」

「なるほど」


 ひょんなことから、ポルカの弱点を知ってしまった。


 マーガス様が指笛を吹くと、ポルカはしぶしぶ戻ってきた。


「どんなふうに嫌がるのか、見学してもいいですか?」

「もちろんだ」


 さすがのポルカもマーガス様からは逃げないらしい。おとなしく水をかけられ、体を濡らされていく。マーガス様は慣れた手つきで洗剤を泡立て、ブラシで優しく洗っていく。


 その手順を観察していて、気が付いたことがある。ポルカはまったく嫌がってない。むしろ、静かすぎるまである。


 落ち着いていて、きりっと凜々しくて……


 そのまま観察を続けていると、マーガス様がふいに肩を震わせて笑い出した。


「ど、ど、どうしたんですか!?」

「いや……随分我慢強いなと」

「我慢?」

「ポルカは見栄っ張りだから、君に格好悪いところを見せたくなくて、必死に耐えている」


 それが面白いのだと、マーガス様は言うのだ。


 なるほど。たしかにポルカはさっきから私の方をちらちら見ていた。ポルカは泡が苦手。でも、それ以上に私に情けない姿を見せるのが嫌なのかもしれない。



「ポルカ、頑張ったわね」


 ぴかぴかに洗い上がったポルカに声をかけると、ポルカはぷいっとそっぽを向いた。けれど、その横顔は、ちょっとだけ照れているようにも見えた。


7月15日に書籍2巻が発売いたしました!コミカライズ1巻も7月17日発売です。どうぞよろしくお願いいたします!

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