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3ブラウニング家へ

 私が乗ったのを確認すると、馬車はゆっくりと動き出し、やがて王都の中心部にある大広場にたどりついた。


 人の流れが滞っているらしく、進みが遅くなった。ちらりと窓の外を見やると、新聞の号外が飛び交っていた。


 騎竜の里では娯楽がないし、外の情報もあまり入ってこない。活字読みたさに馬車の窓から手を伸ばすと、運よく一枚、つかみ取る事ができた。


 内容は半年前に集結した戦争の勝利を改めて告げるもの──国の威信を高めるために、大々的に費用をかけて宣伝しているのだろう。


 勇猛な若き将軍、マーガス・フォン・ブラウニング──私が嫁ぐ、ローラン様の孫に当たる方だ──が戦果をあげ、長い遠征から凱旋したこと、戦争のせいで延期されていた第三王女セレーナ様の婚儀が進められるであろうこと──沢山のめでたい記事よりも私の目を引いたのは、黒枠に囲われた、めでたくはない別の記事。


「フォンテン公爵令息行方は依然不明。もうまもなく死亡認定期間」


 同じく騎士として戦争に赴いていた、フォンテン公爵家の跡取り息子が戦地で行方不明になり、見つからないまま一年が経過しようとしていることを告げる文章。


 公爵家には跡取りが他におらず、家を存続させるために遠縁の男爵家から養子を取ることになるだろう──その記事を読んで、納得がいった。


 ウィリアムはことあるごとに、自分はフォンテン公爵家の遠縁だと自慢していたから。


 詳しい話は伏せられていたけれど、彼は次男だ。公爵家から養子の打診が内々であったのかもしれない。


「なるほどね……」


 新聞記事を小さく畳んで、トランクの隙間にしまいこむ。


 ウィリアムが泥にまみれた私より、リリアナの方を好ましく思っている自体はたまにしか顔を合わせない私からしても一目瞭然だったけれど、華やかな社交界で暮らすリリアナはウィリアムに見向きもしなかったから、間違いは起こらないだろうと考えていた。


 けれど、ウィリアムの元に莫大な財産と格上の公爵位が転がりこんでくる事を知ったリリアナはこれ幸いと彼を誘惑し、結果二人は「そういう事」になったのだろう。


「これもまた、いいきっかけだと思うしかない、か」


 遺産相続の話と「新しい就職」のどちらが先かなんて、私には関係のない事だ。


 結婚してしまった後に醜聞に巻き込まれなかっただけマシだったと前向きに考えた方が、自分のためになるだろう。


 人間は騎竜と違って言葉が通じるし、夫となる方を看取った後は、騎竜の里に帰る交通費ぐらいは貰えるだろう。そうしたら頭を下げて、もう一度雇って貰って──私は二度と、あの家には帰らないことにする。


 トランクの内ポケットから、別れの時に一枚拝借した、銀色の騎竜の羽根を取り出す。


「そうよね、ウェルフィン。私、あなたが教えてくれた通りに、やってみせるわ」


 私の事を、見守っていてね──そう呟いて、なくしてしまわないように再びトランクにしまい込む。


 私が連れてこられたのはやはりブラウニング公爵家の本邸ではなく、由緒正しい貴族街から少し離れた新興貴族や豪商が屋敷を構える地域にある、別荘のようなこぢんまりとした屋敷だった。


 それにしたってクラレンス家の古びた屋敷よりは重厚で、細かい意匠はさすがに公爵家ゆかりの物件だと思わせる。


 庭にはポツポツと気が生えているが、花壇はなく、全体に緑の芝生が青々とした葉を風にそよがせている。飾り気はないけれど、確実に人の手が入っている。


 けれど不思議な事に、人の気配はほとんどない。


 いくつかの窓は開いていて真っ白なカーテンが風にそよいでいる。人が住んでいるのには間違いがないのだけれど、どうにも活気と言うものが感じられない。


 使者兼御者だった人物は「それでは失礼したします」と言って、馬車を繋ぐためにさっさと居なくなってしまった。


 ──しばらく待ったけれど、来ない。


 使者が戻ってくる様子は一向になかった。私を出迎えるためにいそいそと扉が開いてくれるわけもなく、意を決して控えめに扉をノックする。返事がない。


「あの! 本日から、お世話になります、アルジェリータ・クラレンスです!」


 最初から陰気で鈍くさい女だと思われるぐらいなら、仕事と割り切って堂々とした方がいい。


 家の中に聞こえるように大声で名乗った後、もう一度「すみませんー!!」と呼びかけると、ゆっくりと扉が開いた。


 中から顔を覗かせたのは、若い男性だ。着崩している服装とその風貌──とても、使用人には見えない。


 見上げる程に背が高く、彫刻のような均整のとれた体つき。それに何より私の目を惹き付けたのは、濃い藍色の前髪の隙間から覗く、冬色の瞳。


「君が、アルジェリータ?」


 突然現れた、絵画に描かれた伝説上の人物が飛び出してきたのかと錯覚してしまうような状況に一瞬、返事をするのを忘れてしまった。


「アルジェリータ・クラレンス?」


 少しかすれた低い声が、もう一度念を押すように私の名前を呼んだ。


「は、はい。私が……アルジェリータ・クラレンスと申します」


 思わず背筋を伸ばして返事をすると、青年はふっと目を細めた。


「すまないな。顔を初めて見たものだから」

「いえ……」


「俺はマーガス・フォン・ブラウニング。じき、ブラウニング家を継ぐ者だ」

「将軍閣下でしたか……」


 冷や汗が流れる。新聞に書かれていたのはこの人だ。


 私は王城にのぼったことがない。城で治癒師として勤めているリリアナならお顔を知っているだろうけれど……。私は彼の顔を見たことがなかった。


 将軍を知らないなんて、物知らずな女だと思われただろう。せめてここからはきちんとしなくては……。


 マーガス様はふっと目を逸らしたけれど、私は彼から目を離すことができない。なにしろ、ちゃんとしなくてはいけないのだから。


「ここは軍隊ではない、そうかしこまる必要はない。君も今日からここで暮らすのだから」


 その言葉にほっとする。彼は私の話をきちんと知っているのだ。


「はい、今日からお世話になります。ふつつかものですが、よろしくお願いいたします。まずはローラン様に到着のご挨拶をしたいのですが……」


「君は老ブラウニング公の世話をする必要がない」


 その言葉は拒絶ではなく、ただ事実を淡々と告げている──そんな風に聞こえた。


「……どういうことでしょうか」


 だって、私はちゃんと、ブラウニング家の家紋のついた馬車に乗せられて、お屋敷までやってきたではないか。人も居た。何より、マーガス様は私の名前を知っていた。


 つまり、私が何の為にここに居るのか、分かっている、はずなのに。


「彼は二週間前に、この世を去った」

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