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11彼女のほしいもの(後)

 行こうって、どこに行くのかしら。と思いつつマーガスさまの後ろについていくと、二階の衣装部屋にたどりついた。服を借りに行くときだけこの部屋に入るけれど、毎日きちんと換気や掃除がされていて、まるで主人の訪れを待っているかのようだ。


 このお屋敷はマーガスさまの祖父であるローランさまの持ち物だったと言うから、ここはかつて、奥さまの部屋だったのかもしれない。


「ところで、どうして部屋を使っていないんだ」


 衣装棚の扉を開けながら、マーガスさまがそんな事を言った。


「……?」


「ここは君のために用意した部屋だ」


 屋敷の中では自由にしていいと言われて、部屋を一つ選んだ。けれど、私はどうやら、正しく雇用主の意図をくみ取ることができていなかったらしい。


「す、すみません。立派なお部屋は落ち着かなくて。ミューティの隣の部屋が空いていたのでつい……」


「責めているわけではない。自由にしてくれて構わないと言ったのは俺だからな。一階の方がよかったか」


「どちらでも。本当は、どこでもいいんです。いえ、今のお部屋は気に入っているんですけれど、ここもとても素敵です」


「君が落ち着いて過ごせるなら、どこでも構わない」


 マーガスさまはポケットから鍵を取り出して、棚の奥にあった金庫を開けた。中に入っていた袋から、じゃりと金属がこすれ合う音がした。


「この部屋にこんなに大金が……」


 袋の中に銀貨は入っていなくて、すべて金貨だろう事は私にも簡単に想像できる。金庫の存在は知らなかったけれど、こんなに簡単に入れるところにあるなんて不用心と言うべきか、ブラウニング公爵家のような大貴族にとってはこれが小銭なのか。


「必要な時はここから使うといい。もちろん、小切手でも構わない」


「はい、ありがとうございます。では一枚だけ……」


 一年分のお給金どころではない金貨の圧に、くらくらする。金は魔力を帯びるから、そのせいかもしれないけれど。


 指でおそるおそる金貨を一枚摘まんで掌に載せると、マーガスさまはその上に金庫の鍵を乗せた。


「これは君の物だから、自分で管理するといい」

「わ、わ、私がですか!?」


 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまう。


「そうだ。アルジェリータ、君のものだ。わかりやすく言うなら、これが君の給金」

「そ、そんなはずはありません。これが私の給金だなんて、そんなはずはありません」


「では、君が思う伴侶としての適切な金額はいくらだと思う?}

「それは……その……」


 言葉に詰まった。お給料がなくたって、今の待遇で十分満足している。多少貯金が出来れば、次の仕事に向かうときに大変心強いとは思うけれど──けれど、私がいくらほしいと言う話ではなくて、マーガスさまが自分自身に値段をつけるのだから、私が金額の多寡にごちゃごちゃ言うのはおかしいのかもしれない。


 ──となると。


 きっちりとお辞儀をして、まずはお礼を言う。


「ありがとうございます。しっかり管理して、使うべき時にはご報告します」

「報告はいらない」


 ……使わないから、報告することはない。つまり、マーガスさまの手を煩わせる事はもうないのだ。


「はい。申し訳ありません、マーガスさまはお忙しいのに」

「君に割く時間は無駄だとは思っていない」


 親切な人だ。優しすぎて、失礼ながら軍人には向いていないのかも、と思うほどに。男性は高飛車で女性を見下すものだと刷り込まれていた私にとって、男の中の男と形容されそうなマーガスさまがそんなにも柔和で優しいことに、驚きを隠せない。


「早速、お買い物に行こうと思います。何か、お使いはあるでしょうか」

「特には……。話を聞けば聞くほど、君はまったく伯爵令嬢らしくないな。とことん物欲がない」


  マーガスさまの感想はごもっともだけれど、私はそういう風に育てられていない。ただ、それだけの事だ。


「……私は、穀潰しですので。家の為にはならないから、贅沢はできません」


 マーガスさまは私の卑屈な言動を聞いて、しばらく黙っていた。本当の事を言ったのだけれど、何か、悪い事、間違った事を言ってしまった──そんな気がしてきた。


「俺はそうは思わない」


 ゆっくりと顔を上げると、マーガスさまは真剣な目で私を見つめていた。


「君は俺にとって必要な人間だ。穀潰しなんて、とんでもない。……どうしたら、そうではないと、理解してくれる?」


 そっと頬に手を添えられて、心臓が口から飛び出そうになる。


「い、いえっ! はい、わかりました、理解しました。私は穀潰しなどではありません。誠心誠意、給金分、働かせていただきますっ!」


「いや、そんなつもりで言ったわけではなく……」


 マーガスさまは困ったようにほんのわずかに眉を下げて、頬から手を離した。体温が残っているような感覚がして、顔が赤くなる。


「例えば、自由と、大金が手に入った時。何かしてみたいと夢想したりはしないのか」

「夢想……」


 考えを巡らせたが、特に何も無かった。だって、必要なものは、全てそろっているし、欲しい物──綺麗で立派な住み処に広いお庭、優しい同僚に雇い主、そして少し手がかかるけれど、国一番の美しい騎竜。それ以上、一体なにを望むと言うのか。


「言ったはずだ。ここに居る間は、望みをすべてかなえる、と。なにか、して欲しい事とか」


 ──ひとつだけ、知りたい事があるとすれば。マーガスさまのお気持ちだ。けれどそれは、わがままがすぎると言うもの。


「……いえ。今で十分、満足です」

「それでは……そうだな、朝食のジャムを買ってきてくれ。味は君にお任せする」

「……はい、わかりました!」


 嬉しい。それなら、私にもできそうだ。

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