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1実家からの手紙

「おとなしくしててね」


 そう声をかけると、騎竜は静かに首を下げた。手の平で短く、硬い毛をかき分けて、患部に手を当てて魔力を込めると、騎竜は気持ちよさそうに喉を鳴らし、目を細めた。


 ──どうやら痛みは治まったようだ。


「はい。後はお医者様に見てもらいましょうね」


 騎竜は抱えていた痛みが和らいで満足したのか、ゆっくりと踵を返して放牧地の中心へとのそのそと歩いていった。


 騎竜──グランジ王国に生息する、野生の小型竜を品種改良した存在。この国の人間は何百年もの昔から、竜を訓練し、それに騎乗し、野を駆け、共に暮らしてきた。


 騎竜は相棒であり、財産であり、そして大地から賜った贈り物として、普通の家畜とは違う扱いを受けている。傷病や老衰等で職務を全うできなくなった竜たちはこの場所、通称「騎竜の里」で最後の時を過ごすために集まってくる。


 彼らが大地に還るまでお世話をするのが、私の役目だ。


 二年前のことだ。代々癒しの力を持つクラレンス伯爵家の娘として生まれながらもかぼそい魔力しか持たない私は「役立たずの穀潰しなのだから、せめて人様の役に立つことをしろ」とこの場所に送られた。


 表面上は神からの贈り物とされる騎竜のお世話をすることは名誉で、なくてはならない大切な職業と言われている。けれど、実態は生き物の世話だ。


 朝は日が昇りきる前に起きて、一日じゅう二本の足で騎竜の里を駆け回る。夏は焦げるように熱い太陽、冬は吹き荒れる木枯らし。


 そのような過酷な環境の中、死にゆく存在──しかも、人間より何倍も力が強くて言葉が通じない畏怖の対象である騎竜の世話をほとんど休みなく続ける事は、大多数の人間にとってつらい。そのため、続けられる人はほんの一握り。


 初めは慣れない仕事に戸惑ってばかりだったが、今ではすっかりこの暮らしに不満はない。きらきらした世界の事が羨ましくなる時もあるけれど、彼らは私の事を……肉体の治癒力を高める事ができず、ただただ痛みを和らげることしか出来ない私を必要としてくれている。必要に迫られた事によって、少しながらも癒しの力が使える様になったのは皮肉なことだ。


 柵にもたれかかったまま物思いに耽っていると、突然、鈍い衝突音が聞こえた。


 ──騎竜が柵を蹴っているのだ。


「ラルゴ! あなた、また脱走しようと……!」


 二つ隣の放牧地の柵を、一頭の騎竜がげしげしと蹴っていた。


 木製の柵が弱っている所を蹴り飛ばして破壊し、その隙間から逃げだそうと言う訳だ。そうはいかないと柵に近寄ると、人間はか弱い存在で蹴ってはいけないと認識しているらしく、動きを止めてしおらしそうな顔をした。


「もう、やめなさい。また足が痛くなるわよ」

「ぎゃうっ」


 私の声を聞いて、ラルゴは短く鳴いて一歩後ろに跳んだ。


 戦争で大怪我をして走る能力を失ったラルゴは、まだ離ればなれになってしまった主のことが忘れられないらしく、しょっちゅう脱走を試みている。


 少し前まではウェルフィンと言う長老格の騎竜が彼らを取りまとめてくれていたのだが、ウェルフィンは今年の春先、老衰で亡くなってしまった。そうなると、またラルゴの脱走癖が再発したと言うわけで、最近の悩みの種だ。


「もう、ね。今が幸せなら、いいじゃない?」


 柵を乗り越え、放牧地の中に入ってラルゴの手綱に手をかけると、彼はぐるる、と喉を鳴らした。きっと、口うるさい奴が来てしまって嫌だなあ──と思っているのだろう。


「別に、意地悪をしたいんじゃないのよ」


 ラルゴの脱走は誰のためにもならない。


 騎竜は基本的に気性が荒い。脱走して万が一人間を害するような事があれば、秘密裏に殺処分されてしまうと聞く。


 そんなことになってしまえば私はもちろん、彼の元主人も絶対に悲しむだろう。とても良く手入れされていて、身分の高い人が乗っていたと言うし、ラルゴがまだ主人に会いたがっているのが何よりの証拠だ。


「柵を直すために、ラルゴには一旦小屋に戻ってもらうわ」


 苦笑しながら手に力を込めて引っ張るけれど、強情なラルゴは手綱を引っ張った所でびくともしない。


「もう。そんな事をしていると、若様が送ってきてくれたおやつをあげないわよ」


 おやつ、の単語に反応したのか、ラルゴはだらだらと歩き出した。


 若様と言うのは、騎竜の里に色々と支援をしてくださっている方だ。お忙しい方なのか、直接ここを訪れたことはないけれど、騎竜達がよりよい老後を過ごせるように寄付や贈り物をしてくださる。けれど、その正体は不明だ。特に聞く必要を感じていない、と言うのはあるけれど……。


「そうそう、いいわね。その調子……」

「アルジェリータ。お前さんに手紙が来ているよ」


 ラルゴをなだめながら歩いていると、厩舎の手前で施設長に呼び止められた。


「手紙……?」


 騎竜の里は深い森の中にあり、世俗とは隔離されている。

 何より、私がここで働いている事を知っている人はほとんどいない。


 つまり、手紙を頻繁にやり取りするような相手はいないのだけれど……。


 ……何か、悪い予感がする。


「お前さんの実家、クラレンス家からだ」


 私の戸惑いが通じたのか、施設長は若干渋い顔をして手紙を手渡してきた。

 よい知らせではないだろう。赤いインクで「至急」と殴り書きがしてあったので、恐る恐る封を開ける。


『大切な話がある。すぐに戻れ』


 たった一行だけの、手紙。


 ──これは一体どういう意味なのだろう?


「よほど重要で、表に出せないような話なのだろう。騎竜のことは気にしなくていいから、早く帰りなさい」


 施設長の言葉にいやいやながら頷いた私は、一日一往復しか出ない王都行きの貨物馬車に急いで乗り込んだ。


「ただいま戻りました……」

 家に帰ると、使用人もどこかピリピリとした空気に包まれているように感じられた。……やはり、何か良くないことが起きたのだろうか、と不安になりながら父の部屋へと向かう。


「失礼します」

「遅い! 一体、何処をほっつき歩いていたのだ!」


 入室した瞬間、私を出迎えたのは暖かな両親の笑顔ではなく──罵声だ。


「申し訳ありません」


 騎竜の里は王都の中ではあるけれど、手紙が届くのは時間がかかる。クラレンス家の人々からすると、私が即日手紙を受け取った後ちんたらしていた、という発想になるらしい。


「まったく、お前は社交界に出ていないから常識がない」


 私に形ばかりの婚約者を与えたあとは無駄な金を使う理由はないとばかりに「騎竜の世話が大好きで社交界に顔を出さず、森に引きこもっている変わり者」の札を貼って、僻地に押し込んだのは一体誰だっただろうか? もう今では、自分に伯爵令嬢の身分があることすら忘れかけているぐらいだ……と思ったが、口をつぐむ。


 野外で働いているうちに私も随分と図太くなったものだけれど、反抗的な態度を取った所で火に油を注ぐだけだ。


 大人しくしておこうと、顎で示されたソファーに腰掛ける。父と母は何故か緊張した面持ちで私をじっと見つめている。


 ──何の為に呼び戻されたのだろう?


 訝しんでいると、父がゆっくりと口を開いた。


「アルジェリータ。お前の事を、ブラウニング公爵家がお求めだ」

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