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ep.1 お母さんは気に入ったわ(4)

「狙われている」「いったい誰に……?」


アリーリャが硬い声を出す。

ソフィアは、深く溜め息を吐いた。


「そこのところ、本当は、もっと〈なんでも屋〉のことを知ってもらってから説明したかったんだけど……アリーリャちゃん、質問が(するど)いんだもん」

「……それは」「すみません」

「いいのよ、それも、ちゃんと説明しなきゃいけないことだし。だけど……話が長くなりそうだから、よかったらこのパイを食べながらにしない?」


母の提案に、パーシャはゲゲッ、と叫ぶ。

アリーリャは、なぜか前のめりになった。


「はい」「それはぜひ」

「ちょっ……それはあんまり、オススメしな──」


グゥゥゥゥゥ……見た目に反して肉のいい香りをただよわせるパイのせいで、不覚にもパーシャの()きっ(ぱら)が鳴る。

ソフィアはうれしそうに手をあわせて、明るい声を出した。


「ほらみなさい、パーシャだって、ほんとは期待してたんでしょ? お母さん、わかってたんだからぁ〜」

「ちっ、ちがうっ、それは誤解だぁ〜」


それから、小一時間──

作業台に突っ伏したパーシャは、プルプルと震えていた。


「ゔゔゔゔゔ……」


ソフィアは、もぅ、いやだわ、と口をとがらせる。


「この旨辛(うまから)の味がわからないなんて、まだまだお子ちゃまねぇ」

「うまからって……激辛のまちがいでは……?」

「そぉんなことないわよ、ねぇ? アリーリャちゃん」

「はい」「おいひいでふ」


切り分けたパイを頬張(ほおば)りながら、少女は目をパチクリさせた。


「パーシャも、お母さんを見習いなさい? 女の子を逃さない秘訣(ひけつ)は、まず胃袋をつかむことなんだから」

「あらゆる意味で、参考にならないです、母さま……」


ソフィアは、うめくパーシャを無視して少女に話しかけた。


「それでね、アリーリャちゃん……さっきの話なんだけど、わたしたちが誰に、なぜ狙われているか──」


()()()()の少女は、静かにナイフとフォークを置く。


それは、少し複雑な話だった。

〈なんでも屋〉は、すべての品物を記録し、最低買取価格を決めている。

そんな権能を持つのは、〈なんでも屋〉がこの世界で欠かすことのできない、ある機能をになっているからだ。


「それは、()()()()()よ。アリーリャちゃんも、各地を旅してきたみたいだから実感があると思うけれど──」


ソフィアは、ポケットから取り出した1ゴールド硬貨を指先で転がした。


「この世界の通貨は、ゴールド……商都マシャンテでもシャトーナ王国でも、この通貨は同じ価値を持つものとして流通している。普通、通貨の発行権は国家に属するの。シャトーナ=ドレとか、マシャンテのギルドチケットは、域内では通貨としての機能を持っているわよね。でも、このゴールドという通貨に、発行元である国家の(しるし)はない……」

「じゃあ、〈なんでも屋〉が」「ゴールドの発行を……?」


ソフィアは、無言でうなずいた。


「世界のどこに行ってもゴールドは同じ価値を持つ……なぜなら、ゴールド建ての最低買取価格が世界中で維持されているからよ。だから、ゴールドという通貨の発行と〈目録〉に記録をつける活動は、表裏一体のものなの」

「ひょうり」「いったい……」

「そして、それは世界に受け入れられている……物価が安定していれば、豊作の年でも農家の人たちは農作物の過剰な値崩れに苦しむこともないし、職人たちは品物を安く買い叩かれることもないでしょう? だから、どこの国でも人々はゴールド建ての取引を優先する……商人たちだって、その流れには逆らえない。結果的に、世界中の商業ギルドがゴールド建ての会計を採用したってわけ。だから、国家も──」

「それに」「(したが)うしかなかった……?」

「ええ。でも、それは〈なんでも屋〉が、国家の主権を侵害することでもあったの……通貨が出回る量を調整できないということは、通貨を利用して物価や金利を調整する経済政策の自由度を失うということだから」

「ええと」「……?」


アリーリャが口ごもると、ソフィアはニッコリ笑った。


「ちょっと難しすぎたわね。とにかく、〈なんでも屋〉の仕事が、いろんな国の偉い人にとって、目の上のたんこぶになってしまったっていうこと」

「ふむ」「ふむ……」

「ゴールドが基軸通貨になった今、それを発行する〈なんでも屋〉を従えることができれば、その国は世界の経済を牛耳(ぎゅうじ)ることができる……だから、いろいろな国の政府が、わたしたちを懐柔(かいじゅう)しようとしているわけ。平和的な勧誘もあれば、暴力的な脅迫もある──」

「なら」「〈なんでも屋〉を狙っているのは……」


ソフィアは、小さく息を吐いた。


「そう、世界中のあらゆる国家……ということになるわ」

「世界中の」「……」


ようやく起き上がったパーシャが、苦笑いしながら付け加える。


「他にもね、盗賊とか強盗団……いろんな人たちが、ちょっかいを出してくることがあるんだ」

「盗賊……」「それは、なぜ?」

「〈なんでも屋〉を捕まえれば、ゴールドを鋳造(ちゅうぞう)している工場の場所を吐かせることができると思ってさ。自分たちの思い通りにゴールドを作ることができれば、なんだってできる……そう考えるんだろうね。実際には、ボクたちの間でも、ゴールドの鋳造場の場所を知っている人は、ほとんどいないんだ。うちみたいな、末端の〈なんでも屋〉をいくら拷問したって、知りたいことはわからないんだけど……」


ふう、とソフィアは溜め息を吐く。


「ほんと、いやんなっちゃう」

「あの」「それなら……」


アリーリャが冷静に()いた。


「わたしが敵だったら」「どうするんですか」


ソフィアとパーシャは、顔を見合わせた。


「アリーリャちゃんは、大丈夫よ。これでも、ひとを見る目はあるんだから」

「いえ」「そういう問題では……」

「母さま、それじゃ伝わりませんよ……〈目録(カタログ)〉がその名を明かすのは、選ばれた人だけ。そう言ったよね? その条件のすべては解明されていないんだけど、いくつかわかっていることはあるんだ」

「条件」「……?」

「うん。まずは〈鑑定〉系のスキルを持っていること。この条件があるから、〈なんでも屋〉は家族でやっていることが多い。ほら、職人が使うスキルとか生活魔法と呼ばれるスキルって、親子で遺伝するっていうでしょう?」


実際、〈鍛治師〉の子供には鍛治のスキル、〈漁師〉の子供には釣りや潜水のスキルというように、生活に密着したスキルは遺伝しやすい。一方で、剣術や体術、攻撃や防御の魔法などは、戦闘訓練やモンスターの討伐で獲得することが多かった。


「でも、それより大事なことは、ボクらの業界で〈無知の知〉って呼ばれている条件なんだ」

「むちの」「ち……?」

「初めて〈目録(カタログ)〉に触れた時点で、その真の名を知っていてはならない。〈なんでも屋〉の存在を知っていてはならない。〈目録(カタログ)〉に何が書かれているか知っていてはならない……だから、〈なんでも屋〉を狙って近づいてきた人間は、絶対に〈目録(カタログ)〉の名を浮かび上がらせることはできないってわけ」


アリーリャは、ツギハギの眉間に少しシワを寄せて、うーん、とうなった。


「抜け道は」「ありそう」


ソフィアは、ウフフと小さく笑う。


「そうね。たとえばどこかの国が、あいつらは怪しげな魔導書を使う、悪の秘密組織だ……と教え込んだ間諜(スパイ)を送ってきたとしたら、〈無知の知〉では防ぎきれないでしょう。だから結局、大事なのは()()()()()ってことなのよ。商売の基本ねっ」

「ひとを」「見る……」


口には出さなかったけれど、たしかにソフィアはアリーリャを()()いた。


ダンジョンでの出会い。それはパーシャを尾行していれば演じることができる。

落とし物の届け方。自然な再会を(よそお)うなら冒険者ギルドに届ければいいものを、「そら豆とクリームの同じ匂いがしたから」、うちの店に入ってみたと言っていた。ここは考慮に入れてもいいだろう。


アリーリャのお茶の飲み方、食事の作法は美しかった。少なくとも、テーブルマナーを学ぶ環境にいたことはある。

さっきパーシャの背後に回った動き……あれは革命前のマシャンテで盛んだったレフ体術だ。

ならば、ありえるシナリオは……この子は、3年前に商業ギルドが起こした革命で没落した、商都の中産階級以上の令嬢……?

けれども、アリーリャがマシャンテの送り込んだ刺客である可能性は低い。なぜなら、この辺境の街ストラーナで〈なんでも屋〉の拠点を暴いても、マシャンテ新政府には介入できる余地がないからだ。


では、他国に拾われて傭兵(ようへい)になったか、犯罪組織の手先になっている可能性は?

それは、まずないだろう。

根拠。彼女がみずから、〈掃除人(スカベンジャー)〉だと言ったこと。


なり手が少ない分、〈掃除人(スカベンジャー)〉は優遇されている。大国の冒険者ギルドが発行した登録証を見せれば、ほとんどの関所をノーチェックで通過できるし、通行税も免除になる……だが、その立場を悪用して盗賊や密輸人に成り下がる者もあとを絶たない。

それでも制度が改まらないのは、各国の諜報(ちょうほう)機関やお抱え暗殺者たちが、〈掃除人(スカベンジャー)〉を(かく)(みの)に活動しているからだとされている。


だからこそ……もし彼女が、そうした組織に使われているなら、わざわざ〈掃除人(スカベンジャー)〉だと明かして警戒される必要など、まったくない。むしろ隠そうとするはずだ。

加えて……顔に大きな傷を負っているとはいえ、美少女の部類に入る女の子が、そんな劣悪な環境に身を置いていたら、これほど透き通った目をしているはずがない。


結論──

彼女はワケありだが、わたしたちの敵ではない。


「理屈じゃないのよ。お母さん、アリーリャちゃんのこと気に入っちゃった」


ソフィアが言うと、アリーリャは「ありがとう」「ございます……」と目をパチクリさせる。

柔和(にゅうわ)に微笑んだソフィアだったが、次の瞬間、ハッと天井を見上げた。


「行きましょう……誰か、来たみたい──」

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