〜再びの夢〜
「ただいまぁー。」
そういってドアを開けても、いつものように明るい声は聞こえなかった。なにかが足りない、そう感じながら自分の部屋へ向かいベッドに倒れた。今日は一日頑張った。そう言って自分を褒めると、お腹が鳴り、自らの空腹に気づく。母が作るご飯を求めてキッチンへ向かい、尋ねる。
「真理は?」
母親はとくに声色を帰ることなく単調に答える。
「遊んでるわよ。」
妹が友達と遊ぶこともあるのか、いつもすぐに寄ってくるからそんなこと考えたこともなかった。兄離れして少し寂しいような気もするが、妹の成長を感じて少し嬉しいような気もした。妹は人懐っこくて、客観的に見ても顔立ちは整っていると思う。冷静に考えれば、友達も沢山いて、もしかしたら彼氏の一人や二人くらいいてもおかしくはない。いるなら僕がきちんと見定めてやらなければ、なんて思いながら妹のことも大事に考えてる自分を少し褒めたくなった。
ご飯やお風呂を済ませた僕はもうベッドの上だ。愛用のマクラに顔を埋めて見たい夢を想像する。僕が見たい夢は決まっている。優芽が出てくる夢だ。中学に入学するまでの僕はもう彼女には夢でしか出会えない、そう考えていた。毎晩寝る前に彼女に夢で会うことだけを願っていた。その願いは叶うこともあったし、叶わないこともあった。叶ったとしても一瞬で終わる夢に悲しむ朝を迎えるだけだ。そんな日々にはもうお別れした。僕はあの子と同じ学校なんだ。いつだって会える。そう考えると喜びが溢れ、心の風船が膨らんでいくのを感じた。睡魔が僕にとどめを刺すのと同時に、僕の意識は遠くへ消えていった。
「ねぇ、私の事ちゃんと見てる?」
目が覚めると同時に、アラームの音が脳内に響き渡る。頭に残る台詞は誰が言ったものなのか、もう覚えていない。朝ごはんを食べ終わる頃にはその台詞さえも忘れていた。今日はどのような話をしようか、どのようなことを知れるのか、そんなことを考えて学校へ向かった。今日も楽しい一日だろうな、なんて呑気に考えていた。昼休みまでは。
「おれ、あの子タイプなんだよね。」
新クラスで既にクラスの中心になりかけている男子が言った。昼休みに男子みんなでご飯を食べようという話になって、食べ始めていたら案の定、恋バナになった。ロングの子が好き、とかテキトーに話を合わせて耐え凌いでいた時だった。隆はバスケ部に入ることを明言している背の高いハーフ顔のハンサムボーイだ。僕でも話しやすいほどに素晴らしいコミュ力を持っている。そんな彼が優芽をタイプだなんて言うもんだから、僕の心は穏やかでない。膨らんでいた心の風船にアイスピックが飛んできてるようなもんだ。やっぱり彼女は可愛いからこんなことになる可能性は考えたことはもちろんある。こんなにもイケメンが、とは考えていなかったが。僕の方が彼女のことを知っているし、僕の方が彼女の事を想っている、なんてここでズバッと言っていれば、隆はなんて返しただろう。そんなことを考えていたら午後の授業は全て終わってしまった。授業終了とともに教室を出て、優芽に話しかけている隆を見たところから僕の記憶は無い。気づいたら家に着いていたし、その後も何も考えられなかった。今はもう、いつものマクラに顔を埋めている。マクラカバーは少しだけ濡れてしまうがそんなことは頭に無かった。優芽と話したい、隆と話すのをやめて僕のところに話しかけに来て欲しい、そんな夢を見ることを願いながら、僕は横になった。意識がなかなか消えなかった。仕事をしない睡魔に苛立ちを覚えながらも、できるだけ思考を止めるように努力した。結局意識が遠のいたのは、横になってから数時間後のことだった。
「君は何を見てるの?」
白いワンピースを着て、畑をバックに僕に尋ねてくるこの子は一体誰なんだ、そんなことを考る間もなく、僕の現実逃避の時間はあっという間に終わってしまった。
続く
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