8 侍女(カタリー)視点
私はカタリー=ブライト。
捨て子のくせにブライト(輝かしい、光の明るさ・・・)なんて笑えると、惨め、不釣り合いだとさんざん元の奉公先で虐められた。
確かに昔はこの名を授けてくださった神父様を恨んだりもした。幸薄い者だからこそ、せめて名前くらいは希望を持てるようにと願いを込めてくれたのだろうが、現実の落差が大きいと寧ろ絶望を与える。どんなに努力しようとそれが実らない環境にいると、希望など持てるわけがないのだから。
しかし、今では神父様にこの名前を付けて頂いた事に感謝している。
私は自分で言うのもなんだが大変器用で、細かな手作業を得意としていた。その中でも洋裁の腕は少々自信があった。そこで私は十歳の頃から洋裁店で奉公を始めた。
捨て子で孤児院育ちの私は、最初から周りの人達からよく思われていなかった。そして少しずつ先輩方より先に難しい作業をさせられるようになるにつれて、嫌がらせはさらにエスカレートしていった。
それでも私は歯を食いしばって頑張った。店を辞めたら私には住む場所がなくなるのだから。それに、洋裁の仕事は楽しかった。熱中している時は辛い事も忘れる事が出来たから。
しかし十四の時、私は突然奉公先から着の身着のまま叩き出された。納品寸前だった貴族様のイブニングドレスにシミを付けたという理由で。
私はドレスだけでなく布地に愛着を持っていたし、仕事にはプロ意識を持ち、細心の注意を払っていた。そんな初心者のようなミスはしない。
そんな事は上司や主も分かってくれていると思っていた。しかし彼女達は、仕事もまともに出来ずに人の足を引っ張るような先輩達のご注進を真に受けた。私は信じられない思いだった。
お客様のドレスを平気で汚せる針子、使用人の見極めも出来ない主。あんな店やめて良かった。あんな店でよい服が出来るわけがない・・・ 住む所もない、その日の夕食を食べる事も出来ない絶望的な状況にありながら、私は笑いが込み上げてきた。そして笑いながら雪の中を彷徨い歩いた。すれ違う人達は、胡散臭い私を避けるように、顔を顰めながら通り過ぎていった。
そんな私の側で突然一台の馬車が停まり、窓が開いて女神様が顔を出した。私の運命が大きく転換した瞬間だった。
◇◇◇◇◇
ローゼス公爵家の主シェリーメイ様の普段着は、ほとんど私が作らせて頂いている。部屋着や寝間着だけでなくちょっとした外出着まで。
主からはパーティードレスまで依頼されているが、単なるお付き合い程度のパーティーなら、元の形が全くわからないほど完璧なリサイクルドレスを仕上げる自信があるが、正式な場所のドレスは駄目だ。けして作れないわけではないが、社交場のドレスは戦闘服。実際の出来よりブランド名が大切なのだ。
シェリーメイ様は早く独立して店を持ち、『カタリー=ブライト』のブランド名で服を作るようにと言って下さる。
「『カタリー=ブライト』、なんて素敵なブランド名でしょう! 名は体を表すって本当よね。カタリーの服を着ると素の二倍、いえ三倍は美しくなれるわ。気持ちまで明るくしてくれるからだわ。こんな贅沢を私が独り占めだなんてバチが当たるわ。
カタリーは質素倹約をモットーにしているから、大分貯金がたまったのではなくて? もちろん、不足分は出資するわよ。必ず成功して元手を増やしてくれる筈だから!」
と最初に言われた時は、シェリーメイ様も冗談を言うのだと驚いたものだ。しかし、それは冗談ではなかったらしく、ことある毎に言ってくる。
「ほら、ゾンマー通りにテナントを募集している店舗があるでしょう?
あそこなら立地の割に賃料もそう高くないようだし、いいと思うのだけれど」
その空き店舗は、以前私が奉公していた洋裁店だった店舗だ。私が追い出された後、店は段々と評判を落としていき、三年前に潰れた。その後いく人か持ち主が入れ替わったようだが、最後の主が貸店舗として他人に貸し出す事にしたらしい。
「人を見る目がない者に商売は無理だわ。甘言に惑わされるようじゃ貴族相手は無理だもの」
とシェリーメイ様はおっしゃった。
「貴女は毎月孤児院へ寄付しているでしょう。それはとても良い事だけれど、子供達を守りたいなら、お金を与えるだけでは駄目でしょ? 仕事を覚えさせ、一人でも生きていけるようにしてあげる事も大事ではなくて?」
つまりシェリーメイ様は私が洋裁店を開き、孤児達をそこで雇って教育し、一人前にしてやれと言っているのだろう。今までシェリーメイ様ご自身がなさっているように。
シェリーメイ様は私やアマンドさんを含め、既に二十人以上の孤児を一人立ちさせている。修行期間の途中で脱走したり、盗みを働いて矯正施設に入った子達の事だって、最後まで面倒を見て独立させている。
シェリーメイ様はご存知ないだろうが、途中脱落組も含め、私達は仲間であり同士で、密に連絡を取り合っているのだ。
シェリーメイ様は全く凄い方だ。本来なら私もあの方を見習わなければいけないのだろう。しかし私は主のように出来た人間ではない。
私はまだこの屋敷にいたい。シェリーメイ様や先代の奥様のセリーヌ様、侍女長のエリザさん、筆頭執事長のフォルトさん、執事のアマンドさん、そして屋敷の皆さんと一緒にいたいのだ。
そしてシェリーメイ様が幸せに微笑むお姿を拝見したい。それまでは何と言われようともこの屋敷に留まりたい。
大体、これからあの憎ったらしい連中をギャフンと言わせなくちゃいけないんだから、私がいないと駄目でしょ。シェリーメイ様はご自分だけでどうにかなさるおつもりなのでしょうが、私達が大人しくしていられる訳がないじゃないですか!
確かに我が主は頭がいいし、とても公爵家とは思えないほどご苦労をされているが、やはり、お心が奇麗過ぎる。汚れ仕事はやはり私達みたいな者がやらないとね。仲間達は進んで、喜んで協力してくれていますよ。いえいえ、寧ろ協力させろと脅されているくらいです。うふふ・・・
まあ、その一歩は明日のリリースリー公爵家の夜会ですね。あちらの家のシャルロッテご令嬢がまたいつものように、主様の婚約者に興味を持って下さるとよいのですが。
それにしても不思議です。あんなに美しく気品に満ち、慈愛溢れるシェリーメイ様の婚約者になれたというのに、何故皆あんな小悪魔に惹かれて身を滅ぼすのでしょう? あの方に流れる穢れている、おぞましい血のせいでしょうか? それとも単にこの世には身の程知らずの愚かな男が多いっていうだけなんですかね?
ご親戚の方が持ってこられたこの度の縁組みの話を、私は最初から気に入らなかった。
たかだか格下の伯爵家の三男のくせに、二度も婚約破棄されたスキャンダルまみれの年増女をもらってやる、という態度が見え見えでしたから。婿入り先がなければ爵位もないただの小役人のくせに。もらってもらうの間違いでしょと言ってやりたかったわ。
まあ、顔合わせをした途端、シェリーメイ様の清廉な美しさと佇まいに目を開き、噂とはまるで違う事に気付いてからは態度をコロッと変えたけど。
あの方の人となりは、話が来た時にすぐに仲間達が調査をしていたから、あの男の取り繕った顔を見る度、本性とはかけ離れ過ぎていて笑えました。
どうせすぐにそんな三文芝居も千秋楽を迎えると思っていたら、ついにやりましたよ。あの歯が浮くような台詞をシェリーメイ様に囁いたそうですよ。
「君の事が好きだよ。世界中で君が一番好きだよ。一生僕には君だけだ」
女がいつまでもこんなテンプレ台詞に酔うと本気で思っているんですかね? しかも我が主にとっては禁句だというのに。
読んで下さってありがとうございます!