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15 師匠(メアリーナ)視点

蛇男と同等の悪役の影が、ようやく少し形をあらわしてきます。この二人は繋がっていますが、後の章で詳しく書いていきます。続けて読んでくださると嬉しいです。

 私がディーン=ターナーことトーマスの依頼でシュナイエルへ向かったのは秋の始めだった。まさか目の前で川に飛び込んだのが彼の娘だったとは! あまりに衝撃的だった。

 

 彼女を救った事で私達はローゼス公爵家に滞在することになった。私はトーマスから彼の娘の世話係が信頼できる人物だと聞いていたので、彼女にトーマスの事を話した。

 彼が川で溺れて死んだと思っていたエルザは瞠目し、その後大泣きした。そしてそれを何故もっと早く知らせてくれなかったのかとわめかれた。もちろん私ではなく、トーマスに対してだったのだろうが。

 

 エルザが落ち着くのには大分時間がかかったが、私は彼女に九年前のあの忌まわしい事件の真相と、トーマスがこれまでどう暮らしてきたのかを語った。

 私はエルザがまた喚き散らすのではないかと身構えていたのだが、彼女はとても冷静に話を聞いていた。そして話を聞き終える頃には、私の意図を察してくれていた。

 

「やっぱりはめられたんですね。そうじゃないかと思っていたんです。いくらお酒で酔っていたとしても、あの方が奥様やお嬢様を裏切るわけがないと思っていたんです。旦那様はあの蛇男に復讐するつもりなのですね? ええ、是非とも私にも協力させてください」

 

「相手はあの残酷卑劣な蛇男ですよ。よろしいのですか?」


「もちろんです。ですが、シェリーメイ様にもこのお話をなさるおつもりですか?」

 

「貴女が許可してくれればね。私はまだ彼女の性質を知らない。だから真実を話すべきかどうか、その判断がつかない」

 

 私がこう言うと、なるほどとエルザは考え込んだ。そして徐にこう言った。

 

「メアリーナ様から真実を告げて下さい。真実を聞いてお母様のように逃げてしまうようでしたら、どうせこの先この公爵家を継ぐに値しない器でしょう。もしそうならさっさと他の方に後継を譲られるべきです」

 

 ずいぶんと冷たい事を言うのね?と私が言えば、彼女は切なそうな顔をした。

 

「領主が強くなければ多くの領民が苦労しますからね。でも大丈夫です。シェリーメイ様はとても優しい方なんです。優しいからこそ、自分の為だけなら無理でも、人の為ならがんばれる筈です」

 

 なるほど。人の為なら頑張れる。そうか、そういう方へ話を向ければ良いのか・・・

 

 翌日ようやく目覚めたシェリーメイに、私は自己紹介をし、彼女の父親の話をした。彼女は大きく目を見開いて涙を溢れさせ、両手で強く口を覆い、慟哭しながら聞いていた。

 

「謂れなき中傷を受け続けるのは辛いだろう。しかし、父親の為にそれに耐えてはくれないだろうか。彼もまた君の為にそれに耐えてきたのだから。しかし、一人娘に死なれたら、彼もまた生きてはいけなくなるだろう」

 

「私が生きていればお父様のためになるのですか? こんな私でも?」

 

「ああ。君はかなり優秀な令嬢と聞いているが、ずいぶんと自分に自信がないんだね」

 

 シェリーメイの自己肯定感が低いのは、自分が愛されているという実感が乏しいからだろう。確かにあの忌まわしい日までは愛されていたが、それは簡単に壊れてしまうようなものだった。そして、母親からは一年間憎しみの目を向けられ、その挙げ句に傷つけられて見捨てられたのだから。

 

「トーマス、彼は誹謗中傷されても、苦しむ子供達、そう、自分を陥れた人間の子供にさえ愛情を注いでいたよ。それはね、そうする事で天が君を守ってくると、微かな望みを抱いていたからなんだよ。まあ、自己満足といえばそれまでだが。

 人の結びつきというものは不思議でね、知らないうちに輪を作ってくれているものなんだ。そして、それが段々と大きくなっていく。

 その証拠に、一昨日まで遠く離れて暮らしていた君と私が、こうやってトーマスを通して知り合いになったのだからね」

 

「私もお父様のその輪に入れるのですか?」

 

「もちろんさ。君のためにお父上が作ったのだからね。ここにいるエルザさんもそうだろう?」

 

 シェリーメイはエルザを見た。そしてさらに涙を溢れさせて謝った。いつも側にいてくれたのに、愛し、慈しんでくれていたのに、勝手な事をしてごめんなさいと。

 エルザはシェリーメイの両手をとり、首を横に振りながら言った。もう二度と私を裏切らないでください。どこまでも私はお嬢様の味方ですと。

 

 

 私はシェリーメイに、その気がないなら復讐など考えなくてもよいと言った。ただ、蛇男はこれからも関わってくる恐れはある。もし君に守りたいものがあるのなら、それに備えなければいけないよと。

 

 するとシェリーメイは蛇男に対抗出来るくらい強くなりたい。だから自分を導いて欲しいと私に請うてきたので、私はその要請を受けた。

 シェリーメイは気づいていなかったが、彼女にはそれ程大きくはないが魔力を感じた。そこで私は今まで誰にも秘匿にしていた魔術を彼女に伝授することにしたのだった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 私は生まれてすぐ、教会の前に捨てられていた。くるまれていた生地がそこそこ値の張るものだったそうで、父親はともかく、母親は貴族の家の者だろうとシスターは言っていた。しかしそれを聞いても、ああそうですかとしか思わなかった。

 私が育った教会付属の孤児院にいる孤児達は、貧しさ故に預けられたか、貴族の公に出来ない不義、あるいは不要で捨てられた子供達だったからである。どちらの方がましか、どちらの方が哀れかなどと争うなんて、互いの傷を深くするだけで愚の骨頂だ。

 

 私達は一人でも生きていけるように、勉強に労働に奉仕活動にとせっせと励んだ。シスターは皆様厳しい中にも慈愛を込めて育ててくださり、仲間達も喧嘩をしつつ仲良く暮らした。

 そして私には実の姉のような親友アリスがいた。一歳年上の彼女には心のうちを全てさらけ出せる程信頼を寄せていた。将来もこのまま一緒に生きて行こうと誓い合っていた。

 

 しかしそんな私達の願いは叶えられなかった。それは私が十歳の時、王宮の聖堂から来た聖女様によって、私も聖女だと認定されてしまったからだ。

 幼い頃から自分に魔力がある事は知っていたが、面倒なことに巻き込まれないように、アリスの助言もあってそれを隠していたのだが、それを見破られてしまったのだ。聖女にはやはり聖女がわかるらしい。

 

 私は泣いて嫌だと訴えたが、まるで拉致されるように王宮へ連れて行かれた。そして国の平和のため、国民の幸福を守ることがいかに大切で意義のあることなのかを、毎日毎日聞かされ、いつしか私は王族主義に洗脳されていった。

 

 私は自分が思っていた以上に学ぶ事、研究する事が好きだったようだ。王宮の聖堂の隣りにある研究棟の設備は贅沢で、私は毎日嬉々として自由に魔術の研究をしていた。最初のうちは今は使い手がいなくて廃れてしまった魔術の掘り起こしをしていたが、そのうちに自ら新しい魔術を生み出す研究をするようになった。

 

 そして私は十三の頃、聖堂や研究棟の周りに茂っていた植物に興味を持った。白いラインの入った細長い葉が垂れ下がる事なく、上を向いて伸びている植物コンシネ。一見すると普通の観葉植物だが、私を含め聖女が触れると、葉が光りを放つのだ。

 二年間研究を続けた結果、私はコンシネで梳いた紙を使って、新しい魔術を生み出した。しかしそれは、その魔術によって、人の血筋を暴くという禁術だった。

 

 私は頭でっかちの愚かな人間だった。その魔術によって引き起こされる結末、影響力の事なんかまるで考えていない、考えられない愚かな子供だった。私は償いきれない大きな罪を犯した。

 

 当事、私は聖堂に度々訪れる王太子妃殿下に勝手に同情していた。

 隣国の王女だったアンナ様が王太子様に嫁いで来たのは十五歳の時だった。当然政略結婚だった。大国のお姫様という事で最初はとても大切にされていたが、五年経っても子供が出来なかった事で、王太子は第二夫人と結婚した。

 この第二夫人とは侯爵令嬢で、元々王太子の婚約者候補だった令嬢だった。お二人は仲睦まじく、まもなく懐妊されて、一年後には第一子となる王女様が誕生し、続いてその二年後に待望の王子が生まれた。

 しかし、その王子が生まれたすぐ後、なんと王太子妃が懐妊した。しかも生まれたのは王子だった。この第二王子の誕生は王宮に暗い影を落とした。

 

 愛妾の子ならばともかく第二夫人の子であるならば、第一王子が王太子になるには何の問題もない。しかし、第二王子は隣国の王の孫にあたるのだ。大国の姫を貰い受けながら、跡継ぎにしなければどんな横槍をいれてくるかわからない。かと言って、第一王子を蔑ろにすれば、国内の貴族達が黙ってはいまい。

 

 ようやく待望の子を授かったというのに、国の将来を憂えて聖堂に通って祈りを捧げる王太子妃に私は同情した。そして簡単に騙されて利用されてしまった。売国奴、いや神をも恐れぬ悪魔達に。

 

 私は恐ろしい陰謀の片棒を担がされ、いつ命を狙われるかわからない立場になると察し、アリスの助けを得ようと、素早く王城から逃げ出した。そしてその後は、王妃になったアンナの追跡から逃げ回る人生を送る事になった。

 もっとも、七年前あの女の(めい)で教会に放火され、私は焼け死んだ事になったので、それからは逃げずにすんでるけどね。あの時焼け跡から見つかった焼死体は、あの日教会で葬儀を執り行う筈だった、行き倒れで亡くなった女性だった。

 あの教会はトーマスの協力を得て再建できたが、教会に放火するなど、人として許せぬ所業だ。自己保身の為だけにそれを指示したあの女を許す訳にはいかない。あの教会には孤児院が付属していたのだ。死者が出なかったのはたまたまなのだ。神に仕える身ではあるが、神のご加護のおかげだなんて、そんな脳天気な発想はしていない。

 

 私を始末したいなら私だけを狙え! しかし、そう簡単にやれるとは思うなよ。私はもう十八の小娘ではないのだから。

 そして私にはアリスをはじめとして、同じ目標を持つ多くの仲間達がいるのだから。

 

読んで下さってありがとうございます。

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